第5話 粗野

──くそっ! どいつもこいつもフロントフロント! サルの一つ覚えみたいに似たようなこと言いやがって。


 親父からもらった別荘の地下室、そこが俺の趣味を思う存分楽しめる場所だった。

 十数メートル離れた人型の標的に、的確に銃弾を撃ち込んでいく。反動が腕に伝わるたびにフロントが頭をよぎる。あんな根性なしに俺が負ける!? ありえないだろ?

 親父に無断で作った割にここの防音設備は完ぺきだった。どれだけ叫び散らそうが誰にも気づかれない。

 フロントもそうだが親父のことも気に入らない。

 お前に別荘をくれてやるとか適当なこと言いやがると思えば、通っていた学校でさえ別荘の近くに転校だ。要するに俺は厄介払いだ。出来の悪い兄貴は、あの家にはいらないらしい。

 俺はいつも比べられていた。成績、態度。そこから素行の悪さが加わるのにそう時間はかからなかった。その結果がこれだ。弟は親父の跡を継ぎ、議員にでもなる。そのための学校に行き、そのために人脈を増やす。素行のよろしくない兄貴はこうしてくそ田舎のごみ溜めみてぇな街で死ぬまで退屈な人生の時間をつぶす。

 俺は必要とされていなかった。

 別荘をくれてやるって話もようは自分の目の届かないところに俺を置きたかったにすぎない。

 全弾命中。すべてクリティカルヒット。この距離なら同じ穴に全部叩き込めるが、今日は胸糞悪いせいか手元がぶれる。

「……くそっ。遊ぶ弾もなくなりやがった」

 トレイに乗せていた弾丸は、箱だけが残っていた。

 体から湧き上がる怒り。どうしようもなく暴れまわる感情。その全部が抑えきれなかった。思い切りトレイが乗った丸テーブルを蹴とばす。そんなことをしても何もすっきりはしないが、どうすることもできなかった。

 庭には俺の機体がある。ただ今日はどうもそれを見る気にはなれない。だから仕方なく単車で街をぶらつこうかと思った。道を選べば問題なく走れるはずだ。

 この屋敷は低俗な連中のそれは違う。俺がどれだけ暴れまわっても崩れることのないコンクリートでできている。俺の要望を聞き入れた執事が手配した。地下の射撃場に通じるこの螺旋階段も執事の奴に俺が指示した。

 イライラで頭が狂っちまう。階段をのぼりながらそう思う。このまま壁に頭を打ち付けたくなる気持ちを頭をかきむしることでどうにか抑える。

「久々に来てみれば、どういう了見なんだ? だれがこんなものを作った?」

 見知らぬ声に顔を上げると、今一番見たくない顔がそこにいやがった。

「……親父」

「なんども言わせるな。父さんだろ」

 来い。相変わらず親父は俺を否定し、刺すような視線で俺に言ってきた。

「なんだよ。厄介払いした息子に今度は手切れ金でもくれるって寸法か?」

 螺旋階段の向こうは当然隠し扉がある。そこは暖炉があるリビングにつながっている。普段本なんて読まないが、カモフラージュのために本棚を買ってそこに何冊か適当に置いた。我ながらありきたりな隠し方だと思ったが、考えるのも面倒だったからそこを隠し扉とした。

 隠し扉を出ると、うつむいた執事が脂汗を垂らしながら俺に謝ってきた。こいつがもっと口が堅い奴ならこうはならなかったし、俺の機嫌も少しはましだったかもしれない。こいつにはあとでしつけが必要だろう。

 親父に促され、暖炉の前のソファーに座る。いつの間にか昼から夜になっていたらしい。暖炉の脇にあるトラのはく製が、暖炉の炎に照らさせて影を揺らしていた。

「旦那様はコーヒーでしょうか?」

「私は紅茶でいい」

「へぇ。いつもならなんも口にしないですぐ帰るじゃねぇか。こりゃ明日には地球が滅びるな」

「大切な息子に久々に会ったんだ。紅茶くらい飲んでじっくり話もするさ」

「大切ねぇ……。その割にはずいぶん人気のないところにまで追いやったもんだな」

「お前には才能がある。それをつぶしたくなかった」

 予想よりも早く紅茶が運ばれてきた。俺の前にはブラックコーヒーが。紅茶も飲めなくはない、ただ目の前のこいつを思い出す。俺は紅茶が嫌いだ。

「才能? 俺に? はっきり言えよ。弟には劣るって」

「確かにあいつには学がある。お前よりはるかに成績もいい。だが勇気がない」

 親父は紅茶を一口すする。最後にあったのは何年前だ? 俺の知らない縁の黒い眼鏡に暖炉の炎が映る。まるで冷たいガラスのように。

「お前、進路はどうするつもりだ?」

「なんだ。金の話じゃないのか」

「当たり前だろう。何度も言わせるな。お前は俺の大切な息子だ」

「……まだ決めてない。適当に働く」

「無理だな。普通に働くにはお前は素行が悪すぎる。この辺の人間のお前のイメージも悪いだろう」

「知ったことか」

「そこでだ。お前に話が合ってここまで来た」

 親父は身を乗り出す。

「お前。自警隊のパイロットに興味はないか?」

 ……パイロット。

「実はお前がここに戻る数日前もこの屋敷を見せてもらった。もちろん例の地下室もだ。やはり私の見込んだ通り、お前には射撃の腕がある。それも並みの兵士以上に。その才能を生かせる職は町を探してもないだろう。なぜならそういう意味ではお前はほかの連中とは違う、才能があるからだ」

……才能。

「バカ言え。今までさんざん俺と弟を比べといて……。……俺がどんなに惨めだったか。親父にわかるのかよ! 悪いけど俺、暇じゃないんでね」

 下らん。そんな取ってつけたような言葉で釣られるかよ。

 外はたぶん思っているよりも寒い。でなきゃ執事が気を利かせて暖炉に火をくべるなんてありえない。黙する親父をしり目に、俺は壁掛けにかけてあったジャケットを手に屋敷のドアノブに手をかけた。


「この通りだ。この国にはお前のような人材が必要なんだ」


 背後からの声に思わず手をドアノブから放してしまう。

 俺は迷っているのか?

「今のこの国は平和そのものだ。資源に恵まれ、隣国との関係性は悪くない。だが、結局国とは人なのだ。僅かなずれから歪が生まれる。そうなればこの国の豊かな資源も他国に狙われることになる。お前ならわかってくれるはずだ。ジン」

 親父が俺の名前を呼ぶなんていつ以来だ……。

「この国の平和を、お前の肩に乗せてはくれないか?」

「……その話は本当なんだろうな?」俺はまだ振り向かない。

「あぁ、嘘じゃない。お前には素質がある」


 明日、俺は見学にカパラ航空自警隊基地に向かうことになった。

 そこにはあの弟も行ったことはない。この国では空が飛べる人間がすべてだ。弟も多分飛べる。でもパイロットと同等に操縦ができるかどうかといわれると無理だろう。パイロットというものはより優れた人間がなる職業だからだ。

 パイロット。か。

 まさか俺がそれになる日が来るなんて。部屋のベッドの上で子供のようにはしゃいでしまう自分が急に恥ずかしくなり、シャワーでも浴びよかと立ち上がる。

 親父はもう何時間も前に帰った。翌朝、部下を迎えによこすそうだ。

 執事の奴、なんか泣いてたな。

 着替えを手に、扉を開けようとするタイミングで、勝手にドアが開いた。

 俺は目の前の人間に目を丸くする。

「アーイシャ?」

「ジン!」

 アーイシャは俺の存在を認めると、強引に抱き着いてそのままベッドに押し倒した。

 アーイシャは全身濡れていた。国営放送め、また天気予報を外しやがった。でもまぁ、通り雨だ。数か月に一遍くらいはそういう日もある。

「宿舎に行ったらこっちには戻ってないっていうからもしかしたらって……。急に連絡取れなくなるし、探したんだから!」

「お前が来ると面倒なんだよ……」

 窓の外で雷のような音がした気がする。……雨季が近いのかもしれない。

「そんなこと言わないで! 私だけを見て! ねぇ、お願い。一人にしないで!」

 アーイシャはそういうやつだ。俺にとってアーイシャは面倒以外何物でもない。

「……部屋は用意してやる。明日になったらすぐ帰れ。それとここは俺の部屋だ。俺以外出入り禁止だとなんど言えば……」

「リンクスがね、フロントと喧嘩してるの」

 アーイシャが爛々とした目で楽しそうに言う。それこそ子供が初めてホテルに泊まりに来た時に、大きなベッドで遊ぶ時のような目だ。実際、アーイシャは俺のキングサイズのベッドに座りながら、足をぷらぷらさせている。

「私ね、リンクス目の前でフロントにキスしたの。あ、でも演技だからお願いだから気にしないで。でね、リンクスったら顔赤くしてどっか行っちゃった。しばらく見ないなとおもったら小汚い店で働いてて……、あの子月齢祭の踊り子外されたのショックだったみたい」

「なん、だと?」

「私が選ばれたの。月齢祭の踊り子……。ねぇ、ジン。その日、ちゃんと見に来てくれる?」

「あぁ……。予定を開けよう」

 今日は酒がうまくなりそうだ……。

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