3月3日:ゲンガーについて調べる

「……気になる」


 バーチャルゲンガーとは一体何なのか。配信に使うサムネイルの編集をしている最中にも、そんな疑問がずっと綾の頭の中に住み着いていた。


 今の綾が思考の迷路に陥っているように、人を困らせたり怖がらせたりするための作り話だと無視することもできる。しかしそうして忘れようとすると、どうしてもあのメールのことを思い出すのだ。


 万が一にも、あの話が本当だとしたら。一見あり得ないことが起きているのだとしたら。


 最後にはこの身を以て怖い話の結末を確かめることになってしまう。


「……あった」

 

【バーチャルゲンガーって何? 最近話題の都市伝説について調べてみた!】


 気が付けば、そんなキャッチーなタイトルをつけられたブログを開いていた。


 名前をそのまま検索したらトップに出てきたページだ。運営者は八尺様やコトリバコなど、インターネット発祥の都市伝説を追いかけるのが趣味であるようだった。

 

【最近バーチャルゲンガーと言う新しい都市伝説を耳にするようになりました。名前からドッペルゲンガーを連想するこちら、なんと数年前から流行り始めたVtuberに関わるものなのです】


 この辺りに目新しい情報はない。Vtuberの引退に関わる都市伝説なのだから、黎明期よりも後に出てくる――つまりかなり最近のものであるとは想像がついていた。


【内容としては、引退を宣言したVtuberが自らのアバターに危害を加えられるというものです。この危害が具体的にどういうものかは、語り手によって様々でした。入れ替わられると言う人もいれば、殺されるという人もいる。電子の世界に連れて行かれるなどと言う人もいました】


「連れて行かれる……そういうこともあるんだ」


【ではこの話はそもそもどうして語られるようになったのでしょうか。私が調べた限りでは、引退を宣言したVtuberが直前になってそれを撤回する事態が相次いだため、こういうことが起きているのではないかと視聴者の間で憶測が広まった……というのが有力だと思われます】


 この都市伝説が語られるようになった経緯も、昨日のコメントと殆ど同じだった。そこから先しばらくは、引退直前でそれを撤回する理由の考察やどれくらい起きうるのかという事が書き記されている。けれどどれも推測の域を出ない代物だ。


【こうして考えていても埒があきませんから、実際に引退を撤回したVtuberの方々にDMで直撃インタビューをしてみました! 質問は二つ、撤回した理由とです!】


「……行動力すごいなあ」


【結果は……残念なことにほとんどの方が未回答、あるいは当たり障りのない回答ということで何もわからなかったと言ってよいでしょう!】


 やけに高いテンションで失敗を報告される。尊敬した矢先にずっこけたような気分だ。


【しかし決して徒労ではありませんよ? 一人だけ興味深い回答をくださった方がいました】


【曰く、リスナーが私を望んだから――だそうです。いかにもアバターに入れ替わられていると言わんばかりではありませんか? リスナーに望まれたから、その人を乗っ取ったのだと! 二つ目の質問に答えていただけなかったことも怪しさが増します!】


 この語り口は流石に誇張しすぎなのではないかと綾は思った。引退を惜しむファンの声が想像以上に大きかったから、活動の継続を決意した可能性もあるはずなのに。


 このブログを書いている人にとって、自分たちはただの話題のタネでしかない。そんな風に思えて胸が苦しくなった。


【また調査の際にSNSで情報提供を呼び掛けたところ、Vtuberの友人が卒業を撤回したのちに行方不明になったと相談をしてくださった方がいるのですが、その方とは連絡が取れなくなってしまいました。残念です。もしかしたら、危害の内容を詳しく調べることが出来たかもしれないのに……きっとその人は知ってはいけないことを知ってしまったのでしょうね!】


 これもそうだ。人と連絡が取れなくなったというのに、心配ではなく面白半分に冷やかしている。薄っすらと透けて見える悪意が、ねっとりと目を細めて嘲笑っているようだ。その視線が今まさに当事者となりつつある綾に向けられているような錯覚。じわじわと息が浅くなる。

 

【結論としてはこの都市伝説はずばり、ドッペルゲンガーの亜種です! 名前そのまんまですね! オリジナルと違うのは、直接の目撃証言がないところでしょうか】


 あくまでリスナーの間で流れている話だから、もう一人の自分を見たと本人が目撃証言を残しているドッペルゲンガーとは違う。引退を撤回したVtuberがアバターに何かをされたと証言していない以上、このお話は噂の域を出ない。


 結局のところ、このバーチャル・ゲンガーという都市伝説に裏付けはないのだ。そこは少しだけ安心できることだった。


【彼らは人間と入れ替わったゲンガーだからこそ口を噤んだのか……最後に、入れ替わられたと噂のVtuberの方々を紹介しておきます】


「……あれ、ネコガジさん?」

 

 夜白ノワール、霧ヶ峰シエナ、宵宮ルクス、焔崎ヴェルデ……知らないVtuberの名前が挙げられている中に、綾は見知った名前を見つけた。

 

 窮鼠きゅうそネコガジ。よくコラボをするVtuber経由で知り合った女性Vtuber。謎めいた言動でリスナーを引き付けるミステリアスな人だった。


(これはチャンスかも)


 DMで窮鼠に連絡を取る。題名はコラボ配信の打診だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る