第6話 電話
【あの……僕、いや……俺だけど、リンクス……。まだ、怒ってる?】
【どうしても、伝えないといけないことがあって。あの、忙しかったら次の日でもいいんだけど】
【この間はごめん。悪気はなかったんだ。ただ、ちょっと浮かれてて。……これまでの人生の中であんなに人に注目されることなんてなかったから……。フロイト兄さんにばかりみんな注目してて……。僕はいつもその陰だった……。ごめん、言い訳だね】
もうすでに椅子に座りこんだ状態で伝えようのない言葉を頭の中でいくつか作っていた。いざ目の前にリンクスが現れようものならその中から状況を考慮して最善を使うつもりだった。
ラウじいさんの店に来ていた。
どう考えても僕の家なんかには来ないだろうし、雨季に近づいている今、学校は休みだ。水源がない家庭はこの間に水の確保を行う。それに、ここはリンクス御用達の店でもある。なにか注文していればきっとくる。
「眉間にしわなんか寄せて何か考え事かフロント?」
自分では気づかなかったけど、指を交差させて額に押し付け、深刻な顔をしていたようだ。
「まぁ、ちょっと……」
「あまり気に病むと体に毒だ。デトックスさせた方がいい。ほれ、サービスだ」
差し出されたミントティーは成分が溶け出しているのか、淡い緑色をしていた。
「サンキュ」
「なんじゃお前さん、ずいぶんと洒落た言葉を使うようになったの……。さては恋か」
「まさか」
ラウじいさんは口角を少し上げかけたが、僕の言葉にそれを戻した。
「年頃なんじゃからそれくらいしても罰は当たらんと思うがのう。……そういえばリンクスはどうした? いつも二人で来るから今日もてっきり二人かと思ったんじゃが……」
「あぁ……その、彼女は」
「彼女? いつも名前で呼ぶくせにずいぶん遠慮がちになったの。何かあったんじゃろ?」
「いや、別に……。大したことじゃないよ。それより、リンクスに何か用?」
言い淀んでしまったのはきっと僕が精神的に動揺しているせい。リンクスとの間に名前なんてないはずなのに。もやもやとした考えが頭をめぐるので、汗をかいてしまっているグラスを一気にあおる。
「まぁ、別に今日じゃなくともいいんじゃが……。頼まれてたものが届いての。来たら渡しておいてもらえんか?」
「どこか行くの?」
もしかしたら情けない顔をしていたのかもしれない。
「……いいかフロント。お前さんはもう何もできない子供じゃない。あの時みたいに指くわえて終わるつもりか? 機体も、人間も動かさないと動いてはくれない」
ラウじいさんがレジから硬貨を数枚取り出して何やら準備をしだす。
「いいかフロント。わしは今からちょっと買い物に出てくる。多分戻るのは……、そうじゃのぅ、二十分くらいか。その間、店番を頼んだぞ? お代はきっちりもらっているから釣銭はない。控えの注文書がそこにある。リンクスが来たらそいつを渡してほしい。それと、絶対に電話だけは使うんじゃないぞ?」
ラウじいさんはそれだけ言うと、なぜか急ぎ足で店を出て行った。
控えの注文書にはリンクスの家の住所なんかが書いてある。当然電話番号も……。
電話だけは使うな、か。なんでだろ?
何を注文したのか少し気になったので注文書をひったくると、下の方から硬貨が一枚落ちた。十ミル。ちょうど通話一回分の金額だった。
そういうことか……。ありがとう。ラウじい。
僕は席から立ちあがり、壁に固定されている赤い電話に十ミリ硬貨を入れる。チャリンという小気味いい音がした。
注文書に書かれている番号に電話をする。電話なんて使ったことないし、ラウじいの見様見真似なんだけど、たしか最初は名乗るはずだ。
三コールすると、コール音が切れてリンクスが出た。
「あの、僕……。いや、俺。フロント。この間は、ごめん」
「フロント……? どこからかけてるの?」
「ちょっと用事があって、ラウじいのとこ……。もう少し早くこうするべきだった。悪気はなかったんだ。ただ少し、調子に乗ってて、周りが見えなくて、君の気持も考えずにあんなこと……。ほんとどうかしてるよ」
「……。話があるの。来週の月齢祭、来てくれる?」
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