雲隠れした おひな様

あさき いろは

第1話 雲隠れした おひな様

「ひな祭り楽しみだね!」


 小学四年生のももは、ひな飾りを嬉しそうに飾りつけしながら、妹の菜奈ななと‟うれしひなまつり“を歌っていた。

 

 お母さんがお父さんにお嫁入する時に祖母から受け継いで持参したこのひな人形は、江戸時代から伝わるとても古いものであると聞いていた。古びた感じはするけれど、凛とした美しさにももは小さな頃からあこがれていた。


「大きくなったらおひな様みたいにきれいになって、お内裏様みたいな人と結婚するの」

 その憧れの気持ちは今も変わらない。


「ねぇ、ももねーちゃん。このお人形たち夜中に動いたりしないかな?」


 菜奈ななが不安そうにおひな様方を見つめている姿がとてもかわいくて、ももは思わず微笑みながら菜奈ななの耳元でささやく。


「動いたら大変だね」



*** 


 その夜、ももはふと目を覚ました。リビングの方からガタリ・・ガタガタと物音が聞こえたような気がして、そっと布団をめくりベットから出ると、防災用に置いてある懐中電灯を照らし、物音がするリビングへと恐る恐る向かう。


(泥棒だったら・・・どうしょう・・、大きな声出せるかな。お化けだったら・・・無理かも・・・)と起き上がってここまで来たことを後悔していたが、今さら引き返すことも出来ず勇気を出してリビングの扉をそっと開けライトを照らし中をのぞき込むと、驚くような光景となっていた。


———ひな人形たちがいない・・・‼

 ひな壇はもぬけの殻だった。


「えっ、おひな様たちどこへ行っちゃったの⁉」


 慌て部屋の中を探すと和室のふすま戸の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。

そーっとふすま戸をを開け、懐中電灯で照らすとそこには小さ影が揺れている。


「あっ・・・!」


 目を凝らすと五人囃子の一人がちょこちょこと畳の上を歩いている。驚きで声も出ないももを見上げると、その人形は困った顔で話しかけてきた。


「姫様がいなくなったのです!」


「姫様って・・・おひな様のこと?」


 人形はこくりとうなずき今にも泣きそうになっていた。


「何者かかが姫様を連れ去ったのです。このままではひな祭りの儀式が出来ません」


 ももは戸惑いながらも、ひな祭りは女の子の健やかな成長を願う大切な行事だと祖母から聞いたことを思い出す。菜奈ななが楽しみにしていたひな祭り・・・そして何よりこの人形たちは、きっと今とても悲しい気持ちだと思う。


「私も探すよ!」


 五人囃子たちと一緒に家の中を探すと、キッチンの片隅で小さな影が動く。

ももがそっと近づくと、そこには泣きそうな顔のおひな様がうずくまっていた。


「おひな様・・・どうしてこんなところに?」


 おひな様はしょんぼりとうつむいたまま首をよこに振る。


「私はあまりにも古くなすぎて、みんなに迷惑をかけるのではないかと。きっと今風の綺麗なおひな様こそあのひな壇の一番上に座るべきなんです・・・」


 その言葉を聞いてももはおひな様の手をそっと握りながら話しはじめた。


「そんなことないよ、あなたは昔々から大切にされてきた特別なおひな様なんだから。みんなあなたが大好きだよ!」


 するとおひな様は嬉しそうに顔を上げると同時に辺りから桃の香りが漂い始め、花びらが優しく舞い上がる。お雛様の着物の色が鮮やかに変わり、くすんでいた頬がほんのりと紅を差したかのように白い肌をよりいっそう引き立てていた。


「わぁ・・・綺麗‼」

 

 ももが驚いて見つめていると、おひな様はそっと微笑んでいた。


もも、あなたの言葉がわたくしの心を軽くしてくれました。長い年月としつきを経て、わたくしは少しずつ自信を失くしておりました。でも、あなたのおかげでまた美しく誇り高くあることができる気がします」


 ほっとした瞬間、ももは眠気に襲われ、その後どのように部屋まで戻って眠ったのか、まったく記憶に残っていなかった。



***  



 翌朝、ももは慌ててリビングに向かうと、おひな様も五人囃子も元に戻っていた。


「あれは・・・夢だったのかな?」


 すると、お母さんが不思議そうにつぶやく。


「おひな様のお顔、なんだかとても綺麗になった気がするわ。着物の色も不思議ね・・・鮮やかに見えるのだけど」


 ももはそっとおひな様を見つめた。昨夜の出来事が夢だったのか・・・それとも現実だったのかは分からない。けれどおひな様の表情はどこか穏やかで、自信に満ちているように見えた。


「おひな様!すっごく素敵だよ」


 ももはそっとおひな様に微笑みかけると、窓から心地の良い春の風がももとひな壇を優しく撫でていた。



        〘 完 〙

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