春を待つ部屋



「でも良かったわねぇ。お金取られる前に男が捕まって。男の話じゃ事故を起こさなきゃあんたにお金を要求しようとしてたんでしょ? 『結婚資金のためだ』とか言って」




 今日も由美子は里香とお茶をしている。



「ホントよ。あげられるほどお金なんてないけど……。思い出すだけで怒りがこみあげてくるわ! お金を盗ろうだなんて、最低!」



 騙されていた怒りと、被害に遭わなかったという安堵感から今日は言葉数が多い。

 そうは言っても、うかつだったと由美子は反省した。恋愛をしたいとはいえ、焦っては良いことは無いのだ。




 どうしてあんな男に惹かれてしまっていたのか、自分の警戒心のなさにガックリする。



 思い返せば男については不審な点が多かった。



 男との出会いにときめきすぎて冷静に現状を見られていなかった。




(そういえばおばあちゃんに似てたのよね……。おばあちゃんが守ってくれたのかな)



 なによりあの時のひな人形の表情……、由美子にひな人形を大切にすることを教えてくれた祖母に似ていた。



(おばあちゃんまだ生きてるけど……)



 あの時由美子と男の顔をめがけて体当たりした巨大なひな人形を思い出す。



 もしかしたらあのひな人形が自分を守ってくれていたのではないか。



 もしかしたらではなく、絶対そうだったのだと思った。



 これからは気を付けて信頼関係を築いていかなければならないと気を引き締める。



「まだ私には春は早いってことかしら。ならまだ冬の季節を楽しむわ。自分を好きになることの方が先よね」



 焦る必要はない、じっと待っていれば素敵な出会いも訪れる。自分を大切にすることが一番だと学んだ。




―祖母から教わった通りに―。



 あの日以来、あのひな人形を見たことはない。



 ひな人形を今年もしっかりと仕舞って、ひな祭りを迎えた。



 由美子一人になった部屋は広くはなったが、静かで少し寂しい。




「すぐにいなくなっちゃうなんて、最後に姿を見せてくれても良かったのに……、お礼が言いたかったな」




 それでもいつかきっと由美子の前に現れる本当に素敵な男性が現れるまで守り続けてくれるのだろう、由美子はそう信じている。



 これからもひな祭りを大切にしようと強く思った。



 新しい季節を迎え始めている、窓を開ければさわやかな春の風が室内に流れ込み、由美子の神を撫でた。



 温かな光が差し込み、由美子の顔を優しく照らした。



 体いっぱいに春の空気を吸い込んで伸びをした。



「見ててね、きっと素敵な春を迎えるから」



 ひな人形を飾っていた棚に向かい、優しく由美子は呟いた。



 きっちりと閉めたはずの押し入れの襖が少しだけ開いているのを由美子は知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひなまつりの奇跡 赤坂英二 @akasakaeiji_dada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ