騒々しい雛祭り
まさつき
おしゃべりしましょ
今日は楽しいはずの雛祭り。
3月3日は桃の節句、女の子の健やかな成長を祝い厄除けを祈願する祭りであるのだが……トウマ研究所のユカリ博士はすでに27歳、文字通り妙齢の女性である。
女の子の祭りに、心ときめく齢でもない。
〝立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花〟を地で行く美人は、今日も怪しげで珍奇な発明品を生み出すことに情熱を注いでいた――のだけれど。
寝ていた。
数日前に思いついた発明品の開発に徹夜も厭わず没頭し、試作品をいくつか仕上げるところまでこぎつけて――電池が切れた。
そこへいつものように、近所の小学5年生、サタケ少年が遊びに来た。
「博士ー、いるぅ? ちょっと相談があるんだけどー……」
いつもならサタケの声に秒で反応するユカリ博士なのだが、よほど疲れているらしい。少年にほっぺたをパタパタ打たれても、ピクリともしない。
そうこうするうちに突然、サタケは知らない男の声を聞いた。
「ユカリはしばらく、起きねえぞ」
「誰?」
振り向いて研究所内を見渡すも――正体らしきが見当たらない。
「こっちだこっち。動けねえんだよ、さっさと来い」
横柄な物言いは、発明の試作品が陳列された机の上から聞こえるらしい。
少年が確かめると……。
なんと声の主は、いびつに折られた紙人形のお内裏様だった。
「キミもしかして、博士の発明品?」
「だな。この不細工な折り紙がってわけじゃあねえが」
しゃべる紙人形のとなりに置かれたシャーレの中に、クモに似た平べったい2~3ミリほどの機械が、十数個ばかり放置されていた。
同じものが一つ、紙人形の喉元あたりにもくっついている。
「しゃべってるキミって、この機械?」
「そうだぜ。ユカリ曰く俺の名は『しゃべる君/0号』だとよ。どんなモノにもくっつけるだけで、それっぽいことを喋り出す世紀の大発明――なんだと」
へえ――と首をひねりながら、サタケは何かを思いついたらしい。
「ちょっとこれ借りてくね!」とシャーレをひっつかみ、研究室を飛び出した。
「おーい、ユカリー、コソドロだぞー」
だが紙人形の警告は、ユカリ博士のいびきには敵わなかった。
§
少年がユカリ博士に相談したかったこと――それは、可愛い妹の願いを叶える方法だった。拝借した試作の発明品を手にして、サタケの心は浮き立っていた。
「お兄ちゃん、どうだった?」
少年の顔を見るなり、八歳の妹ミコトは上目づかいでつぶらな瞳を兄に向けた。
「ちょうどいいモノを博士から借りてきたよ」
紙人形から聞いた説明をミコトに伝えながら、兄は〝しゃべる君〟を男雛と女雛の首元辺りに貼り付ける。
「わーい、これでお雛様とおしゃべりできるのねっ」
ミコトの願いとは。
「お雛様、飾ってるだけじゃつまんないなあ、お話できたらいいのになあ」という、子供らしく愛くるしい夢だった。それが今、叶おうとしている。
「ミコトちゃん、こんなに大きくなって」と、お内裏様が口をきいた。
「まあ、なんて素敵な女の子に育ったのかしら」と、お雛様も口をそろえる。
雑な造りの折り紙人形とは大違い。さすが品格ある古風な作りの雛人形、パパが大枚叩いただけのことはあった。
「二人は、どんなおうちに住んでるの?」とミコトが聞けば、寝殿造りの様式について学者さながら詳細に、お内裏様が答えてくれた。
「お着物ステキだなあ」と讃えれば、十二単がいかに重量のある着物であるかを事細かに、げんなりするほど詳しくお雛様が教えてくれた。
正直、人形夫婦の話はミコトにはちんぷんかんぷんだったのだが……それでも、二人との語らいは、ミコトにとって夢のようなひとときに違いなかった。
こうして、朗らかな春の一日が過ぎていったのだが――。
翌日、雛人形を片づけた晩から、悪夢が訪れたのである。
§
「博士ぇ~……助けて」
目の下に酷い隈を作って、サタケがユカリ博士の研究室を訪れた。
「サタケ君! 試作品の0号パクったでしょ! お内裏君から聞いたぞ!」
「ごめんなさい……でもそのことで相談が……」
恐ろしい夜のことを、サタケはユカリ博士に語り始めた。
また来年ねとお雛様を箱詰めして、パパが押し入れにしまい込んだとたん。
雛人形の二人が、呪いの言葉を吐きだしたのだ。
「出せえぇ。暗いよう、狭いよう、息ができないよぉ~」
「また1年、闇の中に押し込めるのかぁ、人でなしぃ」
などなどと。一晩中延々と恨み節を、お雛様たちが並べ立てたのである。
さりとて出せば出したで喋りっぱなし、うるさくてたまらない。
「〝しゃべる君〟はさ、太陽電池で動いてるの。電力が無くなるまでずーっとしゃべり続けるんだよねえ……暗い所に三日も置けば電池は切れるから、我慢してねっ」
「そんなーっ」
うなだれるサタケだが。
「勝手に発明品を持ち出したキミが悪いんだぞ」と言われては、ぐうの音も出ない。
一睡も出来ない騒音の夜は、三日三晩続いた。
それからようやくサタケ一家は電池が切れたみたいに、ぐっすり眠るのだった。
騒々しい雛祭り まさつき @masatsuki
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