35.男たちの約束

 長く続いたツィエンの反抗期も話し合いにより無事解決し、俺の家は今までにないくらい平和なものとなった。


 ツィエンは相も変わらず魔石の研磨に熱中している。ミラージュがいなくなった直後は、魔石商としての鼻を折られて、魔石から遠ざかるかとも思ったが、逆だった。

 今まで廃棄同然の魔石を研磨していたが、反抗期の頃からこっそり商品用の魔石を研磨していた。友達が引越し、自分の研磨技術の実力を思い知り、やたらと反抗心を剥き出しにするツィエンに対して「商品用の魔石を勝手に削るな」とは言えなかった。それで気が紛れるならと容認していた。


 結果、ツィエンは独学で、魔石の研磨の研究をして、自分なりの魔石が映えるカットに挑戦していた。十歳でここまで研磨ができるのは相当な腕だろう。これまで旅をしてきた中で、こんなに幼くして研磨をしている子供は見たことがない。ただの親バカに聞こえるかもしれないが、本当にツィエンは飛びぬけた才能があるとしか思えなかった。


 そして、新しく家族になったレイル。彼もまた、平民らしからぬ才能を持っている。あまり過去を根掘り葉掘り聞くのは傷口に塩を塗るようで好まない。ただ、彼に関しては、貴族の生まれであったことは確かだろう。教養然り、剣技然り。

 レイルの忠誠心は騎士を思わせるもので、ツィエンを守るという意識が強い。それは兄的な立場のそれなのか、奴隷が主人に誓うものなのか、それともまた別のものなのかは俺にはわからない。

 ただ、レイルの行動は全て最終的にツィエンを助けるためという目的に繋がっているようだ。



 ふと、魔石店の商品棚を整えているレイルに会話を投げかける。最近ではこの時間は男同士の雑談の場になっている。


「生活には随分慣れたか?」


「ええ、もうツィエンの裸を見ないように先回りすることも覚えましたしね」

 そう言われるとちょっと後ろめたい気持ちだ。今までそれを容認していた俺にもそれなりに問題がある。

 貴族社会では紳士淑女としての振る舞いを何よりも真っ先に指導されるのだ。こういうところからもレイルの元の身分をうかがわせた。ツィエンはこの考えが全く理解できないようで、マナーに厳しいレイルにうんざりしている場面もよく見かける。まあ、俺が放置していた結果なので、これは見て見ぬふりを通させてもらっている。


「ははは……あー……レイル。ちょっとツィエンについて相談なんだが」


「はい、なんでしょうか」


 ツィエンの名を聞くなり、レイルは作業を止めて、こちらを真剣な眼差しで見つめる。

 うむ。やはりこの子は何よりもツィエンを一番に思っている。真摯な瞳に嘘はない。


「ツィエンの瞳の件について話した時のことだが、これから、その点についてレイルに気を配ってほしい」


 俺がそう告げると、レイルは少し怪訝そうな顔をする。俺に向ける無言は、会話の続きを促しているようだ。


「レイルも気づいてはいたが、ツィエンは俺がたまたまタイミングよく買っただけで、本当は大金を積んで、リスクを冒してでもツィエンを欲しかった奴がいるはずなんだ」


「……それは、承知しております。改めてお話をするということは、それ以外にも気にかかる点があったのでは?」


 ううむ。鋭い。俺が言わんとすることを先に読み取ってくる。これからツィエンを守れる者をいつかは探さなくてはと思っていたが、まさかこんな形で現れるとは思ってもいなかった。


「詳しいことは伏せるが、俺を狙っている奴がいるということを知っておいてほしい。今は、そこそこ名の知れたハンターがやってる魔石店ということでそれなりの知名度に留まっているが……これからはツィエンがいる。あいつの才能は今後魔石商として注目を浴びる時が必ず来る」


 そうなった時、ツィエンは、二重の危険にさらされる。まずはツィエンを攫った者たちが改めて目を付ける可能性があるということだ。これに関しては、ツィエンの瞳の秘密が広まっていなければ、そうそう嗅ぎつけられることはないと思っている。

 2つ目の危険は、俺を狙っている「奴ら」にとってツィエンが人質になり得るということである。ツィエンの名が売れるとしても、恐らく初めは『ランスの魔石店の見習いが話題らしい』と噂が広まる。そうすることで、俺がここでひっそり店をやっていることが「奴ら」に筒抜けになる。そうなると、標的になるのはツィエンだ。俺もレイルにも武がある。それを抑え込む手段として、ツィエンを人質にすることが得策なのだ。


 しかし、レイルが常にツィエンを守り、周囲に目を配っていれば、その危険は回避できるのではないかと、希望を見出してしまった。他人任せもいいところだが、実際ツィエンの近くにいる時間が長いのはレイルである。さらに言えば、どんどん年老いていく俺よりも、どんどん成長する年若い青年に任せた方が安全性が高い。自分が他人を頼るようになる年を迎えつつあることに情けなさと寂しさを感じるものだが、そうも言っていられない。


「何があったとしても……ツィエンは私がお守りします」


 全てを説明しなくとも理解したレイルは俺に片膝を立てた状態で跪いて、左手を胸に添える。

 こうしているとレイルは本当に騎士のようだ。


「俺を狙う相手は貴族とだけ言っておく。金がある奴は他人を使って脅してくるから、人相もなにもわからない」


「心得ております」

 5秒ほどの無言の後、すっと立ち上がったレイルは先ほどまでの真剣な表情はどこかに引っ込めており、2人の間に漂っていた緊張感のある空気は一瞬で換気される。



「俺は、元気に育ってくれるだけで良かったんだけどねえ……」

「できれば、もう少し恥じらいを身に着けてくだされば文句はありませんでした」

「……レイル、お前もしかしてさっきから暗に俺を非難してないか?」


 目の前の少年は整った顔で微笑む。眼帯で覆われた右半分の顔がさらに含みを持たせて、俺に「やっと気づいたか」と言っているように見えた。



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