雛、巣立つ

安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売!

 我々は、主様の厄を祓うために生み出された。


 健やかな成長を願う者達の手で、もたらされた。


「しかしその役割も、今年で納めとなったか」

「いやはや、めでたい、めでたい」


 右近と左近がワイワイと盛り上がっていた。常ならば近衛として厳しく引き結ばれている表情も、今ばかりは和やかに笑み崩れている。


「この間までお道具でおままごとをしていたような童女だったのに」

「子供の成長は早いねぇ」

「段を上手く組み立てられなくて、癇癪かんしゃくを起こしていたよね」

「ね。畳を剥げさせたり」

「障子に穴を開けた年もあったっけ」


 五人囃子は頭を突き合わせてしみじみと思い出に浸っている。少年姿の楽人達が、まるで我が子の成長について言及しているかのような発言はおかしみを感じさせた。


 とはいえ、その心境は、わたくしにも分からなくはないけども。


「ね、ね。お相手って、どんな方なのかしら?」

「素敵な方に決まっているわ!」

「そうよ、だって私達のお嬢さんが選んだ方ですもの!」


 官女達は三人揃ってキャッキャッと華やいだ声を上げていた。いつも澄まし顔で控えている彼女達も、今回ばかりはお澄まし顔ではいられないみたい。


「ふんっ、お嬢さんを泣かせたら、わしがとっちめてやる」

「うわーん! 寂しいよぉ、お嬢さーん!」

「はははっ、めでたい席なんじゃ。楽しく送り出してやらんとね」


 仕丁しちょう達は、今日もそれぞれの表情そのままの感情を見せている。そうよね、お嫁さんの親族からしてみたら、どれも真っ当な感情だわ。


「おや。今年は皆一段と賑やかなだな」


 わたくしの隣に並んだ旦那様は、そんな光景を眺めてニコニコと笑っていた。


「御前様も、今年は一段と嬉しそうですわ」

「そうだな。何せ、私達の御役納めだ」


 旦那様が視線を巡らせる先には、私達の主である『お嬢さん』がいた。美しい女性に成長したお嬢さんの左手の薬指には、キラリと石が光る指輪がはめられている。


 お嬢さんは、お嬢さんだけの、素敵なお内裏様旦那様に巡り会えた。


 近く、お嬢さんは、花嫁御寮になられる。


 だから、わたくし達のお役目は、今年で最後。


「……素敵なお姫様になられたわね」


 お嬢さんに直接声が届かなくても、わたくし達はお嬢さんを寿ぐ言葉を口にする。


 わたくし達の、大切な大切なお嬢さん。わたくし達は、お嬢さんに降り注ぐ厄を祓い、健やかな成長を見守るためにここへやってきた。


 小さな手が、毎年わたくし達を大切に飾ってくれたことを、覚えている。


 その手が年々大きく、たおやかになっていくことを感じて、毎年嬉しくて嬉しくてたまらなかった。『綺麗だね』『可愛いね』と、愛してくれたことが嬉しくてたまらなかった。


 だから、わたくし達は。


 あなたの成長をここまで見届けられたことを。あなたがここまで健やかに育ってくれたことを。


 何よりも誇らしく思う。


「今のあなたは、お雛様わたくしよりも、ずっと綺麗よ」


 涙にうるんだわたくしの声に答えるように、お嬢さんはわたくしを見上げてニコリと笑ってくれた。




 今日は三月三日。上巳の節句。ひなまつり。


 あなたは今、雛から巣立つ。

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雛、巣立つ 安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売! @Iyo_Anzaki

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