第08話 壊れてしまった夢③


 「THE WORLD」公式の大会であるIeSF(International e-Sports Federation)世界選手権が台湾で開催され、その模様はネットを通じて配信された。「THE WORLD CHAMPIONS 2013」は、3日間に渡って各国の代表がトーナメント方式で争う。


 日本からは、アジアトップレベルのフィジカルを持つ柳町俊吾が率いる――、新生プロゲーミングチーム「NRT」が出場の予定だったが、メンバーになんらかのアクシデントが発生したことにより出場辞退。


 この出場辞退を巡ってネットでは「何が起こったのか説明してくれないと状況が理解できん」「柳町俊吾のチーム楽しみだったのに」「予選で国内チームを圧倒してたし、今年は世界大会で伝説になると思ったのに……」と出場辞退を悔やむコメントが寄せられていた。



■NRT 出場辞退について

「NRT(No Respect Trigger)」は、メンバーの1人がアクシデントに見舞われたため、やむを得ず今大会を辞退させていただくことになりました。出場を楽しみにしてくださっていたファンの皆様、及び関係者の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。



 柳町俊吾が交通事故に巻き込まれてから数週間が経ち、台湾で行われた「THE WORLD CHAMPIONS 2013」は米国チームが三連覇という結果で幕を閉じた。あまりにもあっけなく決まってしまったため、ネット上では「ああ、やっぱりね」という声が多かった。


 牧野は自宅の一室でパソコン越しに今回の大会の結果を見ながら、選手個人のプレイ映像を何度も繰り返し再生していた。シュミレーションしていた光景が何度も頭の中で流れ、その度に「違う、こうじゃない」と敵の動きにイライラを募らせる。


 だが、そんなことを考えていると自然と時間は過ぎてしまうもの。すでに夜10時を過ぎていた。


「こんな時間か……、もう寝よう」


 牧野はパソコンをシャットダウンして布団に入った。だが、なかなか眠ることができない。目を閉じると大会の映像が勝手に再生されるのだ。


 頭の中で何度もリプレイしすぎて、敵の動作が自分の考えと食い違う。それが気になってしょうがない。


「ダメだ……、ちょっと外走ろう」


 牧野は布団から飛び起きてジャージに着替えると、イヤホンを装着した状態で深夜の道を走り始めた。


「あれ、牧野さんじゃないですか」


 深夜ということもあって、人通りがほとんどない。そんな中を走っていると後ろから牧野を呼ぶ声がした。牧野はイヤホンを外して振り返る。


「紅林か、こんな時間にどうしたんだ?」

「ちょっと体を動かしに……、牧野さんも?」

「ああ」

「じゃあ、一緒に走りましょうよ。1人だとつまんないんで」

「そうだな」


 紅林の提案に乗った牧野は紅林と一緒に深夜の街を走り出した。しばらく走っていると、紅林が口を開いた。


「そういえば、最近調子どうですか?」

「何にも出来てないな。なんかやりたいと思っても手に付かなくてな」

「そうですか……」

「お前はどうなんだ?」

「俺はまぁ……、最近チームに入らないかって声を掛けられてて」


 紅林はそう言いながら「でも、俺だけそんなんいいですかね」とどこか暗い表情を浮かべて呟いた。その表情は暗く見えるのに、走っている感じからは苦しさを感じない。まるで、平然を装っているようだった。


「俺は入るべきだと思うぞ」

「え?」


 牧野の言葉に紅林は意外そうな表情を浮かべた。


「お前の人生だ。他人のために気を遣う必要はないだろ」


 牧野はそう言うと再びイヤホンを耳に装着して走り始める。紅林もそれを追うように走り始めた。しばらく無言のまま走り続けていた。そして、数分ほど走ったところで休憩に入った。


「俺はな、紅林。まだ、柳町死んじまったことに気持ちが整理出来てないんだ。きっと、この悔しさは一生俺の中で残るんだろうな。だから、この気持ちを抱いたままゲームをやったって多分ダメな気がするんだ」


 正直なことを言えば、牧野は「ゲームを辞める」という言葉を頭の中で幾度となく考えていた。だが、本当にそれで自分は後悔しないのか? もっと出来ることがあるのではないか? と考え続けていたのだ。


「でも、俺は何かしなきゃいけないと思ってる柳町のためにな……。だから、お前はどうするんだ?」

「俺は……」


 紅林は少し考え込んだ後、口を開いた。


「俺も牧野さんと同じです。柳町さんがいなくなってから、俺の中で何かが変わった気がするんです」


 紅林はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、夜空を見上げて言った。


「俺……、誘われてるチームに入ろうと思います」


 深夜の街に紅林の声が響き渡った。牧野はその声を聴いて、どこか清々しさを感じていた。


 牧野隆史はもう若くない。柳町俊吾が見出してくれた俺の才能を活かすためには、eスポーツという競技をもう少し外側から捉えなければならないと思った。


 この日から、俺は競技プレイヤーとして引退を決意した。


 そして、彼の新たな一歩が始まった――、

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