第31話 春の蕾は

「個人で刻印を調整できるようにすれば良い」


 この発言には、生徒だけではなく教師陣からも驚きの声が上がった。


「もちろん、第3出力以上になってくれば、個人に合わせた精密な刻印が必要になってくるだろうが、この挑戦は刻印を大きく成長させるきっかけになると確信している。戦術や使用者の制限に広がりを産み、あるいは成長の過程で副産物ふくさんぶつを産み出すこともあるかもしれない」


「まさか……、そんなことができたら刻印の歴史が変わるぞ」


「ああ、まさにそれが目的だ。これまで刻印は“選ばれた使い手”に合わせて形を変えてきた。だが第3出力以下では、可変性が低く、魔力の消費も膨大ぼうだいなため、研究は進んでいなかった。もし第1出力級の段階で個別調整が可能になれば、汎用はんよう刻印の種類は飛躍的に増える。そしてそれは、高次出力の新しい開発にもつながる」


 会場はさらにどよめく。いままで低次元の出力しか扱えなかった人間も幅のある戦い方ができる上に、そのさきの可能性を見せられたら、誰でもふるい立つ。


「こちらばかり話してしまったな、君の話も聞こうじゃないか、ヘルガ」


「で、では。昨年の国際交流戦、個人戦では上位8人中4人をシントラが占めた。だが5対5の局地戦では首位を逃し、30対30の集団戦では最下位だった。過去を振り返っても、人数が増えるほど戦績が落ちている。個として強いのに、数で負ける。そんな現状は誇り高いシントラにはふさわしくない。私たちは“個人の力”を磨くことにかたよりすぎている。今年こそ、集団としても強い学院を示すべきだ。そのために必要なのは、全体の戦術理解を深めること。だからこそ私は、外部講師の常駐じょうちゅうを提案する!」


 ねえさんの言うことはもっともだ。現状のシントラの問題を解決しながら、費用は大きくかからず、すべての人間に恩恵がある。多方面に利益がある。


しかし、だめだ。相手が大人であれば、現実的な部分を重視する人間が相手であれば、ねえさんの言い分は大いに採用されただろう。だが、今相手にしているのは、学院の生徒だ。英雄になろうと志高くこの学院に入学した人間が、ヴィルヘルム先輩の言葉を聞いて、目を輝かせないわけがない。完全にヴィルヘルム先輩に軍配ぐんばいが上がっている。


「そうか、それではイエンスはどうだ?」


「新しい施設の建設は多いが、古い施設の修繕は進んでいない……。施設が良くなれば学生の生活も豊かになるというものだ。それ以上のことはないが、生徒全員を思えばこそ、必要なことだろう……」


 …………

 

 先ほどざわつきが嘘のように沈黙が場を包む。


 そしてその沈黙を作り出したイエンス先輩は、石像のような顔つきで再び口を閉ざした。


「…………」


「以上か?」


「……以上だ」


「そうか、であれば、ここで一つ、試験段階ではあるが、見せることにしよう」


「今は第3出力での調整でしかないが、現状の開発を見てもらおう。オルトマン研究所の協力を得て、この球体には充填フロン活性アクティ起印ヴァンコードの過程に調整を加え、球体の火薬に纏雷てんらいによる着火をすることで決まった時間に爆発するようになっている。威力は破裂音を出すほどにしかしていないから、実際に見せよう」


 「導火線のない火薬玉の場合、纏雷てんらいによる雷を受ければ爆発する。しかし、この火薬玉であれば」


 と言いながら空中に投げると放物線を描き、落下を始める手前で破裂した。


「時間差で炸裂さくれつさせることができる上、誤爆することもない。その上、炸裂する時間を調整することができる。たとえばこんなことができる」


時間差で投げられた3つの球体は、空中で1点に集まり、同時にパン、という音を立てて破裂した。


 おぉ、というおどろきの声が上がる。


「同時作動ができる利点は様々だが、とにかく今開発している技術は、確実に刻印戦闘術の幅が広がると想像できるだろう」


 拍手に包まれながら、会長の部の演説は終了した。圧倒的ヴィルヘルム先輩の優勢。文字通りの飛び道具もあったが、それ無しにしても、彼の求心力、戦士としての実力がこの学院の生徒会会長の適性として先んじている。


「さて、続いては輝く新星、一年生の部です。ここからは、簡単な自己紹介と挨拶あいさつをしていただきます。一人目はユーグ・アーヴェント君から。それでは、若々しく、張り切っていってみましょー!」




 いよいよ、立会演説会の幕が上がる。

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