第17話
本部の救護室で大事を取って仮眠していた亮が言葉にならない声を漏らした。
「うぅ…んあ……」
「目が覚めた?」
スマホをサイドテーブルに置き、志堂寺が亮の顔をのぞき込む。
「み、水……」
「はい、ゆっくりね」
「ありがとう……」
亮は水を受け取り、少しずつ慣らすように飲んだ。
「はぁ……生き返った」
「顔色は良いわね。念のため先生呼んでくる」
亮が離れようとした志堂寺の手を掴む。
「いっ?」志堂寺の顔が真っ赤になる。
「あ、ご、ごめん! その、お礼を言おうと思ったらつい……」
「い、いや、別にいいのよ、て、手くらい平気だし!」
明らかに取り乱す志堂寺。
――そうか、今になってやっとわかった。
彼女はずっと闇喰いと行動を共にしていた。
男女問わず、同年代の友人さえ出来たことがないと言っていた。
年齢の割に初心な反応も、妙に腹の据わった感じも……、誰もが当たり前だと思っている普通の生活が、彼女にはなかったのだ。
――闇喰いを消したのは間違いじゃなかった。
誰が何と言おうと、これだけは正しいと亮は確信した。
「やるねぇ~おふたりさん、もうそんな関係?」
茶化すような声に二人が目を向けると、扉のところに三島が立っていた。
「な、なに言ってんのよ!」
「まあまあ、瑠果ちゃん、いいからいいから」
ニヤニヤと笑いながら三島が両手を向ける。
「なっ……!?」
ムキィーっとなった志堂寺が三島を睨み付ける。
当の三島は全く気にする様子も無く、亮の側に立った。
「冗談はこれくらいにして……、亮ちゃん、具合は?」
「あ、もう平気です」
「うん、了解。じゃあ、発表しまーす。これからふたりには重要なミッションが課せられます」
「ミッション……?」
亮が不安げな声を出すと三島がニッと笑みを返す。
「怪異と野中さゆりの霊を切り離し、彼女の霊を除霊するのが君たちのミッションだ」
「怪異って榊さんが言ってた紅舌とかって奴ですか?」
「そ、定型怪異だし、消した場合のリスクを鑑みると、先送りにするのが妥当だと結論が出た」
「でも、どうやって切り離すの?」
志堂寺が聞く。
彼女でも方法を知らないとなると、前例のないことなのかも知れない。
「博士が言うには、紅舌の中では、野中さゆりの霊と怪異そのものが、常に天秤のようにゆらゆらとバランスを保っているらしい。そのバランスを一時的に野中さゆりに傾けてやればいいそうだ」
「ごめん三島さん、まったくわかんない……」
志堂寺が眉を下げながら言った。
三島が「え~まいったなぁ~」と情けない声をあげながら首筋をさする。
亮がおもむろに口を開いた。
「……怨霊には記憶は存在しなくて、強い感情だけが残ってるんだよな? だとすれば、その感情の根幹となっているホストの神宮司を連れていけば……」
「いいねぇ! 亮ちゃん冴えてるじゃん!」
三島が嬉しそうに言う。
「確かに、それなら可能性はありそう……」
「うんうん、除霊の方は稲倉さんに頼んであるから」
「稲倉さん?」
志堂寺の方を見ると「……一般調査員の人」と、短く答えた。
「ああ、そっか瑠果ちゃん、面識あるもんね。じゃあ、そういう感じで動こうか?」
「……わかりました。じゃあ、祓う段階になったら連絡します」
「了解、諸君の健闘を祈る! なーんて、よろしくねー」
いつもの調子で手を振りながら救護室を出て行く。
「ったく、相変わらずね……」
「ほんとに、いつもあんな感じなんだね」
亮が言うと、志堂寺は苦笑し、
「まあ、消さなくて済むならその方がいいじゃん。消すのもリスクがあるってわかったんだし」
「うん……まあ、そうだね」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日から動きましょ?」
「わかった」
「先生呼んでおくから。じゃあ、また明日」
「うん、明日」
志堂寺は小さく手を振って救護室を出て行った。
一人になった亮は自分の右手を見つめる。
この手で志堂寺を掴んでしまった。
まだ、ほんのり冷たくて柔らかな感触が手に残っている……。
亮の口元が緩む。
――彼女は、消えなかった。
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