第25話

本部で報告を終え、マンションに戻った亮は、ドアの前で大きく息を吐いた。

鍵を回し、扉を開ける。足を踏み入れた途端、いつにも増して空虚な気配がマンションを支配していた。


「ただいま……」


静寂に吸い込まれる声。祖父母が他界し、独り暮らしを始めても、亮はこうして声を掛け続けていた。


特に深い意味はない。言わないと落ち着かないだけだ。


キッチンでコーヒーを淹れ、デスクチェアに腰を下ろした。

湯気が立ち上がり、芳ばしい香りが部屋に満ちていく。


「ふぅ……」


亮は水槽に目をやった。

水草だけの水槽を眺めていると、帰ってきたという実感が沸いてくる。


視線を移すと、祖父母の遺影が目に入った。

その横に置いた黒い手袋が、射し込む光に照らされていた。


――稲倉さんのお陰だな。


亮は自分の右手をじっと見つめた。

少し前までは、自分だけが妙な力に振り回されているのだと思っていた。


だが、世の中には様々な力を持つ人がいる。

稲倉の管山猫も、今は消えてしまった志堂寺の闇喰いも――自分だけが特別じゃない。


志堂寺なんて、本来なら楽しい盛りの女子高生なのに、あんな恐ろしい怪異を身に宿し、ひとりで戦っていた。それが彼女の「普通」だったのだ。


それに比べて、自分はどうだ?

恐れるばかりで、向き合おうともしてこなかった。


この力と共に生きようとするのなら、もっと理解すべきではないか――。

亮の中に、そんな考えが浮かび始めていた。


コーヒーに口をつける。少し苦い。

ふと、神宮司の言った「お家柄」という言葉が頭をよぎる。


……あれはどういう意味だったのだろう? 野中さゆりの家に何か関係が?

そして、稲倉さんが現場で見つけた式神の札――。


好奇心が膨らんでいく。

今まで関わろうとしなかった世界……見ないよう背を向けていた世界。

そんな超常の世界に足を踏み入れてしまった。


――自分にできることは何だろう?


思い立ったようにスマホを手に取り、亮は神宮司に電話をかけようとした。

だが、画面を見つめたまま、指を止める。


――直接会った方がいいな。

亮は立ち上がり、もう一度右手に黒い手袋を嵌めた。

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