第13話
長官室へ向かいながら、亮が志堂寺に言った。
「今までなら、こういう事件ってネットで流し見するくらいで、深く考えたこともなかった。でも、これは……現実に起きたことなんだよな」
つい先日までは対岸の火事であった出来事が、今は亮にとっての現実となっている。
「ええ、そうよ」志堂寺はシンプルに返す。
彼女は亮よりもずっと早くから、そうした現実と向き合ってきたのだ。
すでに自分の答えを持っているのかもしれないが、亮はまだ答えを持ち合わせていない。
怪異は消すべきだとしても、その原因となった人間にも責任はある。なぜ組織はそこまで踏み込まないのだろう?
疑問を抱いたまま沈黙が続き、長官室のドアの前に到着した。
亮はドアの前で一瞬躊躇ったが、志堂寺が先に手を伸ばし、軽くノックをした。
「どうぞ」
中から厳かな女性の声がした。
桐島麗華はオフィスチェアに座ったまま、まっすぐに背筋を伸ばしていた。
白いスーツに身を包んだ彼女は、その短くツーブロックに刈り込まれた白髪のショートボブも相まって、強い意志を感じさせる。
「どうだ、解決の目処は立ちそうか?」
いきなりの質問に、亮は言葉に詰まった。
「正直なところ、まだわかりません……ただ、被害者の背景には迫れているかもしれません」
桐島は微動だにせず亮を見据える。
「まあ、最初は戸惑うことも多いだろう。志堂寺、しっかりフォローを頼む」
「はい」
志堂寺の返事は簡潔だった。
亮は黙って話を聞いていたが、心の奥では湧き上がる疑問を抑えきれなかった。しかし、この場で口にするのは適切ではないと判断し、ただ頷くにとどめた。
桐島は二人の様子を見つめ、静かに続けた。
「我々の責務は未解明事象による被害者を一人でも減らすことだ。現場で怪異や悪霊と対峙するのは容易なことではない。だが、君の力が必要なのだ」
亮は無言で頷いた。
「今日はそれだけだ。引き続き調査を進めるように――」
長官室から出た二人は無言で廊下を歩き始めた。
しばらくしてから、亮は押さえていた疑問を口にした。
「怪異や悪霊が悪さをする原因になった人間は、捕まえたりしないんだろうか……」
志堂寺は立ち止まり、亮をまっすぐ見つめた。
「……私も昔、同じことを思った」
「明らかに人の方が悪いよな? あのホストがいなければ、さゆりさんは……」
志堂寺は小さく息をついた。
「いまの私たちの役割は未解明事象の対応。人間社会の悪は別の管轄だから」
「そうか……そうだよなぁ」
亮は大きくため息をつく。
「でも、個人的には……同感かも」
志堂寺の言葉に、亮は少し驚いた。
「長官は認めないだろうけどね」と彼女は付け加える。
ふたりは再びワーキングスペースに戻った。
「ホストの情報も調べてみるか?」亮が提案する。
「そうね。まだ生きているなら、彼も標的になる可能性があるわ」
亮は右手の黒い手袋をじっと見つめながら考えた。
本当に「消す」べきなのは誰なんだろうな……。
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