第7話 或る雨の日の回想
──今年も雨季が近づいている。
そう私に思わせるのはほかでもない。湿り気を帯びた風が三十年前の忌々しい古傷に触るのだ。
世間一般では三機の機体が隣国を救ったとされているがあれはデマだ。
当時戦争一色だった政治界隈に対する国民の反対を払拭するためのプロパガンダに過ぎない。
事実、当時我がカパラでも他国を侵略しようとした動きがあった。もともと水資源には少々不安がある土地だ。隣国のオアシスだって欲しくもなる。
隣国のサンドランドは敗戦ムードが漂っていた。燃料関係の資源を使いつくしたどころか相次ぐ疫病に市民の三割が倒れた。
その行動は私の独断だった。国のため、私の出世のため、手柄が欲しかった。
仲間三人を引き連れて荒廃したサンドランドの連中を排除し、領土を奪い取る。もちろん秘密裏に行う必要に駆られるので、軍の機体は使えない。私の私用のものを使った。
どんな仕事よりも楽な仕事だった。地上をさまよう人々は蟻のように小さく、無抵抗だった。殺しはしない、威嚇射撃を繰り返し、排除する。そのつもりだった。
井戸をのぞき込む老人がいた。彼はどうしてもそこから動くことはせず、我々を認めてもなおもやめはしなかった。
我々は水資源が欲しかった。国を豊かにしたかった。
気づいた時には私は照準を老人に向けていた。ほんの少し、威嚇をするつもりで。
撃った弾は老人に当たった。戦闘機の弾丸が生身の人間にあたったのだ。はじけた体は砂に砕けた。
私は悟った。
欲するならば手を汚すしかない。民のため、国のため、私のために私は欲する。たとえそれがどれほど罪深いものになろうものとも。
人を撃ったのはその時が初めてだ。動揺し、汗が止まらなかった。
刹那の操縦を誤ったのはその時だ。私は砂に機体を打ち付けた。その傷がいまだに癒えずに雨が降ると骨身に染みる。
私は官邸の窓から見える景色に少しふさぎ込む。空が灰色に染まってゆく。窓にはいくつもの水滴が今にも流れんばかりに無数に張り付いている。
こんなもののために私は……。
あれから数年、フロイトという若いパイロットが航空レースで表彰されると聞き、私は身に行ったことがある。彼は聡明で、実直な男だった。
それゆえこの国について知りすぎたのだ。
私は彼を空軍のテストパイロットに任命した。そこで開発をしていたのが彼の父イーギス・フライトだ。
不安の種はもとから絶たねば精神衛生上好ましくない。
私は迷信を利用することにした。
カパラ航空レース、彼はきっと一番に国境を超えるだろう。その時に人工的に風を起こし、砂嵐を再現する。千年に一度起こるといわれているカパラの壁だ。
千年に一度と拍が付いているため、一発勝負ではあったが私の思惑通りの結果になった。
捜索隊は派遣していない。そんなことをされてしまっては私の計画が台無しだ。
生存には絶望的な環境が整っている。問題はない。
フライト氏も息子の件で廃人になられたようだ。
私の生活は守られた。そのはずであった。
フライト氏にもう一人ご子息がおられた。私はそれを知ったとき、小さな胸騒ぎを覚えた。摘まねばならぬ。私の悪魔がそう囁いた。
幸い、彼は飛行経験がないらしい。ならば国境付近の残骸を知ることもない。しかしここで一つ懸案事項に気付いてしまう。
残骸がある以上証拠になる。死体だってまだ見つけたわけじゃない。私が自身の判断で亡き者にしているに過ぎないことだ。
だが、チャンスは訪れた。
例の新聞だ。名前はイーギス・フロント。彼が息子のジンに非公式ながら航空レースで勝利を収めたらしい。
これはチャンスだ。不出来な息子もこのチャンスに消えてもらおう。
私は感謝した。もう一度チャンスを与えてくれた神に。
「ガーディス大統領、ご子息のジン様がご到着です」
「わかった」
私は部屋を出ていく部下にそう答えた。
私は止まらない。この国を守るためなら何度でもこの手を血に染めよう。
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