第20話

「えぇっ? 俺に⁉」


万年一般の調査員である稲倉に、緊急の出動要請が掛かったのはこれが初めての事だった。

眠い目を擦りながら、稲倉はスマホの画面を何度も確かめる。 


「どうしよう、大丈夫かなぁ……」


自信なさげに呟き、急いで身支度を始める。


稲倉は伏見稲荷大社の神職家の遠縁で、生まれながら強い霊能力を持っていた。

さらに本人のオカルト好きも相まって、陰陽術はもちろん、祈祷、密法、神道、呪術に精通し、二十代の頃には、家族の反対を押し切り山伏修行を敢行。


管狐を使役することはできなかったが、代わりに、世にも珍しい『管山猫』なる山神の使いを借り受けることに成功した。


しかし、持ち前のおっちょこちょいな性格と、肝心な場面で必ずミスをしてしまうという致命的な欠点のせいで、かつてはエンドゲーム候補とまで言われた男も、今では新人教育担当の一般調査員として定年を迎えようとしていたのだった。


「紅舌……。火か」


稲倉はスマホの時計を確認する。


「うわっ、二時なの⁉ う~ん、五行的に火の数ってのがなぁ……」


なまじ膨大な知識がある分、稲倉は些細なことでも気になってしまう確率が高い。


「仕方ない、水を意識して黒い上着を……」


陰陽五行では水の対応色は黒とされている。

稲倉は猫の毛がいっぱい付いた黒いジャケットを羽織り、社宅のアパートを出ると、UPMA職員が迎えに来る甲州街道へ走った。


「稲倉さん! こっちです!」

「ああ、ど、どうも……はぁ、はぁ……」


ワンボックスカーの後部座席のドアが開き、中から職員が顔を覗かせている。

稲倉は息を切らせながら、急いで車に乗り込んだ。


「ふぅ……」


よっこいしょと、稲倉が座席に座り、ショルダーバッグの中を確認する。  

バッグの中には、いろいろな除霊道具が入っているが、肝心なものはひとつだけだ。


よしよし、ちゃんと入ってるな――。


管山猫の入ったポテチの空筒である。

稲倉を乗せた車は、甲州街道を進み、新宿中央公園を目指していた。

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