第2話 迷子と双子
『ユニレスの相談室』
@antnia01
ユニレスさん、こんにちは。
実は今日、仕事をクビになってしまいました。最近は息子の癇癪もひどいし、何もかもがうまくいかなくて、うつっぽくなってしまっています。新しい仕事は何がいいでしょうか? この際だから言ってしまいますが、私はいつも一週間か、長くて一ヶ月くらいでクビになってしまうんです。どんな仕事なら長続きするのか、できればそれも占ってもらいたいです。お願いします!
@Yuniless22
アントさん、こんにちは。
お仕事の件、大変お辛いことと思います。今、占ってみたところ、アントさんにはまず休養が必要だ、という結果が出ました。今、焦って次のお仕事を探しても、ただ消耗してしまうだけのようです。アントさんご自身の運気が下がっている今の状態では、適職を占っても正確な結果を出すことは難しいと思います。まずはしっかり休んで、運気を回復させてください。元気と運気はイコールです。お体を大切にしてください。
*
動物園ではしゃぐ息子に、アリアは微笑ましさよりも憎らしさの方を強く感じていた。
先日、仕事をクビになった。
何度も面接を受けて、やっと決まった仕事。スーパーの裏方業務だったが、それでも収入があるだけマシだと我慢していた。
けれど、結局、一ヶ月も続けられなかった。
『渡貫さんにはね、もっと向いてる仕事があると思うよ』
店長の言葉が耳の中で蘇る。ギリ、とアリアは無意識に歯を食いしばった。
今回だけではなく、いつもそうだ。どこへ行っても、しばらくしたら「もっと向いている仕事がある」や「ここは合わないと思う」と言われて追い出される。「働く才能がない」とストレートに罵倒されたこともあった。
スーパー、コンビニ、食品工場、倉庫の整理……もういくつ職を転々としたかわからない。そして、何が理由で続かないのかも、アリアにはわからなかった。
藁にもすがる思いで、信頼している占いアカウントに相談したら『元気がないせいで運気が下がっている』というようなことを言われた。元気と運気はイコールだと。
確かにそうかもしれない。そう納得したアリアは、休みを設けることにした。とはいえ、育児を休むことはできない。だから息子が楽しめて、かつアリアの息抜きにもなる方法を探さなくてはならない。今日動物園に来たのは、その試行錯誤の一歩目だ。
山間に作られた動物園は、坂道が多く、移動だけでも疲れてしまう。動物特有のにおいもそこかしこから漂っていて、正直、アリアの気分は既に下がり始めていた。
「おかーさーん! うま!」
「うん、お馬さんだねえ」
“ロバ”と書かれた紹介プレートの前で、アリアは無理やり笑顔を作る。ぴょんぴょん跳ねる息子を見ても、出るのは微笑みではなくため息だ。
疲れている、というのは、本当なのだろうと痛感する。
息子をどこかに預けられればいいのだろうが、そんな当てはない。一人になりたい、という気持ちと、母親が子どもを鬱陶しがるなんて、という感情が駆け合わさって、結局疲労感だけが増していく。
悪循環だ。そう自覚していても、解決策はわからなかった。
アリアは、白いトートバッグの内ポケットに目を落とす。先週だかに試したおまじないの時に作った粉。その一部をお守りとして持ち歩いているのだ。指を入れれば、ビニール越しに、砕けた木の感触がわかり、少しだけほっとした。
精神安定剤になっているのだから、おまじないも馬鹿にできない。
少しだけ気持ちが落ち着き「次は何を見る?」と息子の方へ目を落とした。
そこに、息子はいなかった。
「司? ……司!?」
慌てて辺りを見るが、息子はいない。ぼうっとしている間に、一人でどこかへ行ってしまったのだ。
そう気づいて、さあっと血の気が引いていく。この動物園には森林浴ができる道もあり、そこは遊歩道こそあれ、天然林とつながっている。
万が一、森の奥、山へと迷い込んでしまったら——。
最悪の結果を想像して、アリアは思わず走り出した。
*
見たがっていたライオンの檻、うさぎやハムスターと触れ合えるコーナー、見慣れない大きな亀の飼育スペース。
息子が興味を持ちそうな場所を手当たり次第に駆け回るが、どこにもいない。肩で息をしながら立ち尽くしているうち、動物園のスタッフに頼んで園内放送をしてもらえばいい、という発想がようやく浮かんだ。
どこかの動物の檻の前にいるなら、周りの人が必ず気づいてくれる。そう思って、アリアは職員を探して視線を巡らせる。すると、不自然なほどの人だかりが目についた。象の園庭の前に、大勢の人が集まっている。ちらりと大きなカメラを担いでいる人が見えたことから、テレビの取材だと思われた。
撮影なら、動物園のスタッフも同行しているのではないか。
そう気づいて、アリアはその人だかりに近づいた。周りを右往左往して様子を伺うと、緑のジャンパーを着ている男性の後ろ姿が目に入った。ジャンパーには動物園のロゴが入っている。
人だかりをかきわけて、その男性の肘を掴む。振り返ったその顔はまだ若く、あからさまに驚いた表情をしていた。
「あの、すいません! 息子が、あの、その……」
走り回っていたせいで息が乱れ、声が途切れがちになる。首を傾げる男性スタッフにもどかしい気持ちになっていると、後ろから声がした。
「どうしました?」
一瞬感じた違和感は、すぐに“二つのよく似た声が重なっているからだ”と気づく。
目をやると、サングラスをかけた二人の人間がこちらに歩み寄ってくるところだった。
どこかで見たことがある。そんな気がして、アリアはその二人の容姿を注視した。
どちらも、体つきを見る限りは女性に見える。しかし、着用しているジャケットやズボンは明らかに男物だ。一人は黒いジャケットと黒いズボン、白いシャツには金色の丸いペンダントが輝いている。
もう一人は黒いシャツに白いズボンを履いていて、頭には白い帽子をかぶっていた。
「ああ、えっと、このお客さまが何か御用があるようで……」
「息子が、……どこ、どこかに、」
迷子だと言いたいのに、声がうまく出ない。それでもアリアが必死なのがわかったのか、奇妙な二人組は互いに目を合わせた。
黒いシャツを着ている方が前に出てきた。
「息子さん、おいくつですか?」
「三歳、です。背はこれくらいで、黄緑の服を着てて、それで」
「なるほど。動物園に、迷子放送を頼みたいんですね?」
その言葉にアリアが強くうなずくと、男性スタッフはようやく合点がいったという表情になった。
「わかりました、上の者に連絡します。少々お待ちください」
そう言ってどこかに連絡を取る彼を横目に、アリアは助け舟を出してくれた二人に深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。私、混乱してしまって……」
「いいんですよ。もしよかったら、僕たちが出ている番組、ぜひ見てくださいね」
「番組?」
アリアが首を傾げると、黒いジャケットを着ている方が、もう一人の肩に肘を乗せた。
「僕たち、一応テレビに出てるんですよ。やっぱりまだ知らないかあ。今回も、あっちの俳優さんのおこぼれで呼んでもらっただけですしね」
「怜(れい)、そんな気を使わせることを言っちゃダメだよ」
「もともと、静(せい)がこんなところで営業を始めるからだろ」
「……あの」
アリアが恐る恐る声をかけると、二人は同時に笑って、サングラスを外した。
「萩野怜です」
「萩野静です」
「双子タレントで活動してます」
そっくりな二つの顔を前に、アリアは何度かまばたきを繰り返した。
双子タレント。
中性的な見た目。
萩野怜、萩野静。
「あ」
アリアは思わず声をこぼした。
以前見たトーク番組に出演していた二人。スピリチュアルについて語っていたその番組で、二人に対して「いいことを言うな」と、アリアは思ったのだ。
「あの……見たことあります。前に、テレビで……」
そう言うと、双子は何度かまばたきをして、互いに目を見合わせた。
「それはありがとうございます。見てくれたばかりか、覚えててくれたんですね」
久々に、お礼を言われた。
感慨を覚えていると、肩を叩かれた。
「お母さん、上司と連絡が取れました。お子さんの詳しい服装を教えてほしいそうです」
「は、はい!」
息子のことを思い出し、動物園スタッフの方に向き直る。
黄緑のTシャツにグレーの半ズボン、靴は青。
息子の服装を伝え、間もなく園内のスピーカーから迷子放送が流れた。
『——迷子のお知らせをいたします。黄緑のTシャツを着た、渡貫司くん三歳が迷子になっています。お心当たりのある方は、お近くのスタッフまでお申し出ください』
女性の声で流れるアナウンスに、アリアは肩の力が抜けるのを感じた。
これで、もう大丈夫。
「お母さん、では事務所の方で待ちましょう。ご案内します」
「は、はい。わかりました」
「では、僕らは撮影があるので」
「あ……ありがとうございます」
頭を下げるアリアに、双子は微笑みながら手を振って、撮影現場に戻っていった。
*
すぐ見つかるはずだと思いながら、動物園の事務所で待つアリアは、何度も時計を見上げた。
耳をすませば、カチコチという音が頭に入り込んでくる。五分、十分という他愛ない時間が、今は何十倍にも感じられる。
「迷子の情報は?」
「まだです。来園者からも連絡はありません」
「うーん……」
動物園のスタッフたちがせわしなく事務所の内外を行き来している。その表情や会話が、アリアの焦燥をさらに強くした。
「…………」
膝の上で拳を握り込む。
息子が見つからないかもしれない。いなくなるかもしれない。
自分のせいで。
頭の中を、様々な言葉が駆け巡っていく。
小さい子から目を離すなんて。
無責任な親で子どもが可哀想。
母親なのに。
その大半は、SNSで見た無責任で無神経な罵倒じみた正論だ。
それら全てが自分に向けられる気がして、ぞっとした。
ふと、思った。
いま心配しているのは、息子のことだろうか。それとも、自分自身の世間体だろうか。
当然、息子のことだ。子どもの為なら、世間体などどうでもいい。
親なら、そうあるべきなのだ。
アリアがこの事務所に案内されてから、もうすぐ一時間が経とうとしている。
息子はまだ見つからない。
「警察に連絡します」
動物園の責任者らしい年配の男性が、真剣な表情でそう言った。
「お母さん、息子さんの今日の服装や、身長など、もう一度詳しく教えていただけませんか」
「は、はい……」
黄緑の服、グレーの半ズボン、青い靴。身長は八十六センチくらい。最近やっと三歳男児の平均に届いたばかりだった。
ぽつりぽつりと息子の特徴を話すアリアは、本当にこれは現実なのかと疑い始めていた。
本当の自分は、もう帰りのバスに乗っていて、息子と一緒に眠ってしまい、こんな夢を見ている。
そんなことを夢想して、しかし「では、通報してきます」と立ち去っていくスタッフの後ろ姿に、嫌でも現実に引き戻された。
「……なんで」
どうして息子は見つからないのか。動物を見ているのなら、近くに誰かは必ずいるはずだ。三歳児が一人でいれば、大人ならば必ず目に留めるだろう。
こうも見つからないのならば。
アリアの脳裏に、最悪の想像がよぎる。
この動物園は、天然林と隣接しているのだ。
不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、アリアは半ば無意識にスマホを取り出した。
助けを求める相手は、もう決まっている。
*
『ユニレスの相談室』
@antnia01
助けてください。息子が動物園で迷子になってしまいました。森も近い場所なので、とても心配です。あの子が今どこにいるのか、見つけてもらえませんか。
@Yuniless22
アントさん、まずは落ち着いてください。動物園で息子さんが迷子になったのですね。占いでは、植物がキーだと出ました。その動物園は森と近いとのことなので、そちらの方に迷い込んでしまっているのかもしれません。すぐに警察に連絡してください。また、占いによれば、息子さんは怪我をしておらず、不安にもなっていないようです。そこは安心してください。
*
息子は森に迷い込んだに違いない。そう訴えるアリアに、警察官は力強く頷いてくれた。動物園のどこからも発見の通報がないことから、警察としても、子どもが天然林に入っている可能性を考えるのは当然のことなのだ。
制服警官と、動物園のスタッフが森に入って捜索することとなり、アリアは少しだけ希望が見えた気がした。
スマホを握りしめ、そこに表示された『息子さんは怪我をしておらず、不安にもなっていない』という文言に目を落とす。
今は、この言葉だけが心の拠り所だった。
子どもの頃の恐怖は、大人になっても強く残る。たとえ無事に保護されても、心の傷は負っているかもしれない。
アリアも、今でも母親の金切り声が耳から離れないのだ。
もしも、司もそうなってしまうのならば、それはアリアのせいだ。幼い息子から目を離していた母親のせい。
子どもの傷は、全て親の責任。
何度も何度もアリアが母親に思った言葉が、今、自分自身に突き刺さっている。
祈るような気持ちでスマホを握りしめながら、アリアはただ待つことしかできなかった。
息子が見つかったのは、もう日が暮れようかという頃だった。動物園の森林浴コースから、天然林に幾らか入った場所。木々の間をえっちらおっちら歩いているところを保護された。
幸い怪我もなく、本人が「たんけんたのしかったー」と笑顔で語るのを見て、アリアは全身の力が抜けるのを感じた。
体にも、心にも、傷と呼べるものは負っていないようだ。にこにこ笑って、不明瞭な発音で何かを話している息子に、説教する気も起きない。
動物園のスタッフや警察官に何度も頭を下げて、アリアは息子を腕に抱いたまま園を後にした。
「もう、本当に心配したんだから」
帰りのバスを待っている時、思わずそうこぼすも、息子には意味が伝わらなかったようだ。
「あのね、おねーちゃんがおにーちゃんで、あそぼーって、いっちゃったー」
意味がわからなかった。ただ、幼い顔に満面の笑みを浮かべてそう言う息子に、この子は森ではなく、空想の世界で遊んでいたつもりなのだとアリアは思う。
本当ならば、家に帰ったら夕飯を作らなければいけない。しかし、すでにぐったりと疲れている体には、そんな元気は残っていない。
「……今日は、カレーにしようか」
レトルトは温めるだけだから、簡単だ。
夕飯のメニューを告げれば、息子は声を上げて喜んだ。
*
湯船でぐずる息子をなんとか宥めた苦労を噛み締めながら、アリアはようやく静かになった家の中でため息をついた。眠った台所のシンクには、カレーの汚れがついた皿が二枚、水に浸かっている。
洗えばすぐ終わる。むしろ、時間が経つほど手間は増える。そうわかっていても、体は動かない。
後でやろう、と台所を出て、リビングのソファーに腰掛ける。テレビをつけようかとも思ったが、今は何の音も聞きたくなかった。
結局、スマホに手が伸びる。SNSアプリを開き、ユニレスのアカウントページにアクセスした。
「……?」
見れば、ユニレスのアカウントに、とある昔話がアップされていた。イングランドの話だと説明されているそれは、次のようなものだ。
とある小さな村に、一人の少女がおりました。
その少女は、村では厄介者として扱われていました。不器用で、仕事もろくにできず、また器量も悪かったからです。少女は幼い頃から空想にふけ、孤独を紛らわせる日々を過ごしていました。
その日、少女は、数少ない仕事である木の実拾いのため、森に入っていました。木の実を拾い集めていると、足を怪我して動けなくなっている老婆を見つけました。腹が減っているという老婆に、少女は自分が集めた木の実を分けてあげました。ハッグと名乗った老婆は大変感謝したそうです。そして、少女にこう言いました。
「これからも、怪我や病で苦しんでいる人を助けておやり」
それから、少女の日常は一変しました。彼女に、人を癒す不思議な力が宿ったのです。医者がいない村でしたので、少女はたちまち村人たちから慕われるようになりました。
これで、めでたしめでたしとなったならば、どんなによかったでしょうか。
ある時、村人がいつものように少女に傷を癒してもらっていると、たまたま近くの木に止まっていた小鳥が言いました。
「まあ、なんて力。どうやったら身につけられるのでしょう」
小鳥の言葉を聞いた村の子どもが、親に尋ねました。
「人を治せる力は、どうやったら手に入るのか」と。
親は答えることができませんでした。そこで、子どもは他の大人たちにも聞いて回りました。
誰一人として答えることができなかった大人たちは、しかし気になる、気になると思い、皆で答えを考えました。
若い男が言いました。
「きっと特別高い薬を使っているに違いない」
けれど少女がお金を持っているわけはありません。
年老いた女が言いました。
「きっと特別な医者に教わったに違いない」
けれど少女が医者と知り合いなわけはありません。
若い女が言いました。
「きっと神が彼女を加護しているに違いない」
けれど少女が教会に立ち入ったことはありません。
年老いた男が言いました。
「それならば、きっと悪魔だ。悪魔が我々に取り入るため、彼女を利用しているんだ」
その言葉に皆は納得して、そうだそうに違いないと声を揃えて言いました。
間も無く、少女は魔女として糾弾され、村から追放されてしまいました。
少女がいなくなった後、村には疫病が蔓延し、しかし医者もおらず呼ぶ金もなく、村人は一人、また一人と息絶え、最後には誰もいなくなってしまいました。苦しみの中で、村人たちはアヴェ・マリアを唱え続けていたといいます。
ハッグの悪戯、というお話です。
救いようのない話だ。容姿にも才能にも周囲にも、何にも恵まれなかった少女の物語。いいや、物語と言うよりも、ただの悲劇だ。
それでも、体が疲れて、心がどろどろしている時は、綺麗な話よりもするすると頭に入ってくる。
お話の後に、ユニレスのコメントがついていた。
『このお話を聞いて、何か気づきませんか? 少女視点の話、彼女の気持ちが、どこにも綴られていないのです』
言われてみればそうだ、とアリアは思う。少女自身の気持ちはおろか、セリフの一つすらお話の中には出てこない。
ユニレスのコメントにはまだ先があった。
『気持ちとは見えないものです。言葉にすることは難しい。他人にわかってもらうことは、なお困難です。ただ、知らなければ、わかりようがない。
言わなくても察してほしい、というのは甘えです。
而して、全て話してほしい、というのも傲慢です。
察するには知識がいる。
打ち明けるには信頼がいる。
どちらが欠けても成り立ちません。
村人は知識がなく、また少女からの信頼も得られてはいなかった。
少女は自分の訴えが、言葉が、受け入れられるとは思えなかった。だから最後まで何も言わなかった。
大切なのは、彼女はそれでも、村人たちの傷を癒していたということです。
さて、このお話で、一番悪いのは誰でしょうか。皆様の考察をお待ちしております。』
村人が悪い。
アリアは何の躊躇いもなくそう思った。少女に価値を見出していなかった時は冷遇して、役に立つとなったら持ち上げて、不安になれば地に落とす。
こんな勝手な振る舞いが、悪でなくてなんだと言うのか。
ふと、母親の顔が思い出される。アリアのことを、幼少期は役立たずだと蔑んで、十歳頃になったら家事を押し付けて、家に帰らなくなれば役立たずと罵倒する。
この村人たちは、そんな身勝手な親の比喩だ。アリアはそう確信して、リプ欄にその考察を投稿した。数分経っても反応は特になく、ユニレスからのいいねが一つ付いただけである。
別にいい。
理解を求めることは、とうの昔に諦めている。
他の人のコメントは、と、画面をスクロールした。
『こんなん村人が悪いに決まってる』
『人間には過ぎた力を安易に与えた老婆が真の魔女では』
『初めて聞く童話ですね』
『少女ももっとしっかり主張すべきだった』
『ハッグって何? 魔女のこと?』
『現実でもありえる話』
雑多なコメントは取り止めがなく、眺めていると頭がぼんやりしてくる。それを振り払うように、アリアは首を横に振った。
お皿を洗わなければいけないのだ。
スマホを置こうとして、ふと今日出会った双子のことを思い出した。
あの二人に、アリアはどんな母親に映っただろうか。子どもから目を離した馬鹿な親だと思われてはしないかと不安になって、でもあちらは気遣ってくれたのだと思い直す。親切に悪意を見出すのは、謙虚ではなく、ただの失礼だ。
それでも、もんもんとした思いは止まらなかった。
思い出してしまったら気になるのは人の性だ。SNSアプリの中で検索をかけると、公式アカウントがトップに表示された。
「…………」
肩を組んだツーショットの写真。サングラスはかけておらず、二人とも小さなアイコンの中で微笑んでいる。プロフィール欄には、二人の名前が箇条書きで出ており、自己紹介として、怜の欄には「Xジェンダー」、静の欄には「GID FtM」と表記されていた。どちらもアリアの知らない言葉だ。
親切にしてもらったのに、お礼もロクにできなかった。その後悔が今更ながら湧いてくる。メッセージを送ろうか、とも考えたが、流石に一度会っただけの相手、しかも芸能人に直接言葉を届けるのは怖かった。
それでも何かしないと、自分が人でなしのように思えてしまう。いい方法はないかと考えれば、最近の芸能人は、SNSのフォロワー数も重要視されている、という話を思い出した。
双子のフォロワーは三百人ほどだ。芸能人としてはかなり少ない方だろう。
少しでも、お礼になれば。お礼をした気に、なれさえすれば。
その思いで、アリアは、双子の公式アカウントにあるフォローボタンをタップした。
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