第12話 封じた記憶

 侍女の背中で眠った私とお母様は、到着していた軍に保護され、そのまますぐに里リリヤヴァ宮に移動となった。

 宮では出迎えたお父様に、抱きしめられた。

 そしてお母様は、そのまま倒れてしまったのだ。

 

 疲労と恐怖でしばらく寝込んでしまったお母様だけど、お医者様が診察した結果、お腹に子供がいることも判明した。

 それもあって、あの日の朝は体調がよくなかったのかもしれない。

 

 私に対しても、眠れなくなったり、食事が取れなくなる可能性があるとお医者様がいい、しばらく看護婦も宮に常駐することになった。

 幸い私は特に後遺症のようなものはなかった。

 あの湖畔の夜のことは恐怖より、紫の髪の騎士のことのほうが、私の胸に深く残ったからだ。

 「騎士」と私は勝手に心の中で呼んでいたけど、騎士ではなかっただろう。

 でも、あの剣さばきなどは普通の町の女性とは思えなかった。

 誰なんだろう?

 私は、いつもそんなことを考えながら、眠った。


 半月ほど経って、お母様も大分元気になり、来年には私に弟か妹が出来ることも教えてもらった。私たちの家は希望にあふれ、湖畔の事件は話題にすることはタブーとなった。

 

 襲ってきた一団がみな殲滅されていたと同時に、襲われた住民も亡くなったり大けがを負ったものもいた。王家の別荘に都から一緒にきた侍従も亡くなり、侍女の一人は襲撃の翌日に湖に浮かんでいるところを発見されたという。

 その事実はお母様を悲しみに追い込んだに違いなかった。

 家を焼かれたため、商売をたたみ、湖畔の集落から離れた者も多かったという。

 事件から九年経った今も、かつての賑わいは戻っておらず寒村になっていると聞いた。 

 私たちが滞在した王家の別荘も、内部を荒らされていた。不幸な事件があった場所ということもあり、別荘は解体されてしまった。


 襲撃者たちの正体は分からぬままだったが、身につけていたものなどから、国境を越えてやってきた夜盗団であろうと軍から王に報告があったという。

 なにしろ生存者がいないため、調べようもなかったのだ。

 王族、つまり私たち一家を狙ったのか?という疑念もあったが、父であるテオドル王弟の予定は公表されており、都に戻ったことは知られていた。

 むしろ、王族がいなくなった後に、貴重な調度品がある王家の別荘を狙ったのではないかという推測もされた。

 はっきりした事実は分からないまま、ミルオゼロ湖事件は今はそう記録されている。


 でも私はずっと不思議に思っていた。

 私たちを助けてくれた「紫の髪の騎士」のことは何も記録にない。

 少なくとも、私とお母様を追ってきた数人を倒したのは彼女だろう。

 

 お母様にも聞いてみたかった。けれど、翌年にはミランが生まれ、我が家は慌ただしくなった。ミランを抱いて嬉しそうにしているお母様をみると、どうしてもあの夜のことを聞くことはできなかったのだ。


 ★


「これは誰にも話してないのだけど、私とお母様が別荘から逃げ出した最中、助けてくれた人がいたの」


 私の言葉に、ユディタは驚いた顔をした。


「そうでしたか。公式の事件記録では、オルガ妃とミルドラ姫は船小屋に身を隠し、難を逃れた、とありましたけど」

「ええ、それは間違ってないのよ。でもその途中、夜盗団の数人に追いかけられて……」


 ユディタとカグヤは顔を見合わせた。

 まさか、そこまで危険な目に合っていたとは思ってなかったのだろう。


「その夜盗たちを倒して、船小屋を教えてくれた人がいて、それで私たちはそこまで行きつけたの」

「そう、だったんですね。集落の住人でしょうか」

「お名前も聞けず……ただ……その人にはすごい特徴があって」


 喉が乾く。これまでずっと言えなかったこと。でもずっと誰かに話したかったし、聞いてみたかった。

 あの美しい髪の人は誰なの? って。

 そして、私はずっとその人に会いたいと思っている。

 私は思い切って言った。


「紫の髪を持って、紫の瞳の女性だったの。年は判らないけど……大人の人だったわ。細い剣で、夜盗たちを倒して助けてくれたの」


 とてもきれいな人だった、ということはなぜか言えなかった。

 みると、ユディタはぽかんとした顔をしていた。

 カグヤは黙っている。

 そんな変な話だっただろうか?


「紫……ですか。見間違いでは?」


 ユディタの言葉はもっともだった。我が国にも、他国にもそんな髪の色の民族がいるとは聞いたことがない。

 ちらりとユディタは、カグヤをみた。


「どう思う? カグヤは」

「え、私……うーんと……」

 

 カグヤは腕を組んでから。


「事件があったのは夜だったし、何かの加減でそうみえた、とか……?」


 自信なさそうにカグヤが言う。

 私は、そうかもしれない、という気持ちと、そんなわけない、という気持ちがないまぜになった。

 

「ともかく……助けてくれた女性がいた、ということは判りました」


 ユディタが話を進めてくれた。


「誰かはまったく判らないということですよね」

「ええ。私はずっとお礼を言いたいと思っているの。手がかりは髪の色くらい……あと女性であることと、多分剣の達人だと思うのだけど」

「そうですね。王族を助けたとなれば、報償が出る可能性もありますが、その当時名乗りもしてない……それと、お妃様はなんとおっしゃってるのでしょう?」


 ユディタの質問に私ははっとする。


「お母様とは……あの夜の話はこれまでしたことがないの。お母様からも絶対話題に出すことはないわ」

「お妃様は、思い出したくないのでしょうね」

「ええ……それは判ってる。だから、こちらから聞くこともできなくて」

「ただ……お妃様は軍から話を聞かれているはずです」

「え?」

「公式の事件記録は、お妃様や集落の者、助かった侍従たちからも話を聞いて作成されています。でなければ姫様たちが船小屋に隠れていたということも判りません」

「……そうだわ」


 どうしてそのことに気がつかなかったのだろう。

 あんな大事件に関わってしまって、子供だった私はともかく、お母様から事情をきかないわけがない。

 でも、紫の髪の騎士のことは公式の記録には残されてない。


(お母様が話してない……? でもどうして)


「あ、あの、大変な事件だったし姫様も混乱してたんじゃないかなって……」


 黙った私をみて、焦ったようにカグヤが話す。


「その、記憶の違いとかあってもおかしくないし、きっと怖い思いをしたし……だから……その、そのう~」

「なによ。はっきり言いなさいよ」


 ユディタに言われて、カグヤが言いにくそうにだけど言う。


「助けてくれた人のことを、思い違いしてる可能性もまったくないとは言えないんじゃないかなって。本当は全然、別の人とか。集落の人が助けてくれて、それは当然のことだから、妃殿下も特に報告してないとか……」

「……あの人が……本当のことじゃなかったってこと?」


 自分でそう言ってみると、自信がなくなってくる。

 確かにあの夜、途切れ途切れに記憶がない。恐ろしい場面を見てしまったせいもあるし、寝ていたところを起こされたから頭がはっきりしていたわけでもなかったかも。実際、軍に助けてもらったことは覚えていない。宮に帰る場所の中でもずっと眠っていた。


「でも……」


 だけど、あの人の存在自体が思い違いだったとか、夢だったとは思いたくなかった。何年もずっと会いたいと思ってきたのに。


「……姫様。辛いことを話していただきありがとうございます」


 ユディタが静かに言った。

 

「ひとまず今、聞いたことは私たちの胸におさめておきます。ミルオゼロ湖事件のことを掘り返すと、お妃様のお気持ちにも障るでしょう」

「……そうね」


 ユディタの言うことは間違ってないのだけど、私は少し失望した。


 

 

 


  


  

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