第5話 甘い誘い
アリアはまた夢を見ている。
綺麗な綺麗な水の中。魚のように、優雅に泳ぐ自分自身。
夢だという自覚はあった。
その上で、目覚めたくないと強く思った。
自らの意思で、夢に浸り続けることを選んだ。
こんなにも美しく優雅で楽しい世界を、どうして、あんな醜くて粗末で苦しい現実のために捨てなければならないのだ。
自分はもう、十分すぎるほど頑張った。
子どもの頃は母親のために我慢し続けた。
何年も、息子のために耐え続けてきた。
そろそろ報われてもいいはずだ。
そろそろ解放されてもいいはずだ。
私だって、私だって。
ただ守られ優しくされるだけの弱者でいてもいいはずなのだ。
「よくはない」
水の中に、声が響いた。何か違和感がある。しかし、その正体はすぐにわかった。よく似た二つの声色が重なっているのだ。
水底に足をついたアリアは、緩慢な動きで振り向いた。
「あなたは、もう選んでしまったのだから」
その姿を見て、アリアは首を傾げた。
記憶にある声の主と、目の前に立つ二人の姿が違う。
二人なのに、一人だけ。
一人なのに、二人いる。
重なって混ざって溶け合って、それでも失われない境界だけが一つを二つに隔てている。
その境界となっているもの。
片方の耳は尖っている。片方の耳は丸いまま。
片方の目は夜のように真っ黒で、片方の目は晴天のように青い。
片方の爪は獣のように鋭く伸びていて、片方の爪は短く丸い。
どうして、と問おうとしたが、アリアの口からは気泡が湧くのみだった。
ひとつの双子に問いかけられる。
「美しいものは好きですか」
好きだとも。アリアは応える。
「優雅な人生がほしいですか」
ほしい。アリアは頷く。
「楽しい出来事だけを望みますか」
当然だ。アリアは笑う。
ここには、その全てがある。
気泡の中に消えた言葉は、しかしどうやら届いたらしい。
相手は「そうですか」と応じ、「わかりますよ」と頷き、「そりゃあそうですよね」と笑った。
わかってくれた、と喜ぶアリアを、黒い瞳が青い瞳が射抜いた。
「あなたの願いは叶わない」
口から溢れた気泡で、一瞬視界が白く覆われた。
泡の壁の向こうから、なおも残酷な言葉が突きつけられる。
「その願いは、人なら誰しも持つものだ」
「甘く、美しく、夢のような願いだ」
「——夢とは、現実でないから夢なのです」
泣きたくなった。
なぜ、そんなわかりきった残酷な事実を言うのだろう。
欲しいのは正論ではない。戦う力でもない。救いですらない。
ただただ、己を包み込んでくれる、真綿のように優しい世界が、アリアは欲しい。
言葉にはならなかったはずなのに、その吐露もまた、相手にはしっかり届いたらしい。
「その世界はいけない」
「あなたを包む真綿は、あなたの首を絞めるだけだ」
じゃあどうすればいいのだ。もう疲れたのだ。頑張ることも、耐えることも、考えることすらしたくない。
どうして、人は努力し、耐え忍び、思考し続けなければいけないんだ。
こんなに苦しいのに。
口から出る泡が少なくなっている。気泡が尽きかけている。
残酷な乱入者から逃げるため、後ずさろうした。しかし、手をつかまれた。
「どうして、の答えを教えましょう」
「難しいからです。苦しいからです」
「弱いままではいられないからです」
「強くならなくてはならないからです」
「弱い自分を守りたいなら、自分が強くなるしかないのです」
ああ、なんて。
アリアの視界はゆっくりと暗くなっていく。
なんて、酷く正しいことを言うのだろう。
視界が真っ暗になって、その中に、ぽつりと立っている人影がある。
髪が長く、目はうつろ。小柄でやつれた女性。
アリア自身の姿だった。
まるで鏡を見ているようだ。
鏡像のアリアはうつろな目で、実像のアリアを見つめている。視線を交わし続けていると、段々、鏡像が、母親の姿に見えてきた。それはそうだろう、と、どこか冷静な頭が納得する。
アリアの容姿は、母親に似ているのだ。
「——お前のせいだ」
こぼれた言葉は、鏡像のものか、実像のものか。
「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいで」
こんなに苦しい。こんなに辛い。何もうまくいかない。自分を受け入れられない。認められない。冷静になれない。怒りだけが募る。
全部、お前のせいだ。
知ってるよ。
アリアは子どもの頃から、何度も母親に「お前のせいだ」と言われてきた。
生活が苦しいのも、部屋が散らかるのも、物が増えるのも、探し物が見つからないのも、机から物が落ちるのも、コップの水がこぼれるのも、母親が幸せになれないのも、年老いていくのも、全て娘であるアリアのせいだと。
ふざけるな、という燃えるような怒りと、ごめんなさい、という突き刺すような罪悪感が混在している。二つの感情は時に交互に湧き上がり、時には同時に暴れて、心をどんどん蝕んでいった。
今、私が苦しいことこそ、お前のせいじゃないか。
お前がいい母親じゃなかったから、私も息子にとってのいい母親になれないんだ。
お前のせいだ、おまえのせいだ、おまeのせiだ——。
ぐい、と、泡の向こうから手を引かれた。夜のように黒い瞳が、晴天のように青い瞳が、アリアの目を覗き込む。
「いいえ」
「それは」
「弱さのせいです」
主語を欠いた言葉は、受け取られた側の好きに補完される。アリアは、自身の名を主語として受け取った。
涙がにじむ。
どうして、そんなにひどいことを言うの。
どうして、おかあさんと同じことを言うんだ。
どうして。
どうして、わたしはこんなによわいんだろう。
こぼれた涙は、泡のように水中に流れ出す。なぜか周りの水と混ざることはなく、まるで真珠を思わせるそれは、向こう側——双子の方へと流れていった。
「ひとまずこれはもらっておきましょう」
「種を掘り返すことはできませんから」
「ゆめゆめ、芽吹かせぬように」
ごくん。
真珠は、異なる声を紡ぐ、一つの口に飲み込まれた。
*
何度かまばたきを繰り返し、アリアは額にそっと手を当てた。
何かを考えていたような、何か幻を見ていたような、熟睡から叩き起こされた時のような、朧げとした感覚。
「おかーさーん! おっきーのいるー!」
息子の声に、意識が強制的に覚醒していく。しかし、頭がハッキリするわけではなく、むしろ黒い感情が心を支配していった。
騒がないで。
恥ずかしい。
うるさい子。
頭をよぎる言葉が、自分の母親と同じものであることはわかっている。だからこれは、単に過去の記憶を思い出しているだけだ。本音ではない。
そう思わなければ、やってられない。
のっそりとした動きで顔を上げたアリアの視界に、息子が指す大きな水槽が飛び込んできた。
真っ黒な背景、砂利が敷き詰められた長方形のガラス。その中を、ヒレの多い、ごつごつとした輪郭の、黒を混ぜた茶色のような体を持った魚が横切っていった。
「シーラカンスだ」
「珍しい」
左右から声がして、ハッとする。
今は息子と二人きりではない。同行者がいる。
「渡貫さん、大丈夫ですか?」
「顔色が悪いようですが、どこかで休みましょうか」
双子。テレビにも出るような、アリアとは違う世界の住人たち。
左右から、よく似た顔に覗き込まれる。双子の一人は、息子を抱っこしていた。
息子の大きな目と視線が合い、何故かアリアは居た堪れなくなった。
「あ、あの……シーラカンスって、たしか、生きた化石、ですよね」
話題を探して、咄嗟に出た言葉がそれだった。心配してくれたのに、変な応えをしてしまったと自己嫌悪するが、双子は微笑んで答えてくれた。
「ええ。何億年もこの姿のまま、深海でひっそりと生きていたそうです」
「たしか、三億五千万年前と同じ姿、でしたっけ。人類よりも先輩ですねぇ」
「現在確認されている最古の哺乳類、エオマイアが確か一億二千万年前くらいだから、人類どころか哺乳類より先輩かもねぇ」
「……詳しいんですね」
アリアが思わずそうこぼすと、双子は微笑んだ。
「へんなさかなー」
見れば、息子は双子の片方の腕の中から体を伸ばし、シーラカンスの水槽に顔をくっつけている。
ガラスが汚れる、と思わず声を出そうとしたアリアより早く、息子を抱っこしていた双子の片方が小さな体を抱え直して水槽から離した。
「こーら。お魚さんに悪口を言ったらいけないよ」
「きこえないよ」
「聞こえてるかもよ?」
「お魚さんは聞いてなくても、僕らや、お母さんや、君自身が聞いてるだろ?」
双子の言葉に、息子は大きな目をパチパチとしている。意味がわかっていないのだ。
アリアは、双子に対する感嘆と、尊敬を覚え始めていた。
子どもが勝手に動いても取り乱さず、冷静に対処し、静かに諭す。
アリアがやりたかったことを、この二人は簡単に成している。
それが羨ましく、情けなく、妬ましく、惨めったらしい。
ぎゅ、とハンドバッグの紐を強く握った。
「あの……」
「はい?」
同時に振り返る双子に無意識に肩が跳ねた。
穏やかな表情、子どもに対する余裕。
仲のいい家族。
この双子は、アリアが持っていないものを、全て持っている。そんな気がした。
「どうしたら、いいでしょうか」
混乱と、疲労から、主語を失った問いかけ。案の定、双子は意味を取りかねたようで、お互いに目を見合わせている。
アリアは、声が喉に張り付く感覚を覚えながらも、必死に言葉を振り絞った。
「どうしたら、」
あなた達のように、穏やかに笑えますか。
あなた達のように、優しげに話せますか。
あなた達のように、家族と仲良くできますか。
どうしたら。
いい親に、なれるのでしょうか。
「……もっと、ちゃんとした、大人に、なれるんでしょうか」
口からこぼれた問いは、アリア自身にもよくわからないものだった。何故そんなことを聞いたのかはわからない。しかし、双子の片方——息子を抱っこしている方が、微笑んだ。
「それは、立派で、非難を浴びず、尊敬される、強くて素晴らしい人になりたい、という意味でしょうか?」
「それ、は」
その通りだ。そんな人間になれるものならなりたい。
しかし、それが夢物語のお伽噺にしかならないほど、今のアリアは弱い人間だった。
知らず知らずのうちにうつむいたアリアの頭に、声が降ってくる。
「弱いという悩みは、強くなれば解決しますよ」
見ていないから、どちらかの声かはわからない。
「弱い自分を守りたいなら、強い自分を別に育てるしかない。そういうことですよ」
見ていたとしても、わかりはしない。
こんなに親切にしてもらっているのに。
情けなくて、涙が滲んでくる。そのまま顔を上げるわけにはいかず、固まっていると、またどちらかの声がした。
「こういうことは、心理学の理屈か、占いの直感か——いずれにせよ、何某か説明してくれる、そういったことに頼った方がいいかもしれませんね」
「……うら、ない」
「あ! おっきーおさかな、またきた!」
「お、本当だ。司くん、あのお魚、変って言われて怒ってるかもよ? どうする?」
「えー、うーん……えーっとね、ほいくえんで、みんながあそんでると、せんせー、へんねーっていって、にこにこだよ? へんって、いいことじゃ、ないの?」
「え? あー、あー……なるほど。そう来たか」
「あはは、変は個性でもあるもんね。それは否定できないな。特に、僕らは」
「本当だねぇ」
そんな他愛無い会話を聞きながら、アリアはゆるゆると顔を上げた。その目には、双子の片方に抱っこされ、楽しそうに話している息子が映っている。
私といる時より、嬉しそう。やっぱり、あの子には、母親なんか要らないのだ。そんな泥のような黒い感情が湧き上がる。それが自分の弱さの証だということを、アリアはとっくに知っている。知っているからこそ苦しんでいる。
——強い自分を育てるしかない。
どうやって?
双子の片方から言われた言葉を思い出し、アリアは鈍い頭痛を感じた。
*
[ユニレスの相談室]
@antnia01
こんにちは。今日は、強い自分になるにはどうしたらいいか、相談したいです。恥ずかしながら、私はとても弱い人間で、何でも無いようなことですぐに傷ついて落ち込んでしまい、他人を責めてばかりいます。私は母親とうまくいっていなかったので、育てられ方が悪かったんだろうと納得しようとした時もあったのですが、それも結局、親のせいにしているだけだと思って、また自分を責めてしまいます。
どうすれば、何があっても堂々と立っていられるような、強い人間になれるでしょうか。私に合った方法を教えてほしいです。
@Yuniless22
アントさん、こんにちは。今のままの自分でいいのか、お悩みなのですね。まずは私の私見ですが、お母様との関係について考えたり、何より変わりたいと思って方法を模索しようとする貴方は、十分に強い人だと思いますよ。ただ、一人では限界があることも事実でしょう。
占ってみたところ、高きところからのお告げあり、という結果が出ました。これは、お医者さんのような専門家からいいアドバイスがもらえる、という暗示です。
自分と向き合うという作業は、想像を絶する苦しみを伴います。一人で抱え込まずに、ぜひ色々な場所を頼ってください。
*
「うつ、ですね」
医師の言葉を聞いて、まだここは夢の中ではないかと疑った。メンタルクリニックの診察室に座るアリアは、ぼんやりとする頭で記憶の糸を辿った。
水族館に行ったことは覚えている。そこで、あの双子と再会した。それから。
双子と別れて、家に帰って、相談した相手から「専門家のアドバイスをもらった方がいい」と言われた。
とにかく話したいことはたくさんあったから、藁にもすがる思いでメンタルクリニックを予約した。お金の問題は頭をよぎったが、追い詰められて、半ばやけになっていたのかもしれない。
話を聞いてもらいたいだけだった、はずなのに。
「……あの、私、今、仕事を探していて……」
「おすすめしません」
ぴしゃりとした医者の言葉に、肩が震えた。
「いいですか、ストレスにもいくつか種類があります。日常的に、みなさんが使っているストレスという言葉は精神的ストレスを指します。これは主に人間関係に起因するものですね。医学的には、他にも、肉体的ストレスや、環境ストレスといったものがあります。肉体的ストレスは、体調不良や、騒音、眩しすぎる光など、物理的な要因によるもの。そして環境ストレスは、環境の変化などが原因となるストレスです。……メンタル疾患の方にとっては、この環境ストレスが曲者なんですよ。患者さんは治そうと焦って、とにかく環境を変えようとすることがままあります。しかし、私は反対です。新しい場所に順応するためには膨大なエネルギーがいる。最悪、メンタルの不調が長引くどころか、こじれて戻らなくなる可能性すらあります」
「…………」
医師の言葉が頭をすべっていく。いくつかの単語は聞き取れるが、全体の文脈として再構成することができない。結果、アリアの中には「働けない」という絶望感のみが残された。
呆然としているアリアの様子を、医者は、自身が診断した病のせいだと思ったのか、大して気にする様子もなくカルテに目を落とした。
「とにかく、今はしっかり休んでください」
言葉にならない感情のまま、アリアは膝の上で拳を握った。
*
リビングのソファーにぐったりと座るアリアは、泣く気にもなれなかった。一時保育に預けている息子を引き取りに行かなければと、頭ではわかっているのに、体がどうしても動かない。心の一部が「行きたくない」と叫んでいて、その声が脳の中でガンガン響いている。
何も考えたくない。何もしたくない。そんな無気力で、絶望感に満ちた中でも、スマホにだけは手が伸びるのだから不思議なものだ。
ただ、SNSを開いても、文字が目を滑って、意味が入ってこない。視界すべてにモヤがかかったような感覚があり、自分と自分以外の世界が透明な壁で隔てられているように感じられた。
働かないといけないのに。お金が必要なのに。息子を守らないといけないのに。
母親なのだから。
ようやく涙がにじんできた時、助けてほしい、という強烈な衝動も同時に湧き上がった。
スマホのチャットアプリを立ち上げた。
弱音を吐ける相手は、一人しかいなかった。
*
「なんと……そんなことになってしまったんですね」
平日の夕方にも関わらず駆けつけてくれた三森に、アリアは感謝を通り越して、尊敬を覚えていた。
きっと仕事を早退して来てくれたのだ、という確信。なんていい人なのだろうかと、モヤがかった心に感動の色が差し込んでいた。
三森は占いアカウント『ユニレス』のことを知っている。そこで「専門家のアドバイスをもらえる」と言われたことを話すと、彼は神妙な顔で顎に手を当てた。
「なるほど……。たしかに、当たってるでしょうね。僕から見ても、渡貫さんは非常にお疲れです。休めるなら、休んだ方が絶対にいい」
「でも……休めません」
「そうですよね」
頷く彼に、わかってくれた、という喜びが湧き上がる。視界のモヤが少しだけ晴れ、三森の輪郭がハッキリとしてきた。
「僕個人としては、生活保護をおすすめしたいところですが……まあ、審査に時間もかかりますし。まずは、当面のこと、ですよね」
「はい。はい。そうなんです」
「医者はもう行ってくださったようですし……専門家かぁ」
「……どうしました?」
「……実は、いい占い師の先生を知っているんですよ」
「うらないし?」
「ええ。もちろん、ユニレスとは違いますよ。ただ、非常によく当たる先生でして。それに、とてもいい人なんですよ。人生相談にも親身になってくれます」
「はあ……」
「どうでしょう? 一度相談してみませんか? 伝手があるので、今すぐにでも会いに行けますよ」
何も考えたくない。誰か助けてほしい。助けてくれるなら、誰でもいい。そんな気持ちのまま、アリアは力なく頷いた。
*
そこに到着したのは、昼の三時を過ぎた頃だった。
三森に案内された先は、とある住宅街だった。アリアが暮らしている場所から見れば、町の反対側にあたる区画である。そこは、築何十年かも分からないような、古びた一軒家だった。外観はひび割れ、庭の植木は伸び補題になり、よく見れば窓ガラスも一部割れている。玄関はドアではなく引き戸で、そこにはめられたガラスも曇っていた。廃墟だ、と言われても迷わず信じる。そんな外観だ。
デパートの一角に設けられる占いコーナーを想像していたアリアは、廃屋然とした様子を見た瞬間、強烈な不安に襲われた。
「汚い、ですよね。すいません」
アリアの表情から、その不安を読み取ったのだろう。三森のバツが悪そうな言葉に、アリアは慌てて首を横に振った。
せっかく紹介してもらえるというのに、失礼があってはいけない。その一心で「大丈夫です」と答えた。三森は「すいません」と再び謝った。
「家主がどうも外観に頓着しないタイプでして……あ、でも、中は綺麗ですから!」
「は、はい……」
必死に笑顔を作るアリアの前で、古びた引き戸が開かれた。
「ああ、いらっしゃい」
そこには老婆がいた。しわくちゃの顔を覆う黒のフェイスヴェール、修道士が着るような黒い服を身につけている。修道士、という印象に違わず、胸元には十字架のブローチが光っていた。
家の外観とは裏腹に、絵に描いたような“占い師”の姿に、アリアは目を白黒させた。
固まっているアリアをよそに、三森が老婆の前に出た。
「先に連絡していた件です」
「うん、お上がり」
そんな短いやりとりのあと、老婆は一瞬だけアリアを見、そのまま身を翻して家の中へと戻っていく。開けっぱなしの玄関を見つめたまま、呆然とするアリアを、三森が「行きましょう」と促した。
頷くことも忘れ、アリアはふらふらとその家に足を踏み入れた。
家の中は、三森の言ったとおり、外観よりも遥かに小綺麗だった。土間の向こうは板張りの廊下がまっすぐ伸びている。廊下を進んでいくと、左右に襖が設けられていた。アリアの家と同じく、廊下を中心にして、右と左に部屋を造っている形らしい。ただし、ここは平家だから、二階への階段がないことが自宅と違っていた。
老婆は廊下の左側にある襖を開き、そこにアリアと三森を招き入れた。
部屋の中はフローリング敷で、八畳くらいの広さがある。その中で、壁際に置かれた大きな鏡台が異様な存在感を放っていた。楕円形のそれは、上部にベールのような布がかけられていて、金属の額には彫り物が施されていた。アリアからは彫り物の詳細までは見えなかったが、羽の生えた子どもが大勢彫り込まれているように思えた。背後の壁には、西洋の宗教画——服を着ていない男女と、それを取り巻く羽の生えた存在が描かれたもの——が飾られている。タンスや机といった生活感のある家具はない。
鏡の前には三つの座布団が三角形のように敷かれている。アリアは三森の隣に座り、二人の前に占い師だという老婆が座った。三人とも鏡台に向かっている形で、アリアから見える占い師の表情は鏡越しのものだ。
「それでは始めます。よろしいですね」
言葉こそ問いかけの形だったが、背中越しに有無を言わせぬ圧力があった。
占い師は姿勢を正した。
「——また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分かれて四つの川となった」
なんとなくお経をイメージしていたアリアは、占い師が唱え出した文言にまばたきをした。
「その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した」
出てくる単語が、何もわからない。全体としては日本語のはずなのに、頭の中で意味を再構成することができない。
「第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである」
アッスリヤ、ユフラテ。どこかで聞いた覚えはある気がする。しかし、この時のアリアはアッシリア、ユーフラテスという名前を思い出すことができなかった。
「四の川は世の川なれば、川の水は側を見ずなり、世の身頭(みず)を見ざれば、それは罪なり、罪を積みしは世の倣いなり——」
その時、アリアは信じられないものを見た。
鏡に映る像が、変化した。鏡が一瞬白く光ったかと思えば、そこには奇妙なものが映し出された。大きくうねったツノ、耳元まで裂けた口、そこから覗く鮫のような歯、筋骨隆々なドス黒い体、その後ろにちらりと見えるコウモリのような羽。無論、それは部屋にいる三人の誰の姿でもない。絵に描いたような“悪魔”の姿が、鏡に映し出されていた。
アリアが目を見開いて凝視していると、バチ、という音がどこからか響いた。まるで電気がショートしたようなその音に気を取られた一瞬のうちに、鏡に映った悪魔は消えていた。今、そこには、占い師と、三森と、アリアの姿しか映っていない。
「……………」
「渡貫様」
絶句していると、急に名前を呼ばれ、肩がはねる。いつの間にか占い師が首をひねってアリアの方を振り向いていた。
名前を教えていないのに、と思っていると、占い師は神妙な表情と声で語り始めた。
「何か、心に抱えていることがございますね」
「かかえ、て?」
「心の中に、邪悪なものが潜んでおります。あなたも、ご自身で感じておられるのではないですか」
「えっと……あ、あの、私、息子のことで悩んでいて……本当に私が親でいいのかって……あと、経済的なことも心配で……それから、母のことをよく思い出してしまって……あんなひどい母親にはなりたくないって思ってたのに、自分がどんどんあの人に似ていく気がして……」
占い師が力強く頷いた。
「悪魔のせいです」
「え?」
「あなたの中に、邪悪なものが入り込んでいます。あなたの苦悩も、困難も、不幸も、全てその悪魔のせいでございます」
「悪魔……」
アリアは、占い師の向こうにある鏡台へ目を向けた。先ほど、あそこに映し出された異形。あれは本当に悪魔だったのか、と納得する。同時に、深い安堵が湧き上がった。
——私のせいじゃ、なかった。
見れば、占い師はいかにも優しげに微笑んでいる。
「もう大丈夫です。私がなんとかいたしましょう」
「本当ですか」
思わず身を乗り出したアリアだが、すぐにハッとして、気まずそうに項垂れる。
「あ、でも、私、お金が……」
しかし、占い師は微笑みを崩さない。
「それについては、おいおい話し合いましょう。あなたの状態は急を要します。対処するなら今。そうでなければ間に合いません。よろしいですね?」
先程と同じ、有無を言わせぬ雰囲気。恐怖と不安が押し寄せるが、それ以上に「助けてほしい」という気持ちが、ぎこちなくも、首を縦に振らせた。
アリアが頷いたのを見て、占い師もまた力強く首肯した。
正座したアリアの後ろに、占い師が立っている。三森は部屋の隅に移動して、ことの成り行きを見守っているようだ。視界の端に彼の姿を確認して、アリアは少しだけ安心した。
頭上から、占い師の言葉がのしかかってくる。
「あなたはお母様を許していない。許せていない。怒っている、恨んでいる、憎んでいる。そうですね?」
「はい」
それは疑いようがない。
「しかし、同時に、自分を産み育ててくれた母親に対し、怒り続ける自分自身に対しても嫌悪を抱いている」
「はい」
それも、自覚はしている。
「親への感謝を示さなければいけない。けれど示せない。示したくない。その矛盾があなたを苦しめている」
はっきりとした言葉には、アリア自身が持てない強さがこもっている。頷くことに、抵抗はなかった。
「はい」
やっぱり、そうなんだ。
全て、あの女のせいなんだ。
「——視えました。あなたは、感謝と、罪悪感を履き違えています」
どういう意味だろう。思わず占い師の方を見上げると、そのまっすぐな瞳と目が合った。
その力強さに、恐ろしさより、頼もしさを感じ始めている。
占い師は、明瞭な声を上げた。
「あなたは、親への感謝とは、生まれてからずっと迷惑をかけていたことに謝罪し、一生かけて償い続けることだと勘違いしている。今、“生まれてきてごめんなさい、一生かけて償います”という悲痛な言葉が、あなたの奥底に視えました」
そこまで思っていただろうか。思っていたのかもしれない。思っていたのだろう。思っていたに違いない。
「その罪悪感を手放さない限り、あなたはいつまでもいつまでも苦しむことになる。お母様との記憶に苦しめられることになる。そうならないために、今、ここで、完全に拒絶しなければ」
「きょ、ぜつ」
「お母様への思いの丈をぶつけるのです。大丈夫、向こうからの反撃は私が抑えます。さあ、安心して、胸の内を明かしてください」
「…………」
「子どもの頃のあなた、成長してからのあなた、言いたいことがたくさんおありでしょう。たくさん我慢してきたでしょう。もう解き放っていいのです。もう我慢しなくていいのです。もう怒っていいのです。すべて、私が許しましょう。さあ」
「…………………」
急に言われても、澱のように深く重く沈んだ気持ちは、すぐに言葉にはならない。普段は、あんなに心の中で渦巻いている怒りも、いざ吐き出していいと言われれば引っ込んでしまう。それでも、アリアは必死に記憶を探った。
「……最初に、あれ? ……と、思ったのは、小学校に上がる前、でした」
思い出したのは、幼い頃、まだ母に手を引かれて歩いていた頃のことだ。
「そのとき、近所に、おばさんが、いたんです。その人、親切な、いい人で、母子家庭の……私の家にも、よく差し入れとか、持ってきてくれていました……」
記憶の中のその人の顔はぼんやりしていて、髪が短かったことくらいしか思い出せない。
「お菓子とかも、くれたから、私は、そのおばさんのことが好きで……でも、おかあさんは、お節介な、構いたがりの、迷惑な、人だって……嫌ってて……」
そう語っていた時の母の様子は、表情から声の調子に至るまで、心に強く刻み込まれている。
「だから、私、外で、おばさんとすれ違った、時、あいさつ、かえさなくて……おかあさんが、わるくいってた、から……なかよくしちゃ、いけないって……おもって……でも、おかあさんに、たくさんおかしもらってるんだから、あいさつしなきゃだめでしょって、怒られて……」
呼び起こされる、当時の気持ち。胸が詰まる感覚。怒りとも、悲しみともつかない何か。まだ、理不尽という言葉を知る前の話だ。
「わけがわからなかった。嫌なひと、っていったのは、おかあさんだったのに。わたし、おかあさんが悪口いったから、おかあさんの味方になろうとしたのに。でも、おかあさんは私をおこった。なんで、なんでって、おもった。おもったけど、おかあさんが怖かったから、何も、言えなかった」
その時は小さかったから、母親を疑うという発想自体、まだなかったのだ。
「小学生に、なって……わたしがいろいろ話せるようになったら、怒られることも増えて……先生のこととか、初めてできた友達のこととか、話しても、“ふーん”とか、“で?”とか、不機嫌そうになるだけで、でも、私が、母の話を聞かなかったら、ぶたれて……そんな態度とっちゃいけないって、怒鳴られて……」
子どもは親の真似をする。そうすることで、生きるために必要なことを学んでいく。同時に、親の行動を真似ることで、親に気に入られようとするのだ、という話もどこかで聞いた。
アリアも、きっとそうだった。最初はそうだった。母親と仲良くなりたくて、母親と同じになろうとしたのだ。
それなのに、他でもない、母親自身が、自分の真似をする娘を拒絶した。
「そんなことがたくさんあって……お母さん、自分は完璧じゃないって言うのに、だから失敗しても文句言うなって言うのに、私が、宿題とか、ちょっとでも何か間違えたらすぐ怒って、大きな声出して、“なんでおかあさんの子なのにこんなに無能なの”って、ため息つかれて……」
本当にそんなことを言われただろうか、と、ふと疑問が頭をよぎる。しかし、すでに感情の荒波に揺らされている心は止まらなかった。
「小学生の時は、それでも、まだ、おかあさんを信じてました。おかあさんが好きだった。おかあさんに好かれたかった。大事にされたかった。守ってほしかった。話を聞いてほしかった。味方になってほしかった。だから、好きになろうとしたんです。大事にしようとしたんです。守ろうとしたんです。話を聞いていたんです。味方になろうとしてたんです」
でも、ダメだった。ダメだったのだ。
「中学生になって、私も、イライラするようになって……母が怒鳴れば、怒鳴り返すことが増えました。ぶたれもしたけど、叩き返しました。すると、おかあさんは泣くんです。“あなたのことが大事なのに”って。“だから大事にしてもらえないと悲しいんだ”って。そう言われると、私、自分がすごい悪者になった気分になるんです。だって、殴るのは悪いことだから。それは本当のことだから。でもお母さんも私をぶつのに。私がちょっと面倒そうな対応をしたら怒鳴るのに、私がちょっと不安をこぼしただけで鬱陶しがるのに、私が大きな声を出せば叩くのに、話しかけたら蹴られるのに。ぜんぶお母さんと同じことをしているのに、お母さんが怒るんです。なんで、なんで、って、ずっと訳がわからなかった。意味がわからなかった」
だんだん声が大きくなる。最初は詰まっていた言葉が、すらすらと出てくるようになってきた。
頭上から、占い師のいかにも悲しげな声が差し伸べられる。
「そして、納得するために、罪悪感を生み出したんですね」
「そう——かも、しれません。いえ、きっとそうなんです。でも、その罪悪感さえ、おかあさんは……母は否定して、苦しいんだって相談したら、もっと自分を大事しなきゃダメってまた怒って……高校だって、あそこは有名じゃないからだめだ、あそこは学費が高いからだめだって、難癖ばかりつけて……結局、テレビで名前を見かけたっていう理由で、公立高校になんとか入学させてもらえて……」
アリアは、自分の中で、何かがぷつんと切れる感覚を覚えた。
「でも、そのテレビで見たっていうの、たぶんニュース番組なんですよ。そこの生徒が事件を起こしたっていう噂、私が入学した時も残ってたから」
ははっ、と溢れた笑い声が、自身のものだと気づいた瞬間、アリアは何とも言えない心地よさを感じた。
「あの人、テレビで見たってことしか覚えてなくて、それがどんな番組なのかも、前後の流れも、なんにも覚えてなかったんです」
すうっ、と息を吸った。
「馬鹿なのかな、って、そのとき、初めて思いました」
ははは、と、何故か笑いが止まらなくなった。
「一度そう思ってしまうと、もうだめでした。母が怒れば、天地がひっくり返るような恐怖があったのに、馬鹿な子どもが癇癪を起こして地団駄ふんでるようにしか思えなくなった。高校生の私、母と喧嘩以外で話した覚えがないんです。私は物を投げました。雑誌とか、椅子も投げました。クローゼットを蹴って、何か言い返されそうになったら傘で母の後ろの壁を殴ったり、時には母自身を殴ったりして、威嚇しました。母の声を聞くだけで怒りがぶわっと湧き上がった。母の顔を見るだけで憎悪が煮えたぎって仕方なかった」
笑いが止まった。
「あの頃から、私は、母が生き物に見えなくなったんです」
手に、足に、力が入る。表情にも、声にも、かつてないほどの力が流れ込んでいるのがわかった。
「家の中に巣食っている、知らない異物。私の敵、私にとっていらないもの。それがあの人でした。それがあの人になりました」
思い出す。母との記憶。戦いの記憶。
最後に投げた言葉が何だったのか、もう覚えていない。
「高校生の間に、私が家を飛び出しました。それからしばらくして、あいつもいなくなりました。それからは、もう、会ってません」
アリアは、頭に血が上るという表現を、初めて自覚した。
「ふざけるな」
ダンっ、と、畳を殴りつけた。
「私をあんなにぶったのに、お前はあっさり逃げるのか。私をあんなに怒鳴ったのに、お前はさっさと消えるのか。私をあんなに否定して、お前は今もどこかで誰かに優しくされて生きているのか」
ダンっ、ダンっ、ダンっ。
「ふざけるなふざけるなふざけんなふざけんなぁ!!!!」
何度も拳を振り下ろし、片手だけでは足りなくて、両手を使って殴りつける。それでもまだ全く足りない。
「お前のせいだお前のせいだ、殺してやる殺してやる殺してやる死ね死ね死ね死んでよ頼むからぁ!!!!」
無意識のうちに、足も動いていた。正座を崩し、前方に突っ伏すような体勢のまま、畳を殴り、膝でつま先で蹴りつけている。
足りない、足りない、足りない。
こんなものでは、あの屈辱には侮辱には全く足りない。
「なんでお前が生きてんの? なんでお前みたいな生ゴミがふつーに息してんの? なんでお前みたいなのが生き物づらしてんの? なんでお前がにんげんの形してんの? かわいそうかわいそうかわいそう、にんげんになれてないのににんげんの形してるせいでかわいそう殺してやるkろしてあうぃそ¥frぺい9sdふぉq^ふぉkねいおrs@plt:pw@う624ーw¥え^s4じぇ5^¥He!!!!!!」
言葉にならない声を叫んだ瞬間、目の前が真っ赤になって、ぐらりと脳が揺れた。
元から畳に突っ伏すような体勢だったせいか、はたまた暴れたせいで体が疲れていたのか、突然の目眩に耐えきれなかったアリアはそのまま畳の上に崩れ落ちた。
肩で息をし、ぐらぐらする感覚が消えていくのと同時に、冷静さが戻ってくる。そして、自覚できるほどにさあっと血の気がひいた。
とんでもないことを言った。ひどい言葉を使った。醜い姿を見せた。
三森もいるというのに。
カタカタと震えていると、背中を優しくさすられた。
「大丈夫、今のは、ただ、溜まっていたものが溢れただけ。あなたの本性でないことは重々承知しております」
恐る恐る見上げれば、そこにあるのは優しい微笑。占い師のその表情に少しばかり安堵して、しかし彼は、とアリアは震える瞳で三森の方を見た。
彼も、占い師と同じように、優しく微笑んでいる。三森が静かに頷くのを見て、アリアは今度こそ心の底から安心できた。
占い師に抱き起こされ、アリアはなんとか座り直した。その正面に、占い師も居住まいを正して腰を下ろした。
「いいですか。感情というものは、我慢して終わりではありません。外に出さない限り、エネルギーとして消費しない限り、心の中に溜まり続けます。悪魔は、そのエネルギーを糧にして、人の中に棲みつくのです」
悪魔、という言葉にどきりとする。先程口から出た、自分のものとは思えない罵詈雑言。あれが悪魔のせいだというなら、納得できる。
自分のせいではない。そう信じられることが、アリアは何よりも嬉しかった。
占い師は女神のような慈愛の微笑を浮かべ、話を続けた。
「あなたはこれまで、とても頑張ってこられた。それは、あなたの中に蓄えられているエネルギーの量からもよくわかります。しかし、だからこそ、あなたに巣食う悪魔もまた、強大に育ってしまっている。なんとしてでも、追い出さねばなりません」
「お、お願いします」
身を乗り出したアリアは、落ち着けと言わんばかりに手で制された。
「ただ、これは簡単ではない。悪魔はあなたの魂の深い部分に入り込んでいます。無理に排除しては、あなたの身がもたない」
「では、どうしたら」
「方法は一つしかありません。時間をかけて、ゆっくりと浄化していくこと。しかし、あなたのご事情も承知しております。お子さんを守るため、生きていくため、浄化だけに時間をかける訳にはいかないのでしょう」
「は、はい。そうです。そうなんです。だからもう、私、どうしたらいいのか……何か、方法はあるんでしょうか」
「ございます」
曇りかけた心に、希望の光が差し込む。
「浄化を早めるには、善行を積むことが一番。そして、あなたは働く場所を求めている。ならば答えは決まっています。浄化と生計を同時に行えばいい」
「同時、に?」
そう問い返すと、占い師は力強く頷いた。
「あなたには才能がある。霊媒としての才能です」
なおも首を傾げるアリアに、占い師はにこりと笑った。
「私の仕事を手伝っていただけませんか。もちろん、対価はお支払いいたします」
*
[ユニレスの相談室]
@antnia01
こんにちは。以前から仕事を探していたのですが、やっと、仕事が決まりました。ただ、才能がある、とは言っていただけたのですが、どうしても不安であり、一度占ってほしいと思います。私はこの道でやっていけるでしょうか。どうかアドバイスをお願いします。
@Yuniless22
こんにちは。まずは、お仕事が決まったとのこと、おめでとうございます。今後の仕事運の占いをご希望なのですね。承知しました。さて……占ってみましたところ「静かに見極めよ」との答えが出ました。これは、何事も焦って即断即決せず、冷静に白か黒か判断していった方がいい、という意味です。アントさん自身、まだご不安なようですし、手放しに「自分は大丈夫」と安心せずに「この不安の原因はなんだろう」という視点を常に持ち、自己研鑽を続ければ、きっといい方向にいくでしょう。あなたの今後を、心より応援しております。
*
家のソファでスマホを握りしめるアリアは、未知への不安と恐怖を噛み締め、しかし「きっといい方向に行く」という画面上の文字に縋り、ゆっくりと顔を上げた。隣には、保育園から帰ってきた息子が、すやすやと母にもたれて眠っている。その寝顔をかわいいと思えたのは、さていつ以来だったか。
余裕が出てきている。回復してきている。そう確信して、アリアは大きく深呼吸した。
「……お母さん、がんばるからね」
決意に満ちた顔で、おもむろに立ち上がる。そんな彼女は、自分から求めた助言すら、都合のいい部分しか拾えていないことに気づいていなかった。
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