見えない違和感
男から連絡が来た。
待ち合わせは彼の方から指定された喫茶店だった。
次に男に会った時、奇妙なことが起きた。
(ん? 誰かに見られているような……)
どこからか視線を感じた。
違和感の正体はすぐにわかった。
「ん? それは何ですか?」
男の肩にひな人形が乗っているのだ。
それも、由美子の部屋に飾ったひな人形とよく似ている。
そしてどこからかお香のような香りが漂っている。
よく祖母の家で嗅いだ香りに似ていて、気を抜くと現実に引き戻されてしまいそう
になるのをこらえて男と対面する。
男は自分の肩を見るも、首を傾げた。
「何かあります?」
男には見えないらしい。というよりも由美子自身にしかみえていないのだろうか、誰もひな人形に目もくれない。
「どうかしました?」
「いいえ、私の見間違いだったみたい」
笑ってごまかした。
しかし、ひな人形は今も男の肩に乗っている、しっかり乗っている。
全く納得していないが、これ以上変なことを言って彼に引かれたくはないので、ぎこちなくも普段通りに努めた。
しかし、自分にしか見えないものが目の前にいることに恐怖を感じる。
これは何なのだろうか……。
由美子の様子に対し男は不思議そうな顔をしたが、特に気にはしていないようだった。
(危ない危ない。変なこと言って嫌われないようにしないと!)
「あの、お仕事は何をされているんですか?」
そう由美子が訊くと、男は少し口ごもった。
「……まぁ、ただの会社員ですよ。ハハハ……」
「?」
何か変なことでも訊いたかと由美子は思った。
「じゃあ会社の名前は?」
そう言うと男の顔が曇る。
「困ったな……、そんな名の知れた会社じゃないから恥ずかしいよ……」
別に一流企業が良いわけではなく、単に彼に興味があったから訊いたのだがはぐらかされてしまった。
どうにも男は自分の仕事を話したくはないらしかった。
「それよりも君の話を聞かせてもらいたいな」
そう言って男は由美子の手を握ってきた。
再びボディタッチ、心なしかあの時よりも強く握られた手。
「!」
ちょっと唐突だと思いながらも、由美子の胸は高鳴った。
しかし相変わらず男の手は冷えている。すでに喫茶店に入ってから時間が経っているから体温は温まっているだろうに……、由美子は少し引っかかった。
ひな人形は何やらあたふたと由美子に向かって話しているようだった。
帰り際、
「あの、良かったら写真撮らない? 一緒に、ツーショット……」
写真を撮ることはより仲良くなるためには重要だ。気になる人とのツーショットは自然と距離も近づけられる。それに後で見返せば楽しい気持ちが蘇って幸福感も得られる。
話は盛り上がったし、断られることは無いだろうと思っていた。
しかし、
「あぁ、ごめん。写真はちょっと……嫌いなんだ」
男ははっきりと断ってきた。
二人の間で空気が冷えていく。
「あぁ……そう、ですよね……。ごめんなさい……」
由美子は気持ちが盛り上がっているのは自分だけだったのかと少しショックを受けた。
同時にガツガツしていると思われたかもという恥ずかしさがこみ上げる。
もしかしたら男は由美子を彼女にしたいなどとは思ってもいないのかもしれない。
ただの話し相手として付き合っていきたいのかもしれないと思うと、由美子の心は深
くショックを受けた。
必死に笑顔で取り繕うのが精いっぱいで、気を緩めたら泣いてしまいそうだった。
***
「どうして私あんなこと言っちゃたんだろう……」
部屋で一人、机に突っ伏す由美子。
「恋愛に焦ってる女って思われたかなぁ……。あー急ぎすぎたかも~……」
髪の毛をかき乱す。
そんな彼女を静かに見つめるひな人形。ひな人形は由美子の髪を優しく撫でた。
「ううぅ……」
幼いころ、祖母に撫でられたことを思い出した。優しい祖母ならきっとこのことを話せば一緒に泣いてくれただろう。
しかしひな人形は満足げな表情を浮かべているように見えた。
もう連絡が来ないかもしれないと傷心気味な由美子であったが、なんと男から連絡
が来た。
まだチャンスがあると由美子の心は再び盛り上がった
次にひな人形が現れたのは玄関前、また男に会うために出かける前のこと。
しかし今回は前回よりも少し大きくなっている気がする。
「何なの⁉」
由美子が前に進もうとすると、
「ドン!」
と大きな音と共に由美子の前に立ちはだかった。
この間よりも一回り以上大きくなっており、迫力が増している。
扉の前で仁王立ちするひな人形。まるで由美子を外に出すことを拒んでいるようだ。
『この道、行く先は闇』
ひな人形から強い意志を感じながらも、
「急がないと遅れちゃう!」
由美子は強引に扉を開けて出かけた。
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