第4話
「この度は、私のために、このような素晴らしい会を開いてくださり、ありがとうございます。」
用意してきた通りの挨拶とお辞儀をして、椅子に戻る。社員が笑顔で拍手をしてくれる。
「それでは、川畑くんの入社を祝って」
『かんぱ〜い!』社員全員の大きな声が店内に響く。その後、社員全員1人1人に改めて挨拶をしに行って、LIMEを交換してもらった。少人数の社員なので、すぐに終わった。2時間ほど経って解散となった。少し気持ち悪かったので、コンビニに水を買いに行くことにした。俺が入った直後に弥生が入ってきた。
「おっす〜!今から家行っていい?また、飲もうよ。」
「は?だめに決まってんだろ。今日はなんか気持ち悪いから早く寝たいんだ。」
「明日土曜だし、いいじゃ〜ん」
「水買いに来たんだ。見れば分かるだろ。」
「酔ってるなら、いいじゃーん。襲われたいし〜。」
「死ね。」
「ごめんって。私全然飲めてないのー。だから、いいでしょー。」
「わかった。ちょっとだけだぞ。」
押しに弱い所が自分の悪い所だと自覚している。だが、あの時の弥生の悲しい顔はもう2度と見たくない。弥生は、小学生の時、いじめを受けていた。きっかけは弥生が体育の授業で漏らしてしまったことだ。それから、
「おもらしマンキッショ〜」
「それなー。まじ死ねよ」と言われるようになった。小学生というものは残酷だ。善悪の区別もつかない。そう言われた時の弥生のとても寂しそうな顔は今でも鮮明に覚えている。そんな顔を見た僕は弥生に悪口を言っていた男子全員を殴った。それが僕と弥生の出会いだった。それからというもの弥生とは、毎日のようにみんなが来ない倉庫裏で話すようになった。
「あ、あのなんで私と仲良くしてくれるの?あなたもいじめられちゃうよ?」
「別にあいつらといるより楽しいからってだけだよ。」
「へぇー。」そう言う弥生の頬は少し朱を帯びているように見えた。小学校を卒業したが、小学校の頃とほとんど同じメンバーで中学校に入学したので、中学生になってもいじめはなくならなかった。中学生でも毎日話すのが日課だった。LIMEを交換したので、毎日メッセージのやり取りもした。何を送ろうか最初は緊張してしまったのを今でも覚えている。そんな日々を過ごす内に僕は弥生を好きになっていってしまった。そんな日々が1年ほど続いたある日、僕は弥生に告白をした。
「ぼ…僕と付き合ってください。」そう言われた弥生は嬉しそうに笑っていたのだが、
「だめだよ、侑大もいじめられちゃうでしょ?」と振られてしまった。それからも毎日集まって話していくうちに好きという気持ちより、友達という関係だと思い込んでいった。高校では同じ学校に入学した。いじめもなく、とても楽しい3年間だった。大学は別の所になったが、メッセージのやりとりは欠かさないようにしていた。そして、今に至る。
かごに詰め込まれた大量の缶入りのチューハイをみながら再びあの寂しそうな顔を思い出す。あんな顔をもうしてほしくはない。
「お〜い。ゆーだい、どした?」
「いや、すまん。少し考え事を。」
「ふーん、じゃっ、帰ろうか。」
タクシーで例のマンションに帰ってきた。
「あれ、鍵どこやったっけ?」
「私、合鍵持ってるよー」
「うん。開けてくれ。」
弥生が合鍵渡せ渡せうるさかったのでこのマンションに入居した時に渡してあったんだった。
「おっじゃましまーす!」
「相変わらずうるせぇな」
「うるさいっていうほうがうるさいんですぅ。」
小学生みたいな返しをしてきたので、無視してリビングに入る。
「じゃあ、改めてかんぱーい!」
「ほんとに酔ってるんだからちょっとだけな。」
「わかってるってー」
その後のことはほとんど覚えていない。
「んんー。」
唸り声を上げながら起床すると、なぜか隣には弥生が寝ていた。(やばい)と思って、自分の体を見る。(ふぅ。よかった。ちゃんと服を着ている。これで裸だったらどうしようと思った。)すると、
「お、おはよう。」と寝起きでカラカラの声で弥生が言った。
「おはよう。昨日どっちも寝ちゃったかー。ほんとに襲っちゃってたらどうしようかと思ったわー。」と冗談交じりに僕が言うと、
「あ、あ、あははは。」と明らかに動揺している声を上げた。
(え?襲ったのか?)
「え?僕襲った?」
「お、襲ってないよ。」
〜昨晩〜
「侑大寝てる?」と寝ていると分かっていながら話しかける。
「………」
「侑大今なら付き合ってあげてももいいよ、だ、大好きだぞ。」
そう言って侑大にキスをした。
「侑大の初めていただき〜。」
(え〜。わたしが襲っちゃったんですけど〜。)と思いながら、目の前で焦る侑大を見る。その様子があまりにも可愛らしかったので、もっとイジってみることにした。
「キ、キスしちゃったね。」
「は?あぁ終わったー。土下座しますから。どうかお許しを〜。」と命乞いをしてきた。
「ふふ。じゃ、朝ご飯はいいから。じゃあね。」と言って部屋を出た。
(終わった。)そう思いながら、朝ご飯の焦げたトーストを口に押し込む。(はぁ訴えられて社会的に死ぬんだろうな。)そう思い、手元のスマホで「女性 襲う 犯罪」と意味もない検索をする。(許してもらうしかない)と思い、何か謙譲できそうなものを探していると、
「星波水族館ペア入場券」という券を見つけた。少し前に近所のくじ引きで当てて放置しておいたんだった。しかも、期限が明日までだ。(これだ!)と思い、メッセージアプリを起動し、弥生に入場券の写真と共に、「明日、これ行かない?」とメッセージを送った。すぐに既読が付き、
「いいよー。明日9時に侑大の家行くね。」
お許しをいただくために明日は頑張ろう。
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