箱の中のつぶやき

 ある時、キョウコは思った。


 お雛様は一年の大半を木箱の中で過ごしている。

 それは、幸福なのであろうか、と。


 キョウコは、嫁いで知らない土地にやってきた。親しい友人は近くにいない。まわりは知らない人だらけ。

 なれない環境に、キョウコはいつもひとりだった。

 周りの目が怖かった。他所様よそさまは義実家というフィルターを通して、キョウコを見ていた。



 暦の上では春とはいえ、冷たい風の吹く日の午後、

 キョウコはふと、

 公民センターの玄関ロビーに、七段飾りが置かれていることに気づいた。


 キョウコを迎えた七段飾り。

 和室でなくとも飾ってよいのだ、と

 キョウコにとっては大きな衝撃。


 ずうっと、薄暗い箱の中に閉じ込められているよりは、こうして外に出て多くの人に見てもらえるなら。

 美しいね、可愛いね、素晴らしい、と

 感嘆の声を上げてもらえるなら、

 和室にこだわる必要はない、と。


 壇上の女雛と目があった。



 キョウコの手元にお雛様を飾る機会は、これからも訪れないだろうけれど。

 七段飾りへの憧れは、まだ手放せない。













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おひなさま 結音(Yuine) @midsummer-violet

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