お下がり雛人形
ゆる弥
未来のひな祭り
三月三日といえばひなまつりよねぇ。この雛人形を譲り受けたのは私が幼稚園の時だ。
東日本大震災のあった年に産まれた私。もう四十路も間近だから、譲り受けてから三十年は過ぎているだろう。
「ママー? なんでウチの雛人形はこんなに古いのぉ?」
娘の
飾るところがないので、リビングの隣の部屋を潰して飾っている。日当たりがいいので、雛人形達は日にあたつてキラキラと輝いて見えた。
なんでウチの雛人形が古いのかかぁ。まぁ、不思議よねぇ。譲り受けた時には既に二十年位経っていたと聞いた気がするわ。
「古いわよねぇ。でもね、これはとても良い雛人形なのよ? 段の数も七段よ!」
「いっぱい人がいるもんねぇ!」
腕をいっぱいに広げて、初めて見る大きな雛段を嬉しそうに眺めている。目をキラキラとさせて興味津々の様子。
私も初めはそうだったんだろうけどねぇ。じぃじとばぁばが実家の一部屋を潰して飾ってくれてたっけなぁ。
「ママー。このお人形さん、お顔が怖いよぉ?」
由良は、眉間に皺を寄せて怯えている様子でこちらを見た。両手で自分の体を抱きしめて震えているから面白い。じっくり見たら相当怖かったのだろう。
「ぷっ! あははは! そうよねぇ。ママもね、昔じぃじに言ったことがあるの」
「じぃじ、なんて言ってた?」
笑顔に戻った由良は今度は嬉しそうに目を細めた。おじいちゃん子だから、話題が出ただけで嬉しいみたい。
「『やめろよぉ。俺だって怖いんだから!』って言ったのよ」
「あははははっ! じぃじ、ビビリィ!」
お腹を抱えて笑い転げている由良。こういうちょっとかっこ悪い所がじぃじのいい所かな?
しばらく笑った後、真面目な顔になってジッと見つめてきた。
「じゃあ、どうして新しいの買わないの?」
今の雛人形といえば、アニメのキャラクターのような容姿をしていて、似ても似つかない風貌なの。それはそれで人気があるんだけどねぇ。
昔の三倍の値段になっているから、今はおいそれと買える値段では無いのだ。実家の親はあまり頼りたくない。
ウチのじぃじは相変わらず趣味で小説を書いていて、定年した今では細々と売れている本の印税で生活している。だから、じぃじが一日中パソコンに齧り付いていてもばぁばは何も言えないでいる。
「これはね、ばぁばの親戚の人から譲り受けたそうよ。当時はお下がりの雛人形は縁起が良くないとされていたの」
「どうして?」
由良は話をしっかりと聞きたいようで、床に座り込んだ。
「雛人形は、その子の将来を願い、厄を引き受けるとされていたの」
眉間に皺を寄せた由良。なんだか、不安そうだ。
「だから、お下がりすると前の子の厄を引き継いでしまうと……」
「ママは大丈夫だったの?」
前のめりになり、顔を近づけてきて興味深そうに聞く由良。私の身に何かが起きたのかと思ったに違いないわ。
「ママはね……」
由良の唾を飲む音が聞こえた。なんだか緊張しているようだ。
「何にもなかったわ。平和そのもの。パパは良い人だし。順風満帆!」
「じゃあ、嘘だったの?」
今度は眉をVの字にして怒っているようだ。私に嘘をついたなぁと言ったところか。誰に怒っているのかも分からないけど。
「嘘っていうか、何か自分が不運にあった時に雛人形のせいだってなるんじゃないかなぁ」
「雛人形が可哀想だよ!」
腰に手を当てて仁王立ちした由良が鼻息を荒くしながら私を睨みつける。
私を睨んでも仕方ないんだけどねぇ。
「そうよねぇ。最近はあまり関係ないみたいだけどね。かの雛人形は、大切な雛人形だったんだって。じぃじとばぁばが、大切な雛人形を貰ってくれないかって言われたそうよ。そう言って貰えることが、有難いことだからって譲り受けたんだって」
「じぃじとばぁばは偉い!」
人差し指を私に向けてそう言い放った。
「大切なものを受け取って欲しいと言って貰えるような人だったってことよね」
「ママもね?」
由良の言葉にハッとした。両親から譲り受けた雛人形は、両親にとっても大切なもの。それを今度は由良に譲ってくれた。
由良と私を信頼してくれている証ということかもしれないわね。そう考えるとなんだか色々なことを思い出してしまう。
「ママ、大丈夫?」
気がつくと私の目から沢山の両親を思う気持ちが溢れてきた。
「ごめん由良。大丈夫。じぃじとばぁばもね。色々あったのよ。本当に。感謝しないとね……」
「今度、おすしだね!」
由良の顔が華やいだ。
「じぃじが好きだもんねぇ」
「じぃじはさぁ、いっつもお寿司食べたいって言うよねぇ?」
「ふふふっ。そうねぇ」
由良の成長を末永く見守って欲しいな。
今年のひな祭りは、大切な事に気付かされた。由良にも感謝しないとね。
そして、雛人形さんたち。これからもよろしくね。
目の前に佇む雛人形達を見据えて深く深くお辞儀をするのであった。
お下がり雛人形 ゆる弥 @yuruya
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