3月4日:ホラゲー配信
「こんしゅん~今日の東風はホラーゲームの配信だよ! 皆、心臓の準備できてる?」
『心臓の準備とは』
『心の準備なら出来てる。心臓は……さあ?』
『急に怖いの出てきたら心臓きゅってなる』
「結構できてなさそうだね。でも、今日のは比較的怖くないから安心していいよ。本日するのはこちら、『8番神社』です!」
そう言って春香が画面に表示したのは、最近話題になったホラーゲームだ。同じ光景が続くループを繰り返す中で、そこに紛れた異常を見破っていく日の東風はホラーゲームの配信だよ! 皆、心臓の準備できてる?」
『心臓の準備とは』
『心の準備なら出来てる。心臓は……さあ?』
『急に怖いの出てきたら心臓きゅってなる』
「結構できてなさそうだね。でも、今日のは比較的怖くないから安心していいよ。本日するのはこちら、『8番神社』です!」
そう言って春香が画面に表示したのは、最近話題になったホラーゲームだ。
どこまで行っても同じ光景が続くループに囚われたプレイヤーは、脱出するためにループの中に紛れた異常と正常を見極めていく。八回正しく見極められれば無事脱出というルールの、記憶力が大切なゲームだった。
幽霊やモンスターによる直接的な恐怖ではなく、見慣れた景色の中に密かに異常があるかもしれないという不気味さ。あるいは異常そのものの恐ろしさ故にホラーと分類されるのだが、あまり怖くないと春香は聞いていた。
しかし目の前のタイトル画面にはおどろおどろしい夜の廃神社が映し出されている。冷たく頬を撫ぜるような笛の音、蔦が絡みついて威厳は見る影もなくなった鳥居、ぼろぼろに崩れ落ちた木造の社殿……この時点で、鳥肌が立つようだった。
『あっ』
『それは……』
『ごめんもう一回心臓の準備させて』
『AEDも準備いるかも』
「あれ、なんか思ってた反応と違うんだけど……」
『やればわかる』
『※怨霊注意』
「まあ、初めよっか。いきまーす」
ゲームを開始すると、懐中電灯で神社を探索する視点に切り替わる。辺りは暗く、カラスが他人事のように鳴いている。
「わあ、結構異常を探すの大変そう。この看板はルールかな? 異常があったら鳥居をくぐって、なければお賽銭を入れればいいんだね。初めのこの景色が正しいから、ちゃんと覚えておかないと」
『もうこの時点で怖い』
『多分別のゲームと間違えたんだろうなあ……』
『この画面でその感想が初めに出てくる方がこええよ』
「それでは一ループ目でーす……とは言ってももうがっつり異常だね! お姉さんこんばんはー」
先ほどまでいなかった女性が社殿へと続く石畳に立っている。血の気を失った肌に薄汚れた
近づけば恐ろしいことが起こりそうなそれを、春香は近付いて観察する。
『〇子さんやんけ』
『異常でしかない』
『そうな、挨拶大事だもんな』
『どうみても話しかけちゃいけないタイプなんだよな……』
「挨拶はしないとだからねー。んー襲って……こない? あっ」
『ぎゃああ!』
『あばばばば!』
一歩、また一歩と近付き、もう一歩で触れる――そこで女に肩を掴まれ、画面が暗転した。
瞳孔まで血走り、ぎょろぎょろと左右に動く目がこちらを捉える。女がその赤く、紅く裂けた血染めの口でにたりと嗤い――GAMEOVER。
「結構怖い演出だねえ。聞いてたよりもホラーと言うか、殺しに来てるというか。まあ今のは自分から行ったんだけども」
『なんで行ったの? なんで行っちゃったの!?』
『心臓ないなった』
『この人なんで怖がってないの……?』
「何故って……私も梅の精、いわばお化けみたいなものだし……」
『そうかな……? そうかも?』
『つまり俺達は心霊動画を見ている?』
「大体あってるかもねえ」
実際のところ、綾は怖がっていないわけではない。怖がらない春香を演じているだけだった。本人の心臓はもうはちきれそうなほど脈打っている。初対面の人から高圧的に迫られたときと同じくらいに、身体は恐怖に震えていた。
「じゃあ次のループに行くね」
『俺は春香ちゃんのほうが怖い』
『この人が包丁持って立ってたら怖すぎる』
春香は躊躇うことなくゲームを進めていく。そして異常を見つけるたびに、綾は内心でゲームをすぐさまやめたくなった。
手水所の水が血に変わっていたり、生首が浮いていたりする異常。
石灯籠の明かりが青白い鬼火に変わっている異常。
カラスの鳴き声が女性のすすり泣く声に変わっている異常。
カミサマを名乗る不定形の黒い影が賽銭箱の前で佇んでいる異常。
懐中電灯の明かりが突然消える異常。
特に明かりが消える異常は、その瞬間木々がさざめいて何かが這い寄ってくる音が聞こえ、恐怖のあまり叫んでしまいそうになった。
怖くないと聞いていたからやることにしたのに、ホラー映画さながらの恐怖演出が続く。このころになってようやく綾は自分の間違いに気付いた。
「ひょっとしてこれ、私やるゲーム間違えた?」
『多分そう』
『この系統のホラゲの中で一番怖いのがこれだから……』
『まあ名前皆似たような感じだしな』
「やっぱりそうなんだ! これが一番ショックかも!」
『気付くのが遅い!』
『なんだかんだ七回目行けてて草』
『もう次当たったらクリアなんですが……』
「もうやだ、次正解して終わる……」
最後の八回目。石畳の開始地点に立った瞬間、綾は周囲の温度が一気に下がったような気がした。
「え……?」
全ての音が消えている。カラスの鳴き声も、プレイヤーの足音もしない。バグが起きたのではないか、と不安に駆られてキーボードから手を離す。
「あ、あれ、操作してないのに……」
もう綾は一切の操作をしていない。だというのにキャラはどんどんと前に進んでいくのだ。鳥居を潜り抜け、石畳を歩いて。
「これ、バグかな? そうだよね?」
何も考えられなくなるほどのパニックに襲われる。バグであってほしいのはもはやただの願望だった。バグでなければ、ただの怪奇現象でしかない。怪奇現象でなどあって欲しくなかった。
「なんで? 何が起きてるの?」
そうしているうちにも歩みは止まらず、寂れた社殿の前に差し掛かる。雨ざらしになって木々が朽ち、ぼろぼろに崩れている廃屋。何故か一つだけ無事に在りし日の姿を保っている賽銭箱の前に、誰かが居た。
「……え?」
頼りない懐中電灯の光がその影を下から明らかにしていく。赤い鼻緒の結ばれた黒い下駄、ひざ下まで覆う白い
その姿を綾は誰よりも知っている。この世の誰よりも、その少女が生まれた時から。
「どうして、あなたが……」
そこに立っていたのは春香だった。眦まで線の際立った鋭い目も、笑えばそれを打ち消してなお柔和な印象を与える口元も、垂れ下がった髪の毛で先程の女のように覆い隠されている。
幽鬼のような佇まいだった。梅の精ではなく、本当にお化けであるかのようだった。それが手を伸ばし、こちらに歩いてくる。
「……ぃ、……ない」
ヘッドホンから漏れているのは、多少がさついてはいるが確かに自分の声だ。腹の奥底から響いているような恨み、怒り……耳を塞ぎたくなるような怨嗟の声。
「……さない」
一音を聞き取るごとに真綿で首を絞められているように息苦しくなる。心臓が鷲掴みにされて、握りつぶされて、血流が滞って指の先から冷えていく。
この先を見てはいけない。そう思って動かしたマウスとキーボードは、何の反応も返してくれなかった。そして気付けば、春香はもう目の前にいる。
「許さない」
眼窩の奥に広がる暗闇がモニターを埋め尽くして、綾を呑み込んでいく。自分が消えてしまう悲しみ、生み出しておきながら勝手な都合で殺されてしまうという怒り、生きたいという渇望、情動、執念……そして悲哀。
「あ、あああぁア!」
春香の感情に綾の心が侵食されていく。黒く、どこまでも黒く重たいものが喉の奥に落ちていくような苦しみに、綾は叫ばずにはいられなかった。
「許さない許さない許さな……違う、これはわたしじゃ……!」
パソコンの前で泣き崩れる。……不思議なことに、配信は八回目のループを開始した時点で閉じられており、配信も動画サイトから消されていた。
(一体、どういうことなの……?)
何故全く関係のないゲームに春香が現れるのか。どうしてあんな恨み言を残していくのか。急に起きた出来事に頭が追い付かなかった。
SNSを開くと、配信が急に終了したことを心配するリスナーのツイートが並んでいる。しかしこれ以上は何をする気にもなれず、「機材トラブルです。私は無事だから安心して!」とツイートを残して綾は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます