第二章 代償

36.話題の魔石店

 ランスの魔石店に住まう家族が3人になってから月日は5年ほど流れる。

 ヘルグリュン王国にも温かな風が流れ込むようになり、畑や牧草地に柔らかな緑が顔を出し始める季節となった。


 私、ツィエンは5年の間、ずっと魔石の研磨技術を向上させることだけを続けてきた。今となっては、どんなに小さな魔石でも繊細なカットを施せるようになったと自負している。

 地道に、大きな魔石をカットすることからはじめ、丸いドーム状のカボションカットや魔石を多面的にカットする方法を研究した。多面的なカットを施すことにより、光が魔石の中で屈折して、輝きを生み出す。宝飾特化の魔石商には欠かせない技術だ。ここ数年の修行はこれに尽きた。


 手始めにカットをしたのは、魔石自体は大きいけれど魔力含有量が高くない魔石だ。いくら大きくても魔力含有量が低い魔石は輝きが少ない。修行に使うのはそんな魔石だった。とは言っても、平民の家事に使用する分には十分な魔力を包含している。そんな濁りがある魔石を綺麗にカットしたところで、誰も買わない。もとの魔石の値段にカットした手間賃を上乗せしているから、見栄えもよくないのになんだか値の張る魔石ができてしまうためだ。正直その時の店の利益は、だだ下がりだった。修行とはいいつつもおじいちゃんには申し訳なかったが、その状況を救ってくれたのが、レイルだ。

 彼は、家のことや店の手伝いをこなしつつ、時間を見つけて外に魔獣狩りに出掛けた。そして、必ず手に入れた魔石は私にくれるのだ。そうすることで、店の利益を減らすことなく、私は修行に打ち込めることができるようになった。


 結果、徐々に研磨技術が向上し、店頭の隅に置いていたアクセサリー加工用の魔石もちらほらと売れるようになった。2週間に1つ売れるか売れないかという状況を打破したのは、やや小さめの魔石だった。魔石を小さくカットするのは難しく、いびつな形ばかりが仕上がる。到底納得のいく出来ではなかったが、購入者からすると小さいため、さほどカットの精度は気にならなかったようだ。魔石も小さく、包含魔力はほとんどないため、原価はあってないようなもの。そのため、付けた価格がそのまま利益になった。魔石商見習いの修行中のカット技術に価格をつけて売るようなものだ。販売価格は消費者からしてお得に感じる設定した。

 そうすると見事にこれがヒットした。このくらいの値段なら1度買って、機会がある時に細工師にアクセサリーにしてもらおう。ついでに色々なカラーを揃えてみよう。と購入の連鎖にはまることができたのだ。


 そして、色々な人の手に渡った魔石が噂を広げ、鍛冶工房から剣にはめ込む魔石を見栄え良くしたいから、カットをお願いしたい。と依頼が飛び込むようになり、いつの間にか私の研磨技術に付加価値がつくようになったのだ。今となっては「ランスの魔石店のツィエンが研磨した魔石」それは繊細で美しい輝きだと評判である。


 この地域では男の経営者がほとんどである魔石商業界において、如何に安く品ぞろえ豊富で、レアな魔獣石を取り扱っているかが人気魔石商に欠かせない条件だった。そこに安さ重視の宝飾特化をメインとした販路を築いた、この店の評判が国に広まるまでに時間はかからなかった。



 おじいちゃんは、研磨の仕事を取ってきたり、ハンターからの買取や交渉を主に担当している。膝の傷が年々悪化しているようで、店に立つ時間は減ってきているのだ。最近では狩りに行くことは滅多になくなった。そのせいもあってか、家で過ごす時間が増え、昔よりもおじいちゃんとよく話をするようになった。おじいちゃんが昔どんなハンターだったかとか、どんな魔獣を倒したかとか。それはもうレイルが真剣に聞くものだから、おじいちゃんの話は止まらない。私は正直魔石以外に興味がないのでいつも話半分に聞いている。

 それでも15歳になって、おじいちゃんの愛情を感じられるようになった。今となっては、過去の自分の暴走をよく許したものだと感心するほどである。



 レイルについては先ほども触れたように、剣の腕を磨いて、一人で狩りに出るようになった。そして手に入れた魔獣石は全てこの店に卸す。初めは、それが奴隷意識の延長で、魔石店に恩義を尽くさなければ、というような使命感から魔石を渡すのかと思って、気持ち良く受け取れなかった。しかし、本人はハンターになりたかったので、今のこの生活は夢を叶えられたようで嬉しいと話すのだ。

 おじいちゃんお墨付きの剣の腕で、筋も良いということなので、夢だったというのは嘘ではなさそうだ。今では狩りのお土産感覚で魔獣石を持って帰ってきてくれるレイルの好意を無駄にしてはいけないと思って、受け取ることにしている。

 本当はあんなに恐ろしい魔獣に挑むのはやめてほしいけれど、それが趣味だと言われては止めようがない。


 毎朝、毎晩この2人の顔を見て食事をするたびに、幸せを噛み締められる、本当に私は成長したと思う。


「このままずっと平和に過ごしたいね」

「ツィエンが暴走しなければ、平和に過ごせると思う」

「二人は仲がいいなあ……仲がいいんだよな……?」

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魔宝石商の旅日記~本日もイケメン魔石商はマイペース営業中~ 志名紗枝 @shina3

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