第11話 木曜。美女と野獣




「千鶴くんと別れてお家に帰ったら、突然お医者さんからお呼び出しがかかってさ。昨日は学校来る気満々だったのが、急遽お休みするハメになっちゃったんだ。参っちゃうよね。授業はパーになるし、ノートは借りそびれるし。

 あ、そうだ鈴奈。あたしにメイク新たに追加するなら、何がいい感じになると思う?」


「アンタは今のその淡いリップと、薄いチークのままでもじゅうぶんカワイイぜ。自然だし、いい感じに血色、って感じがするからな。だから間違ってもスッピンでガッコに来んじゃねえぞー。せっかくの美人に、幽霊ってあだ名がつきかねねーからよ。そうなったらアンタもそうだしアタシも悲しいわ」


「さすがにスッピンで、ってのは……。こっちにも乙女のプライドってのがありますよ鈴奈さん!」

「ははは、悪ィ悪ィ」

「というわけで、あたしが一人でできそうな範囲で、鈴奈先生おまかせコースを! あくまでガクセーの範囲内で!」


「おいおい注文多くね? てかそれ、そもそもギャルのアタシに聞くヤツか〜? ……うーん、アンタみてーな特殊な女子を診るのは初めてだが……そうだなー……まず睫毛に軽い黒や、ダークブラウン系のマスカラ入れてみるか」


「はいはい! 鈴奈先生。それは睫毛を染めろ、ということでOK?」


「そーだよ。これなら、顔にメリハリが出せて、瞳も大きく見える。そんで眉毛な。アイブロウでササッと薄く色入れてみ? あと、余裕あったら、淡いピンクのアイシャドウを入れてーな。出来ればラメはいったやつ……いや、余裕あったらとかじゃなく、絶対に入れろし。

 さらに盛るなら睫毛はカールにアップさせて、リップにはグロス、涙袋にはパールカラーのラメ入りのライナーを入れんのも良いかな? あ、それをやるなら、アイシャドウのほうはラメなしを選んだ方がいい。こっち主役にしてーからな。色遣いワカってそうなアンタなら理解してると思うけど、いずれのメイクもやりすぎ厳禁な。即悪目立ちするから」


「……すごいね。ポンポンってアドバイスが出てくる。どういうコンセプトでアドバイスしてるのかな」


「んー。……ってのもさぁ、アンタのなんつーか、過剰に白くて女神っぽいアンタッチャブルなフンイキがな、キレーなんだけど、やっぱり近寄り難ぇ……ってヤツもそれなりにいると思うんだよ」


「うっ……確かに。それは薄々とは感じてたわ……。ホントに忌憚無く来ますねぇ……」


「だから、そこだけ極端に浮かない程度に、軽い黒系で睫毛を色付けしてだな。そこを起点に、女神様っぽさは残しつつも、あくまでフツーの女子がメイク頑張った! 感を出すことを目指したっつーか。たぶん印象変わった、って思うヤツ出てくると思うぜー?」


「ふむふむ……コンセプトは納得。睫毛……というか、目の部分って、ちょっとしたことでも印象メッチャ変わっちゃうからねえ。でも、初めてで上手くいくかなあ……ミスって変な感じになっちゃったりしたら……」


「あー大丈夫大丈夫。なんか違う……ってなったら、気軽に湯で落とせっから。アンタ、スゲー真っ白なのに、薄すぎずやりすぎない絶妙な血色感を今の時点でサラッと出してっし、センスあるよマジで。自信持ちな? これに慣れたら、アンタにもっと似合う色ってーのを探そーぜ」


「軽い黒系のマスカラに、眉毛をアイブロウで着色、そして淡いピンクのアイシャドウね。余裕あったら、睫毛カールに、リップグロス、涙袋にパールカラーのライナー。いずれもやりすぎ厳禁! オーケー理解した。参考にしてみるよ。ありがと鈴奈!」


「礼にはおよばねーし。こだわらなきゃー100均で売ってるよーな代物だしなー。何でも試してみるもんさ。もし厳しいってなったら、アタシがマジバッチリ顔つくってやっからよ! ……あと、やっぱりアンタは女性誌買って、基本から勉強すれ〜?」


「ですよね~。こちとらゲームとか創作が好きなオタク少女が頭から小麦粉かぶって白くなっただけのようなもんですからねえ……メイクの勉強、しなきゃだなあ」

「そーしなそーしな。何でもそうだけど、こういうのは他人任せじゃなく、自分でやってみようって心がけがなけりゃ伸びねーからな」

「七城尾花の女子力の名に賭けて、自分でできる限りやってみるけど。もしやっぱり無理ってなったら、その時は宜しくお願いします!」


「おーよ。任しときな」


 昼時。

 七城尾花ら文芸部の二年生四人は、部室にて昼食をとっていた。本日も、尾花の弁当箱の中身は、相変わらず大量の白米と、色とりどりのおかず群がずらりと並ぶ。

 弁当箱の中に咲いたそれらを、七城尾花は遠慮なく箸で摘まんでは根絶やしにしていく。鈴奈は購買のパンを片手に舌を巻きながらそれを見ていた。


「ま、そんだけ食えるんなら、特に身体に別状はなかったみてーだな。てか、本当にスゲー食うなアンタ……」

「ごめんごめん鈴奈。もしかして心配かけちゃった?」

「ンーまあ多少は? 通院してるってーのは聞いてたからな。もっとも、一日がかりのモンだとは、思ってなかったけどさ。――アンタを一番いっちばん心配してたのは別のヤツだよ別のヤツ」

「『場合によってはあの子、休みの日が増えるかもしれない』なんて、盛大に気にしてたのが、一人いるんだよなあ」


 彰人の声色を真似る船尾。

船尾と鈴奈の、囃すような視線に誘導され、尾花が彰人に顔をむける。


「……何だよ。『また明日』なんて目の前で言われて、次の日来なかったら、誰でも何かあったのかって思うだろ……。俺が心配しちゃ、ダメなのかよ……」


 彰人はもごもごと口ごもり、顔を紅潮させ、視線を逸らしながら拗ねたように答えた。少し口調が荒くなっているのが、本音が漏れている感じを醸し出している。


「そっか。千鶴くんには、軽率ケーソツにあんなこと言っちゃってたもんね。ごめんっ」

「いや、軽率ケーソツって……。七城さんは悪いことなんて何一つ」

「あ……でも、そこまで心配してくれたってのは、ちょっと嬉しいかも」


 と、はにかんで笑ってみせる尾花。それに対し、一体どんな反応を返せばいいのかわからなくなり、彰人は押し黙った。


「でも、安心してよ千鶴くん。今回は『たまたま』あんなことになっちゃったかもだけど」

「いや、大事無かったなら、本当、それでいいんだ。それで」


 自分のことにせよ他人のことにせよ、すぐに物事を悪い方向に考えてしまうのは、悪い癖だなと内省する。例えそれが、彰人自身の経験から生まれた意識だったとしてもだ。

 それにしても、だ。

尾花の無事を確認出来て、すっかり意識の外に飛んでいたが――結局、あのT字路の女絡みの一連の出来事。あれは一体なんだったのか。

 未だに脳裏に強くこびりつく光景だが、彰人はこれ以上は深く考えないでおこうと思った。

 接客をしていてもそうだ。世の中には主に悪い意味で、本当に色々な人間がいる。地方の小都市ですらそう思えてしまうのがこの業界だ。あれも、その一端。それも極めてテリブルな存在なのだろう。きっとそうだ。

 こうやって尾花も元気に復帰したわけだし、今は喜んでおこう。深く考えるのは――


「――ん?」


 ――気のせいだろうか。

 相変わらず、美味そうに弁当に舌鼓をうつ尾花の姿に見えた、若干の違和感。

 最初は、部室の明かりのせいでそう見えているのかと思った。いや、たぶん錯覚である可能性が高い。


 七城尾花の髪の色が、ほんの僅かに白くなっている。


 ――そんな気がしたのだ。

 もともと真っ白な髪だろうと言われれば(本当の元々は、黒髪なのだが)それはそうなのだが。

彼女の白い髪は、色素を失った白髪ではない。若干の金色が混じる、限りなく白に近いプラチナブロンドの艶髪だ。白髪とは違う、誰もが見惚れる美しさ、その秘訣はこの若干の金色と、滑らかな艶にこそある。その金と艶が、ほんの少し……老い特有の「白」に浸食されている。そんな風に見えたのだ。

 そして肌の色も、どことなく、血色が宜しくないような……。

やはり、何か――。


(……いや、気のせい。気のせいだ。さっき悪い癖だって思った矢先にすぐこれだよ)


 彰人はそれ以上は追及を避け、黙って弁当を食べることにした。



「おっ。揃ってるね皆様方」

「ああ~腹減ったでござる……って、なんか凄いビジュアルの子おって草ァ!!」

「こら、恒くん指ささない! 件の新入部員ちゃんだよ。七城尾花さん、だったね。いやあ……噂には聞いてたけど、それにしても……」


 ほあ……とその神秘的な白さに、感嘆の声を漏らす部長。


「むう。まさしくアニメとかゲームの中の住人が、三次元に出てきたようであるな」


その連れの男の方の先輩が、何とも即物的な感想を、腕組みしながら述べる。


尾花は「お邪魔してます〜」と恭しく礼をすると、笑顔で先輩二人を出迎えた。


「お邪魔します? ふふ、水臭いではないか。チミはもうウチの構成員なのである…! ふふ…逃がしはせん…逃しはせんぞ。こんな逸材を!」


と、アニメの登場人物のような口調で指をうねらせる先輩(男)。


「あー……。まあ、ちょっと変わった子多いけど、七城さん。改めて、ようこそ文芸部へ。あなたの力作、期待してるからね!」


 はいっ! 今から腕がなります! と気合をいれる仕草の七城尾花。

 七城尾花の評に曰く、「メガネの似合う美人な部長さん」こと文芸部部長にして彰人の従姉、千歳琳ちとせ りん。少し垂れ気味の目に薄化粧、知性を感じさせる、柔らかながらもしっかりとした口調に眼鏡。身長は尾花より若干低い程度でスタイルも良く、焦げ茶色の長い髪は、後頭部で複雑そうにお団子状にまとめたものを、ヘアクリップでお洒落に留めている。  


 そして最後の一人。

 七城尾花の評に曰く、「オタクっぽい先輩」こと、島津屋恒久(しまづや つねひさ)。奥さんを粗末に扱ってそうな名前、と何度か言われたことがあるらしい。

 中背中肉で、天然パーマが若干かかったモジャっとした頭髪。どちらかと言うと肥満体質気味。不細工とは言わないが、特徴がない顔とでもいう顔。インターネットやアニメなどのサブカルチャーから拾ってきたような用語をそのまま口調で話す……まあ、一言でいうとちょっと痛めのオタクである。彼が何故、男子人気の高い琳と付き合えているかは、九重高校七不思議の一つである。

 彰人にとっては、子供の頃、母親の実家に帰った時に何度か遊んでもらった縁がある、一応、幼馴染……になるのだろうか。


「ちょうどよかった。今日は、夏の部内旅行の打ち合わせをやるんだけど、みんな、出れそうかな? さくらちゃんと瑞樹くんは確認取れてるけど」


 全員がOKを出す中、一人だけ「すいません部長。今日俺、バイトのシフト入ってます」彰人が軽く謝罪しながら挙手する。


「あら……。じゃああきくんは、お家で話そっか」

「すいません」

「ねえあきくん。最近、バイトのシフト入れすぎじゃない?」

「あ、夏休みで調整入れるから、金額のほうはそれで問題ないです」

「そういうこと言ってるんじゃなくって。身体を壊さないか、私心配だよ。ただでさえ力仕事が多いんだし……」


 そのやり取りを、尾花は不思議そうに見ていた。


「お家で……? 部長さんと千鶴くんは親戚だっていうのは知ってましたけど、もしや同居なさってる……?」

「あー。まあ、いろいろあって、ね」


 と言葉を濁す。琳の笑顔に、若干の曇りが見えた。

 こういった特殊な家庭事情を持つ人物たちのこの反応。それは、この地域特有の「あんまり深掘りしてほしくないなあ」というサインでもある。それに尾花は気づいたようだった。

 間違いなく、「五年前のあの大災害」絡みだ、と。


「おお。それより七城氏。そなたのそのストラップ、お主も『やられる』ので?」


 ス、とスマホを差し出し、ゲームのタイトル画面を見せる島津屋。

 それは明らかな助け舟だった。そして、これぞ話渡りに船とばかりに、尾花はすぐさま飛び乗った。わずかながらではあるが、彰人もそのアシストを行う。


「えっ……と……。ふ、ふっふっふっ。休学中に指ぐらいしか動かせなかったとき、ベッドの中で鍛え上げたあたしの子達は、そうそう容易くないですよ〜」

「島津屋先輩。七城さんの子たちヤバいです。ウチのメンツじゃ全く歯が立ちませんでした。相当の手練れです」

「ふぅーむむむ。面白い! 真の決闘者トレーナーは相手を選ばぬ!! 来い!!」

「いざ!」


 そこからは、ひたすら島津屋の絶叫があるだけだった。

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