第13話 会いたい人
あの夜のことは、お母様の気持ちも思い、ずっと誰にも話さないでいた。
きれいな紫の髪の騎士のことも。
私がその人に、会いたいと思い続けることも。
ただ一度だけ、マリアナに会いたい人がいると話したことがある。
13才くらいの頃だっただろうか。
「また会って話したいと思っている人がいる」とだけ。
マリアナは
ーー姫、それは恋ですか? あまり人には言わないほうがいいよ
と言った。
「違う」と言ったら、マリアナは笑っていた。からかわれたのかもしれないけど、マリアナの言葉は胸に刺さった。
「そうね。なんだか話してみたら、私も自分の記憶に自信がなくなってしまったわ。ごめんなさい。変な話をして」
私が取り繕うようにいうと。
「変じゃないよ」
カグヤが言った。
「その、それだけ恐い思いをしたんだよ……姫様は。……こっちこそ力になれなくてごめんなさい」
頭を下げたカグヤに、私は慌てる。
「謝ってもらうようなことじゃないわ、カグヤ。ね。ユディタ」
「……もし、私のほうでも調べて判ったことがあれば、報告いたします」
「え? 事件のことを?」
ユディタは頷く。
「ですが、今は金糸雀隊の任務が最優先です。あまり調べ物に時間は取れないので、そこはあまり期待しないでほしいのですけど」
「ううん、無理しないでちょうだい」
私の曖昧な記憶のせいで、二人に気を遣わせてしまった。
だけどもその言葉に、私は少し和んだ。
その時、廊下側の扉からノックの音がした。
カグヤがさっと立ち上がり、扉に近づく。
「なにか?」
「マリアナとディアナです。お勉強中に申し訳ありません」
扉の向こう側からディアナの声が聞こえた。
カグヤが黒い瞳を私に向けた。
「はいってもらって」
カグヤは私の指示を聞いて、扉をあけた。
ディアナとマリアナもテーブルについた。
「もう授業は終わった?」
マリアナがユディタに尋ねた。
「ええ。ちょうど終わったところ」
ディアナがその答えを確認して、私に向き直った。
「まだ裏が取れた情報ではないのですが、数日前からツィーガルテン王国との国境付近へ軍が動いているようです」
「なにかあったの?」
ディアナは首をふる。
「まだ判らないわ。それが軍事行動によるものなのか、それとも訓練なのか、ただの移動なのか」
「軍もそうそう情報は漏らさないからね」
マリアナがディアナの説明に付け足した。
「ツィーガルデンですか……」
ユディタが腕を組んだ。
「和平状態にあるとは言え、油断はできない相手です。常に我がハーデ国とは小競り合いを繰り返してきました。ここ20年ばかりは大きな争いもないですけども。ツィーガーデン王国の軍事能力は、この大陸では一番なのは間違いありませんし」
よどみなく、ユディタが説明する。さすがと言った感じ。
「また王家内部も、盤石といいがたい状態です」
「ああ、第一王子と第二王子が、対立しているって噂、ほんとなんだ?」
マリアナの質問に、ユディタが頷く。
「正確にいえば、対立しているのは王子たちではなく、その外戚同士です。権力争いに、王子たちが巻き込まれている、というのが正しいでしょう」
「それ、噂だけじゃないんだね。ユディタはどこで知ったの?」
マリアナの疑問ももっともだ。
「大学にツァーガルデン王国の貴族の子息が留学しておりました。その方から伺いましたわ。学校のランチタイムというのは、意外と国際色豊かなんですよ」
意外なルートからの情報だけど、かえって信憑性があるのかもしれない。
「それが今回の宮の事件と関係あるかどうかは判らないけど、覚えておいたほうがよさそうね」
ディアナの言葉にみなは頷いたが、カグヤだけはワンテンポ遅れていた。
「ローベルト王太子の宮も、その後は異変はないそうよ。王太子が安全を心配して警備の者を増やしたとか。場合によっては、しばらく城内に仮住まいすることも考えているようで、準備は進めていると聞いたわ」
「そうね。小さい子供もいるし、ローベルトお兄様たちもそのほうが安心ね」
「ルミドラ姫はどうかしら? 城内に移る?」
「え?!」
ディアナの話に、私は一瞬驚いた。確かにまたおかしな事件があるようなら、城内のほうが安全かもしれない。でも……。
「城は……なにかと気詰まりだし……」
「そうよね」
ふふっとディアナが、判る判ると言った表情で笑った。
当然のことながら、城内だと人の目も多いし、自由に外出もできないし、こんな気軽な服装で過ごすこともできないだろうし、気乗りはしない。
それに、城に行くことになったら、お母様やミランとも離ればなれになる。それはいやだった。
「私はまだここで過ごすわ」
「じゃあ、警備はしっかりやらないとね。まあ、妃殿下がすでに手配もしてるけど」
「お母様が?」
マリアナが頷いた。
「人も増やしているけど、今日から塀の点検と修繕もはいってるよ」
「あ、さっき聞こえてきた音、そうだったんだ」
それまで黙っていたカグヤが、何度か納得するように頷いた。
「ミラン王子のお散歩も取りやめたみたいでね。王子自身はつまらなさそうでかわいそうだったね」
「そう……」
お母様はかなり厳重に警戒をしているようだ。
ありがたいことだけど、お母様の気持ちを考えると少し、気がふさぐ。
王位継承権を受け継ぐ可能性のある私のことを、お母様もお父様も大事に育ててくれたけど、ミルオゼロ湖事件以降は特に、それが強くなった気がする。
その前年に王太女・クラーラ姫が亡くなっているから特にだ。
お母様はいつも私の安全に気を配っている。
そして、それ以上にお母様はあの夜の恐怖ともまだ戦っているようだった。
事件の翌日の朝、私をおぶって運んでくれた侍女は、宮に一緒に帰ってきたけど、数日後にいなくなっていた。
侍女の仕事をやめて静養のため、生まれ故郷に帰ったと後で聞いた。彼女もよっぽど恐ろしい思いをしたのだろう。
「姫様、大丈夫?」
黙った私に、カグヤが声をかけてきた。
私ははっとする。
「……大丈夫。今度、ミランを馬に乗せてあげてくれない? 少しは気が紛れるでしょう」
「もちろん」
カグヤは笑顔でうなずいた。
「金糸雀隊のみんなも、十分気を付けてくださいね」
その言葉に、一同頷いた。
夕食の時、案の定ミランは不機嫌そうだった。
「外にいけないなんてつまんない。お父様もいつ帰ってくるの?」
「わがまま言うんじゃありませんよ、ミラン」
お母様にたしなめられても、ミランはパンを口に含んだまま、ふくれっつら。
「ミラン。今度、カグヤが馬に乗せてくれるって言ってたわよ」
「ほんと!? うぐっ」
パンがつまりそうになったのか、ミランは急いでお茶を口に含む。
途端に機嫌が直ったようで。
「いつかな?! 明日?」
「それは金糸雀隊の予定もあるから。向こうの都合のいい時にね」
「うん、わかったー」
ミランは、おとなしく食事を続けだした。
「ルミドラの警備だけで忙しいのに、ありがたいことね」
「ええ、みなさん、頑張ってくれてます」
「それが金糸雀隊の使命ですもの。ルミドラのために存在している部隊ですからね」
お母様の言葉に頭の中で何かがひっかかる。
特に間違ったことではないのだけど。
食事が終わり、ミランが侍従に連れられて、自室に戻った後、お母様に今日、ディアナたちから聞いた話をした。
「隣の大国でもめ事があったとして王太子やあなたに何かをする理由になる可能性は低いとは思うけど、警戒するには越したことはないわ」
お母様が心配そうに言う。
「何があるかわかりませんからね」
「はい、お母様」
「侍従たちに番犬を飼うことも勧められたの。私は犬が苦手だけど、それも考えてみようかしら」
「お母様、そんなに無理をなさらなくても」
「でも、出来ることはしておきたいのよ。あなたに何かあったら……」
お母様の表情が暗く沈む。
ろうそくの灯りに照らされても、その苦渋がみて取れた。
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