第21話

三島の運転するSUVが志堂寺のマンションの前で止まる。

外で待っていた志堂寺が駆け寄ってくる。


「お疲れ様です」

「おぅ、瑠果ちゃん悪いねー、こんな遅くに」


「いえ、仕事ですから」と、自然体で返す志堂寺。

それを見た亮が志堂寺に尋ねる。


「なんか良いことあった?」

「別に? どうして?」


「え、なんか顔色良いし、こう、良い意味で力が抜けてるっていうか……」

「なにそれ? もういいから、仕事に集中するわよ」


志堂寺はやけにスッキリした顔でスマホを操作している。

シャンプーの良い匂いもするし、いつもは塗らないリップまで塗っていた。


この短時間で何があったのか……。

まあ、志堂寺も年頃の女の子だし、詮索するのも良くないなと、亮は考えるのをやめた。


その時、運転中の三島のスマホが鳴った。

三島はハンズフリーで通話を始める。


「はい、三島――。うん、あー、はいはい、そだね、じゃあ手筈通りに、はいー」


通話を切り、バックミラー越しに亮達の顔を見て言った。


「中央公園に向かう神宮司らしき男を見たらしい。稲倉さん達も向かってるから現地合流だね」

「上手く見つけられますかね……」


「お膳立てが俺たちの仕事なんでね。ま、神宮司は任せてよ。」


三島はニヤッと笑みを浮かべる。


「後は、君たちの頑張りに掛かってるってわけさ」

「……」


亮はごくりと喉を鳴らし、落ち着かない様子で右手を触っている。

一方、志堂寺は自分は関係ないみたいな顔をして、スマホで何かを調べていた。


SUVは北通りを進み、『十二社池の下』というバス停の前で止まった。

エンジン音が消え、車内に緊張感だけが残る。


「さぁ、お仕事お仕事っ」


三島がいつもの調子でパンパンと手を叩く。

亮と志堂寺が車を降りると、三島はサングラスをかけ直し、「じゃ、任せたよ、後で迎えに来るから」と小さく笑って、タイヤを鳴かせて走り去った。


「「……」」


残された二人は、一瞬だけ車のテールランプを見送った。

もう他に車は走っていない。

街灯に照らされた路面がやけに綺麗に見えた。


志堂寺は無言でスマホを取り出し、青白い光に照らされた顔を亮に向ける。


「神宮司は予定通り動いてるわ。このペースだと十分間に合う」


画面には公園と周辺の詳細な地図が広がり、赤い点が一つ、ゆっくりと移動していた。


「まさか、神宮司の位置まで? 発信器とか?」

「これはELPSよ。Ethereal Location Positioning Systemっていうんだって。現場の職員が目視した情報を統合して、AIが位置を割り出すの」


「すげぇ……映画みたいだ」

「これは現実リアルよ」


驚く亮に志堂寺は少し得意げに返して、スマホをポケットに滑り込ませた。


「神宮司は南側から来てるわね。私たちも向かいましょう」

「わかった」



真夜中の公園に足を踏み入れると、世界が一変した。

街灯の光も届かなくなり、わずかに残る公園灯だけが点々と存在を主張している。

その光と光の間には、闇がうねるように横たわっていた。


亮は無意識に足を止め、辺りを見回した。

木々の影が不自然に長く伸び、風に揺れる枝葉が妙な形の影を落としている。


志堂寺はそんな暗闇でも慣れた様子で、躊躇なく前へと進んでいく。


「お、おい……」


 志堂寺が振り返る。


「なに? 怖いの?」

「いや、別に怖くはないけどさ……」


芝生広場に差し掛かると、亮の耳に微かな人の気配が届く。

同時に、志堂寺が素早く手を上げ、「しっ」と口元に指を当てる。


「誰かいるわ……」


風に紛れて聞こえてくる声。断片的な言葉、だが、上手く聞き取れない。


「…ん…めよ……」


志堂寺が亮にアイコンタクトを送る。

二人は身を低くし、声のする方へと忍び寄った。


「ちょっとぉ、だめだよぉ…ここじゃ…」

「いいだろ? 誰も来ないって……」


――こ、これは?

闇に紛れてカップルがイチャついている。


思わず志堂寺を見ると、あわあわと口元に手を当て、フリーズしていた。

亮は慌てて志堂寺を誘導し、その場から離れた。


「ふぅ、焦ったぁ……」


亮はやれやれと小さく息をついた。

暗くて良くわからないが、志堂寺の顔は真っ赤になっている気がした。


「志堂寺?」

「し、信じられない……こんな場所で……」


亮の声が耳に入っていないのか、ずっとブツブツと呟いている。


「おーい、大丈夫か?」

「えっ⁉ あぁ、ごめん…その……」


動揺を隠すように、彼女は再びスマホを確認する。

途端にその表情が引き締まった。


「あっ⁉ ヤバっ、もう神宮司が公園に入るわ!」

「マジで⁉」


亮も慌ててスマホを覗き込む。

赤い点は確かに公園の南側に入り込んでいた。


「急ごう!」

「ええ!」


二人が足早に進もうとした瞬間、暗がりから現れた人影に志堂寺がぶつかった。


「きゃっ⁉」


勢いよく跳ね返されるように、志堂寺は尻餅をついた。


「志堂寺⁉」


慌てて亮が駆け寄る。

志堂寺の前に、黒いジャケットを羽織ったぽっちゃり気味のおじさんが立っていた。


「だだ、大丈夫っ? ごめん、あのっ、声を掛けようと思ったんだけど……」


慌てるおじさんは、申し訳なさそうに眉を下げ、志堂寺を気遣う。


「稲倉……さん?」


志堂寺が、探るように目を凝らす。


「ああ、覚えていてくれたんだ、ありがとうね。大丈夫? 立てるかい?」


――稲倉? この人が除霊役の……。

見た感じ、人の良さそうなおじさんにしか見えない。


「だ、大丈夫です……」


志堂寺は起き上がり、土を払った。


「あーえっと、君が多々良くんだよね? 稲倉です、今日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします……」


二人が何度も頭を下げ合う。


「稲倉さん、わたし……」

「志堂寺、あの時のお礼を言えてなかった。助かった、お陰で命拾いしたよ。ありがとう」


稲倉が頭を下げると、志堂寺は目を逸らし、

「で、でも、私……あの時、稲倉さんに酷いことを……」と、言葉を詰まらせる。


「気にしてないよ。むしろ闇喰いに憑かれた状態で、良く自我を保てるなって思ってたくらいさ」


志堂寺が何か言おうとするのを遮って、稲倉は思い出したように声を上げた。


「あっ、いけないっ! ほら、急がないとホストの方が来てる!」

「急ごう!」


亮が志堂寺に声を掛ける。稲倉は志堂寺の目を見て頷く。


「そ、そうね、行きましょう!」


三人はそのまま南側へと走り出した。

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