暴かれる真実
「……」
しかし、男の所にはひな人形がいるのだ。
ひな人形は男の服を引っ張ったり、ほっぺをツンツンと押したりイタズラめいたことをしている。
どうも男のことが気に食わないらしい。
心なしかこの間よりもひな人形の表情が険しい。眉間にしわを寄せ難しい顔をしている。
(何なの⁉ 集中できないのよ!)
由美子は今回も必死に見えないふりをした。
考えてみれば由美子は目の前の男性のことはよく知らない。由美子自身のことばかり話して、彼の仕事、彼の趣味はおろか彼の名前もよく知らない。
「私ばっかり話をして、あんまり聞けなかったな。今度はちゃんと聞かなきゃ!」
男はあまり自分の話をせず、由美子に話をさせることが多かった。乗せられて由美子の方もいろいろなことを話してしまった。
仕事のことや、家族のこと、貯金額など……。
また別の日。
男から電話が来た。
「もしもし?」
「今から会えないかな。大切なことを話したいんだ。僕たちのこれからのことについて……」
プロポーズだ、由美子はそう直感した。
「詳しいことはあとで話すけど、実は俺、借金があって、君との今後のためにお金が必要なんだ。こんなことを伝えて申し訳ないけど、相談できる相手が由美子ちゃんしかいなくて」
「!」
彼から今後の二人のためという言葉に過剰に由美子は反応した。
彼に必要とされているとわかり、準備を早速始めた。
喜々した気持ちで大急ぎで指定された場所へ、やはりこの時もひな人形は玄関の前で仁王立ちしていた。腕をがっしりと組み、何としても行かせないという意思を放っている。
表情は最初のものとは全く異なり、今は鬼の形相のように恐ろしいものになている。
今回は由美子の胸の高さくらいまで大きくなって必死に通せんぼうしている。
細身の由美子はそれを避けて玄関を飛び出した。
「着いたわ。ちょっと早かったかしら。ひな人形は……」
由美子は身の回りをきょきょろと見回す。
「いないわね」
数分後、男がバイクで由美子の方に向かってきた。
彼が手を振るので由美子も振り返す。
ヘルメット越しでも笑顔なのがわかる、由美子も笑顔になってしまう。
突如として背後にかつてないほどの寒気が背中を駆け巡った。
体中の毛が一気に逆立つ。
どこからか風が吹き出し、次第に音と共に強くなっていく。
由美子の髪が大きく振り乱される。
「!」
振り返る由美子。
すると今までの比じゃない大きなひな人形が空から現れてものすごい速度で男の方へ飛んでいった。
『我、闇を払うものなり』
「ドカーン!」
ひな人形の頭が男の顔に当たり体を吹き飛ばした。
「えー!」
きれいな放物線で飛んでいく男、事故を目撃したショック、ひな人形がミサイルのように飛んでいくという信じがたい事実の連続に由美子の視界は真っ暗になった。
「なんで……? まさか、まさかあのひな人形が?」
***
起きたことに放心する彼女の前で、淡々と事故の処理が進められていく。
吹き飛んだ男は自分で転んだとして、そのまま救急車で運ばれていった。
男のことを心配する余裕もなく、由美子はあの時飛んでいったひな人形のことをずっと考えていた。
そんな由美子を現実に引き戻したのはその後のこと。
なんと警察が現れ、男を逮捕するというのだ。
警察の話で男は恋愛詐欺師で逮捕されると由美子は聞いた。
つまり彼は由美子と結婚はおろか恋愛はする気などなく、お金目当てだったのだそうだ。
ショックに打ちひしがれる由美子。
うなだれる彼女の視線の先に、なんと人並みサイズのひな人形がいた。
まだ近くにたくさんの景観と野次馬がいるが誰もこのひな人形に驚く様子はない。
やはり由美子にしか見えていないのだ。
「あなたは何者なの……?」
ただものじゃない。
『このひな人形は守ってくれる』
祖母の言葉が思い出される、あれは物理的な意味で守ってくれることだったのか。
ひな人形はウンウンと頷いて、ニコリと優しく微笑んだ。
「ウソ……、あなたが、助けてくれたの……?」
次に由美子がひな人形を見た時、そこには何もいなかった。
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