大谷くんの、好きな人

碧絃(aoi)

大谷くんの、好きな人

 高校の卒業式。大谷くんの隣には私ではなく、佐々山さんがいる——。


 桜の樹の下で、同じクラスの人たちと楽しそうに写真を撮る姿を、私は少し離れた場所から、眺めていることしかできなかった。前は、大谷くんに会えると幸せな気持ちになっていたのに、今は顔を見ただけで涙が溢れそうになってくる。


 隣の席だった頃は、休憩時間になると話をしたり、お弁当だけでは足りないと言う大谷くんに、おかずを分けてあげたりして、毎日が楽しかった。


 友達が、私のことを苗字ではなく名前で呼んでいるのを聞いて、大谷くんも同じように「ひなちゃん」と呼んでくれた日は、嬉しくてなかなか寝付けなかった。


 何度か告白しようと思ったこともあるけれど——それができなかったのは、大谷くんの彼女だと言われている子がいたからだ。


 大谷くんのそばには、いつも佐々山さんがいた。


 家が隣同士だという二人はとても仲が良くて、廊下で話をしている姿をよく見かけていたし、登下校も部活も一緒。私と大谷くんが話をしている時は、離れた場所から佐々山さんに見張られていた。たぶん、怒っていたのだと思う。


 佐々山さんは美人で頭も良くて、明るい性格なので、女子生徒にも男子生徒にも人気がある。そんな子がそばにいるのに、大谷くんが私を好きになるわけがない。


 佐々山さんが、じっとこちらを見ていることに気づく度に、心配しなくても良いのに、と思っていた。


 でも、そんな高校生活は今日で終わり。


 彼と同じ大学に通うことになるけれど、大学のキャンパスは広い。それに、学部が違うので会うことはないだろう。


 ——私のことなんて、すぐに忘れちゃうんだろうな。


 写真を撮り終わったのか、同じクラスの人たちはどこかへ歩いて行き、桜の樹の下にいるのは、大谷くんと佐々山さんだけになった。


 淡いピンク色の花びらが舞う中で、大谷くんと佐々山さんが見つめ合っている。


 まるで映画のワンシーンのようだ。美男美女で、誰が見てもお似合いの二人。私は佐々山さんみたいな、素敵な女の子にはなれない。


 叶わない恋は、もう忘れよう——。


「ずっと好きだったよ。ありがとう。さよなら……」


 自分だけにしか聞こえないくらいの声で呟くと、涙が溢れそうになり、慌てて校舎の裏まで走った。




 校舎の裏には誰もいない。ほっとしたのと同時に、頬を温かいものが流れ落ちて行った。


「どうしよう……。早く戻らないと、変に思われる……」


 次から次へと溢れて出てくる涙を止めるために、ハンカチで目頭を押さえた時——後ろから、足音が聞こえた。泣いているところを誰にも見られたくなくて、校舎裏まで来たのに、最悪だ。


 静かに振り向く。すると、一番会いたくない人たちが、こちらへ向かって歩いて来ているのが見えた。大谷くんと、佐々山さんだ。


 大谷くんを好きでいるのはやめると決めた。でも、二人の幸せそうな姿を見ているのはつらい。


 ——なんで来たの……?


 思わず木の陰に隠れた。


 二人の足音は、どんどん近づいて来る。この奥は行き止まりなのに、何をしに来たのだろうか。




「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ! ひなちゃんに告白するんじゃなかったの?」


「するよ! なかなか二人きりになれないだけで……」


「グズグズして、連絡先もまだ聞けてないくせに! このまま会えなくなっても良いのね?」


「嫌だよ! 嫌に決まってるだろ!」


 今、私の名前が聞こえたような——。


「ひなちゃんに、ずっと好きだったって、伝えてくる!」




〈了〉

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