第30話 交錯する四志

「それでは、長らくお待たせいたしました、候補者による演説です。それぞれの候補者には、生徒会に関する志を。加えて会長への立候補者は活動方針について話していただきます。では、はりきってどうぞ!」


 演説台の袖からヘルガねえさんが壇上だんじょうへと歩いてゆく。どうやら今日はヘルガねえさん、ではなくローズ家の令嬢、ヘルガ・ローズとして振舞うようだ。いつもの傍若無人ぼうじゃくぶじんでガサツなヘルガねえさんではなく、りんとした姿勢で演説台へと歩いてゆく。


「皆さん、おはようございます。ヘルガ・ローズと言います。この度、生徒会会長に立候補したのは、この学院の栄光を再び取り戻すためです。生徒会会長になりましたあかつきには、この学院に戦術指南役を常駐させることを約束します。是非この私、ヘルガローズにみなさんの一票を預けていただきたく思います」


 続くイエンス先輩は、石像のような面持ちで、眉ひとつ動かさず、壇上へ上がってゆく。ねえさんの演説で静謐せいひつとした大講堂に、いわおのような巨体が現れると、その場の空気はより一層重みを増した。


「イエンス・フレーリッヒです。生徒会会長に立候補したのは学院の設備を一新するためです。古くなった学院の設備を更新して、より良い学院生活を送るために、投票をお願いします」


 硬く、重く、必要な言葉だけを残したイエンス先輩の後から来たのは、漢を背負うような噂からはかけ離れた、気が抜けた風船のような顔つきのファーリ先輩だった。

「あー、えっと、ファーリ・アルヴァネって言います。生徒会会長に立候補したのは、まー、えー忘れました。とりあえず頑張りますー」


 普段の彼を知る3年生は『まぁ、いつものことだろう』と言った様子の中、武闘会の戦いぶりを想像していた生徒は戸惑とまどうばかりで、そんなどよめきを代弁するようにオットーさんが、


「ファ、ファーリさん。えー……、この場では志に加えて、活動方針を語っていただきたいんですが……」


 と聞くと、ボーっとしながらもファーリ先輩が口を開く。


「そっか。うーん、そーだなー……。あ、これだ。生徒会会長になったら、暁星寮ぎょうせいりょうにあるような常駐の鍛冶屋かじやを全生徒が利用できるようにしようかなって。もちろんね、暁星寮ぎょうせいりょうの職人みたいな一流は難しいけどね。うん、それでいきまーす」


 戸惑とまどうままにオットー先輩はルドルフさんの方を見る。どうやらルドルフさんとしては、問題ないらしく、


「え、えーっと、ありが、とうございます!いいですね、これでいい、らし、いでーす!」


 会場のほとんどが彼のペースにその喧騒けんそうを意にも介さず、ツカツカと壇上へ上がったのはヴィルヘルム先輩だった。生徒どころか教師陣、ヘルガ姐さんも集中の糸が切れたにもかかわらず、ヴィルヘルム先輩が口を開くと、注意を引くにはさほど大きくない声量にもかかわらず、その言葉に耳を傾けた。飲まれ調子を狂わされたのか、先ほどの静かさが嘘のように、どよめきに包まれている。


「皆さん、おはようございます。ヴィルヘルム・ショットです。いつも応援ありがとうございます。今回、生徒会会長に立候補したのは、この学院に恩返しをするためです。昨年度の春蕾しゅんらい杯で優勝できたのも学院と先生方、同期、後輩の力があってこそだと思っています。そこでその恩返しとして、刻印の研究施設の誘致ゆうちをしようと考えています。皆さんの貴重な一票を投じていただけますよう、よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございました!全員が全員学院をよりよくしたいという気持ちを前面に出した挨拶でしたね!それでは、今あげていただいた志がどれだけ熱いものなのかを立候補者同士で語っていただきます!」


 我慢できなかったといわんばかりにヘルガねえさんが始める。


「ファーリ!あれだけ考えとけって言われていたのに、今さっき思いついたみたいに言ったんだ!」


 先ほどまで一人の令嬢として振舞っていたねえさんがすっかりいつものヘルガねえさんになっている。


「だって、俺なんていつもそんなんじゃん、その場で一番のものを使うのが俺のやり方だもん、それにあながち間違ってないと思うよ?俺ら上位になるような戦士には力を入れてくれる学院の姿勢はありがたいけどさ、それをまだ日の目を見ない戦士には与えないってのはさ、学院として強くあってほしいのに、代表だけが強くなっていくだけじゃん?俺はさ、横にいる仲間がそれでも強くあってほしいわけうよ、なら俺にできることは、その仲間も最高の装備で戦えるのがいいって思ったらそんな考えが思いついたね、うん」


 二つ名に違わぬ嵐のような𠮟責しっせきを陽炎のようにゆらゆらとかわし、なおも自分の軸はずらさないファーリ先輩。


「そうか、それでいくと、ヴィルも同じようにあってほしいようなことだと思うが?」


 腑に落ちた部分があったのか、ねえさんが落ち着きを取り戻し始める。


「ああ、この学院では刻印をより高い次元で使える戦士を高く評価しているわけだが、刻印自体の使い方や刻印を使った戦い方は、幼くして慣れ親しんだ人間とそうじゃない人間とでは経験値として見ただけでも違うし、ファーリが言ってることと同じになるかもしれないが、使える装備に差があるってのは、これからを戦う上で戦術的に無理が出てくる。それは、学院を強くあって欲しいって考える自分の志に合わない。であれば、それを強くしたいと思えばこそ、未来を見えた戦力増強として、刻印の研究が必要だと思ったわけだ」


 強い未来像を描くヴィルヘルム先輩の言葉にひるむことなく追究してゆく。


「なるほどな、だが、あまりにも費用がかかるとは思わないか?1人1人の戦力を底上げする刻印だろう?刻印とは今までの使い手に合わせて進化を遂げてきた。武器とは違い、調整も難しいだろう、それでありながら調整のつきやすい武具ではなく、刻印にこだわる理由はなんだ?」


 この問いに対して、院生トップの戦士は、シントラにいる人間であれば、まず驚くだろう回答を返した。

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