ひなまつりの奇跡
赤坂英二
出会いと予感
女性の名は由美子、二十代後半。今まで男性との交際歴はなし。彼女自身素敵な恋人との出会いを夢見ているが、いまだその兆しはない。
そして今は友人の里香と喫茶店でお茶をしている。
「そういえば、そろそろ二月も中旬ね。あんた今年もおひな様飾るの?」
「当たり前よ! 私由美子恋愛経験ゼロの記録を更新中なんだから!」
里香は驚いて目を見開く。
「良縁を引き寄せなきゃ! おばあちゃんも言ってたの『おひなさまは自分自身だと思って扱うんだよ、大切にね。そしたらおひなさまは良縁を運んでくれるし、自分のことを守ってくれるのよ』って」
「守ってくれる、か。その真面目さが良縁を遠ざけてる気もするけど……。あんたみたいなタイプは最近流行ってる結婚詐欺に騙されることもなさそうね」
里香は苦笑いした。
数日後、由美子は自宅にしまっておいたひな人形を飾った。
このひな人形は由美子の家系に代々伝わってきたもので、由美子はこれを大切にするよう祖母から教えられていた。
「今年もちゃんと飾れたわ」
由美子はひな人形に手を合わせる。
祖母によれば、このひな人形は女性を古くから守ってきた守り神の存在でもあるという。
祖母も結婚前は人形が助けてくれたと語っていた。
丁寧に飾られたひな人形が由美子を見下ろし微笑んでいる。
「今年こそはお願いします! そして私をお守りください!」
良縁を強く念じる。
「!」
その時背後にゾクリとする感覚。
「まだ寒いわね……」
顔をあげると、ひな人形は光を反射してきらりと光り、神々しさをまとっていた。
それからまたしばらくして、由美子は一人町を歩いていると、前を歩くスーツ姿の男性が目に入った。
男性の背負っているリュックが開いている。
それだけなら「開いているな」と思って忘れてしまうのだが、今回は違った。
彼のリュックから小さな封筒が落ちたのだ。
「あ」
由美子は封筒をサッと拾い上げる。
中身は見えないが厚みと重さからして札束だろうか、かなりの額だ。
封筒には名前が書かれている。
「中田、美月?」
女性の名前だろうか……。
男は気が付いていないようでそのまま歩いて行ってしまう。
「あ、あの!」
由美子は急ぎ男を追いかけて声をかけた。
「すみません。こちら落としましたよ」
男は振り向いて封筒を目にし、ギョッと見開いた。
「あ! それは僕のです! 大切なものなんです、今日これからの仕事に必要で……、ありがとうございます!」
(僕の? 中田美月さんのじゃないの……?)
すると男は由美子の手を握り感謝を述べた。
急なボディータッチ。
成人して以降異性から手を握られたことは無い。
どう反応すればよいか分からずどぎまぎしてしまう。
しかし不思議と嫌な気はなく、むしろドキドキと胸が鳴った。
よく見るとこの男、背も高く愛嬌のある顔をしていたが、手が妙に冷たい のが気になった。
しかし男の屈託のない笑顔、由美子は素敵だな好感を持った。
「あの、こんなこというのも変なのですが、お時間ありますか? ぜひお礼させていただきたいんです!」
これから仕事が必要と言ったが、仕事に戻らなくて大丈夫なのだろうか。
普段ならこんなこと言われれば警戒して立ち去るだろうが、どうも悪い気はしなかったので了承して近くのレストランに入った。
男は聞き上手で由美子の話は弾んだ。
こんなに素敵な時間を男性と過ごすのは久々だった。
「あの……、また会ってくれますか? こんな楽しかったのは久しぶり
で。落とし物をしたおかげというか、なんというか……」
男性は別れ際そう言ってきた。
「ぜひ!」
由美子にも春が来たのだと彼女自身は感じた。
「ラインを交換しましょう」
由美子は携帯を取り出した。
しかし男はそれを拒んだ。
「ラインをやってなくて、ガラケーなんで……。電話番号教えてもらえます? 俺の方から連絡するんで」
男は由美子の電話番号を手に入れた。
彼は少し変わったところがあるのかもと思いながらその日は別れた。
自宅で由美子はひな人形に手を合わせた。
まさに、長年ひな人形を飾り続けてきたおかげだと、ひな人形の力だと
思った。
「遂に私にも恋人ができるかも!」
これまで由美子には恋人がいたことは無い。ただの片想いや憧れで終わってきた。
素敵だと思った彼の方からも「また会いたい」と言われて胸が高鳴った。
しかし不意に不安になる。
「あんなに素敵な人が私のことを好きなるのかな……?」
これを失敗したら次はいつ来るか分からない。そう思うと恋愛に踏み出すのに戸惑う。 久々に人を好きなることに、怖さを感じる。
ひな人形が少しだけ、こちら側に移動しているように見え、妙にひな人形の表情に陰りがあった。
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