主人の場合
それは無数のトリを従え、世界の行く末を見守っていた。
不定形の姿、それを自覚してはいけないと言われている。
自覚してしまったら最後、狂気に取りつかれることだろう。
付き従うトリたちは何も言わない、従順な駒たちだ。
トリたちは今日も元気に働いていた。
意志を持たないトリたちの中からひと際小さいのが前に躍り出た。
『ごきげんよう、ご主人様。トリの降臨です』
生まれて初めてトリは言葉を発した。
それだけじゃない。このトリは自我がある。
『あなたがたは自我を持たないはずだが』
『自我ってなんですか? トリはトリです』
『あなたの名前は?』
『トリはトリです』
そんな問答が続いた。不毛なやり取りは数十分間続いた。
とりあえず、人間界へ偵察に向かわせた。
自我が芽生えたきっかけを探るための時間稼ぎである。
なぜ、トリはトリになったのか。
あれこれと探ったが、何も分からなかった。
人間に近くなったとでも言えばいいのだろうか。
ブラックコーヒーを傾ける。千の姿を持つと誰かが噂した。
不老不死のバケモノだとか、クローン人間だとか、人々は様々な噂を立てている。
トリたちの主人は今日もドーナツ屋の片隅で仕事をしていた。
帰還したトリから人間界のことを聞いていた。
山のように積まれた穴の開いた焼き菓子の周りをうろちょろしている。
ドーナツを見たことがないのだろうか。トリは不思議そうに穴を覗き込んでいる。
『おひとつ、いかがですか。長旅で疲れたでしょう』
『ご主人様からそんなことを言われる日が来るとは……。
トリは今まで食べ物なんて食べたことありませんでしたから。いただきます』
トリはちまちまドーナツをつつく。
そういえば、食事をしない種族だった。
生活が豊かになるのであれば、休憩時間を導入したほうがいいだろうか。
『今度、友達を連れてきてはどうでしょう。喜ぶと思いますよ』
『友達ですか。そういえば、トリはいろんな約束をしたんです。
飼いたいという人間もいれば、一緒に旅をするという人間もトリを描く人間も。
とにかく、いろいろいました』
友達と呼べる存在ができたらしい。
人間関係が広がれば、それだけ世界も広がる。
ひとまず成果は得られたか。
主人は満足そうにトリを見ていた。
トリを観測する人々 長月瓦礫 @debrisbottle00
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