和ごころフェスティバル
ゆかり
革命前夜
「あーっ、退屈! た、い、く、つぅ!」
三人官女の向かって右、
「ほんっと! 退屈! 何か面白い事ないかしら」
向かって左に立つ官女の
「二人とも普段好き勝手やってるじゃない。ひな祭りの間くらいは我慢しなさいよ」
真ん中に座る官女、
「これって何? 何の苦行なわけ? ここにじっと立ってなきゃならないなんて」
「ねえ、章子、あたし良い事思いついちゃった」
「良い事?」
「そ。」
「何よ?」
識子はふふふと笑うと段を一段飛び降りた。
「おい。五人囃子の少年たち! 君たちも退屈でしょう? それに、同じ楽器も飽きたんじゃない? どう? この際、歌って踊れる世界初の五人囃子になってみない?」
それを聞いて章子の目も輝いた。慌てて自分も段を降りる。
「それ、良いじゃん! 私、前から思ってたのよ。君たちはこんなところでくすぶってるタマじゃないって」
五人囃子はなにやらモゾモゾしながら、互いにつつき合っている。
「言っちゃおか?」
「言っちゃおうよ」
「これ、チャンスじゃね?」
識子と章子はワクワクした目でアイコンタクトをとる。これは隠し事を暴露するときの雰囲気だ、なにやら面白くなってきたぞ、と。
「実は僕たち今、ダンスとか勉強してて」
「ラップも!」
「レゲェも!」
「タップダンスはもう完璧だし」
「ひな人形界の実力派アイドルユニットを目指してます!」
ここで黙っていられなくなった緑子。上の段から身を乗り出して
「もしかしてK-POPとかもいけちゃう?」
「あ、それ。得意中の得意です」
思い返せば、それが全ての始まりだった。あれから一年。準備は整った。
「みなさんっ! このままで良いのですかっ?」
白い小袖に朱色の長袴、宮廷装束にヘッドセットマイクを装着して壇上から呼びかける官女の
観客は日本の伝統行事の関係者。といっても人間ではなく、付喪神やら精霊たち。何を隠そう章子たちもひな人形に宿った精霊だ。
章子たちのひな壇は、とある由緒正しきお屋敷に代々引き継がれている七段飾り。いつの頃からか日本のひな人形界のリーダー的存在になっていた。が、主役のはずの内裏雛、殿と姫は雅が過ぎて、何事も「良きに計らえ」「お任せします」
ついついつられて、章子たちものほほんと退屈な日々を過ごすばかりになっていた。が、退屈しのぎに五人囃子に無茶振りしたのがきっかけで、目が覚めた。
「この子達、凄い!」
自分達も自分たちの手で毎日を楽しくすれば良いんだと、久しぶりに念を働かせて周りを見回した。
しかし、そこで見たのは……恐ろしい現実。
全国の精霊達の数が数年前の半数にまで減っていたのだ。しかも今現在も、こうしている間にも、加速度的に姿を消していっている。その筆頭が雛人形だった。
司会進行は左大臣。声と見栄えが良い。
壇上のプレゼンテーター、章子は凛とした声を張上げる。
「日本の古式ゆかしい伝統は今や風前の灯。百歩譲ってクリスマスは許しましょう。しかし! バレンタインにホワイトデー? はあ? 恵方巻で良いじゃんって話ですよ。 目に余るのがハロウィン! トリックオアトリート? いやいやいや、地蔵盆の立場はどうなるの?」
ここで識子仕込みの扇動要員が観客席で声を上げる。
「そうだ、そうだ!」
「地蔵盆のお菓子、サイコー」
「バレンタインなんて大っ嫌いだぁ!」
熱気が伝播し会場がどよめく。地響きのような歓声が上がる。
壇上の章子は両手で観客を鎮める仕草をし、落ち着いたところで続ける。落ち着いたといっても、さっきまでとは観客の目が違う。高揚して熱気の籠った目で章子を見上げている。
「みなさん! 今一度思い出して下さい。日本には四季を彩る素晴らしいフェスティバルがある事を! 節分、ひなまつり。端午の節句に七夕まつり。夏の終わりの地蔵盆! 秋には十五夜、ススキにお団子」
再び、会場に割れるような歓声と拍手が沸き起こる。
舞台の袖から識子が章子に向けて親指を立てた。ウインクも忘れない。
それを微笑で受けて章子は続ける。
「一体、何故、日本の行事が廃れ、海外の文化ばかりがもてはやされるのか? いいえ、いいえ、そうではないのです。これは日本人自身の手でコントロールされているのです。 何のために? 商売の為です。 つまり、お仕事なのです。毎日毎日の努力のたまものなのです。 ……では、私たちはどうするか? もちろん! 負けてはいられません。伝統に胡坐をかいて居眠りしてる場合ではありません! 今こそ我らも立ち上がろうではありませんか! 世界に打って出るのです。 エキゾチックを武器に!」
章子は拳を突き上げる。
そこにタイミング良く現れた五人囃子。うれしいひなまつりラップバージョンを披露する。
そして五人で息の合ったK-POP風ダンス、和楽器によるジャズと畳掛ける。
熱気冷めやらぬ中、左大臣が良い声で進行する。
「では、ここでスペシャルゲストをご紹介いたします。右の花道から餅つきウサギさんです。遠いところをはるばる来て下さいました。 お土産のお餅も沢山いただきましたので後で皆さんにお配りいたします」
拍手と歓声に迎えられちょっと照れてる月ウサギ。手作りの餅はレア中のレア!
「そして、左の花道からは節分の主役、鬼ちゃんです! 近年はコンプライアンス的に鬼ちゃんも内、となっております。鬼はあくまでキャラクター。実は心やさしい鬼ちゃんです。皆さま、どうぞ仲良くお願いいたします」
まばらな拍手が段々に熱い拍手に替わる。ヒソヒソと囁かれていた戸惑いの声もいつしか歓迎の声に替わっていった。鬼ちゃんの笑顔がたまらなく人懐っこく愛嬌に溢れていたのだ。
「更にっ! 本日は全国からお集まりの皆様のために、もう一人、遥か彼方から駆けつけて……、いや飛んで来て下さいました!」
司会の左大臣が少しもったいをつけて一呼吸置く。
五人囃子のつづみ太鼓が響く中、
「七夕さまでお馴染みの織姫さんです!」
左大臣の良い声が響き渡る。会場の熱気は最高潮に達していた。
その時だ!
待ちに待った奇跡の瞬間が訪れた。
トリの降臨 °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
そう、章子も識子もこの瞬間の為に、今日のこの集会を催したのだ。年に一度、この季節に日本で一番熱気のある場所に姿を現すという、あのトリ。
丸ッとした体に、短い羽。あのフォルムでは飛べるはずがないと誰もが思うあのトリ。それでも飛べてしまうあのトリ。
トリの降臨は、その後の成功を約束するという。
その言い伝えの通り、章子達の野望は次々と実現していった。
パリのエッフェル塔の下に五月人形のコスプレ集団が現れたとか、アメリカの自由の女神の手に月見だんごが掲げられたとか、リオのカーニバルで日本の風流踊が大歓声を浴びたとか、世界中で日本の伝統行事が存在感を増していた。
日本の伝統行事とコラボしたいというイベント会社や旅行社が後を絶たない。
章子達は今、ベルギーはブリュッセルの世界遺産、グランプラスのフラワーカーペット中央に特別に作られたひな壇に立っていた。
テレビで目にして以来、いつかは来てみたいと思っていたフラワーカーペット。それを、なんとど真ん中の特等席で見ているのだ。
これからもきっと、いろんなところへ行ける。行きたいと思っていた世界のあちこちへ。
「たなぼたを待つのは時間の無駄。自分の手をちゃんと伸ばして手に入れるんだ」
改めてそう思っていた。そして、小さな声で五人囃子に礼を言う。
「ありがとうね。少年たち」と。
和ごころフェスティバル ゆかり @Biwanohotori
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