第12話
本部に戻った亮と志堂寺は、その足でコワーキングスペースに向かった。
幸い、この時間は利用者も少なく、二人はブースを占領できた。
志堂寺はこなれた所作でPCを操作して、スクリーンに各種データベースを映し出していく。
――へぇ、なかなか使い勝手が良さそうなツールだな。
亮はその様子を見ながら、自分でも手順を頭に入れていった。
「今までの経験からしても、極端に離れた場所の悪霊が憑くとは考えにくいわね」
スクリーンを見ながら志堂寺が言うと、
「ん? ちょっと待って、怪異と悪霊ってどう違うんだ?」
これまで、霊や怪異を目にしても、名前や分類など考えたこともなかった亮は、素朴な疑問を口にした。
志堂寺は少し教師めいた口調になる。
「UPMAでは明確に分類してる。闇喰いのような怪異は、超常的事象そのものが独立した存在になったもの。多くの場合、人間の常識や理解を超えた力を持つわ」
「ふぅん、悪霊は?」
「悪霊は人間の強い怨念が残ったもの。だから悪霊には『人間だった頃の記憶』が残っているように見えるけど、実際は念を生んだ感情だけが残っているって感じかな。逆に善い霊もいるけどね」
――感情だけ、か。
亮の脳裏にまた幼い日の自分の笑顔がよぎる。しかし、亮はその考えを振り払い、
「なるほど。となると、今回のケースは……もし、本当に野中さゆりさんなら悪霊ってことか」と、続けた。
「基本的にはそうかな」
志堂寺は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「でも時々、長い年月をかけて悪霊が『型』を持った存在へと変化することもあるの。それを定型怪異って呼んでるわ」
「定型怪異……」亮は思わず言葉を反芻した。
「ま、やっていくうちに覚えるわよ。それよりもいまはデータを当たりましょう」
「そうだな。じゃあ、近場で亡くなった女性とか?」亮が斜め上を見ながら返す。
「そうね、新宿で女性が死亡した事件がなかったか調べてみる」
志堂寺が素早くキーボードを叩く。亮は横から画面を覗き込んだ。
「検索範囲は……一年以内でいいかな」
かちゃかちゃとキーを叩く音が静かな空間に心地よく響く。それに合わせるように、スクリーンに次々と情報が表示されていく。
亮は志堂寺の手際の良さに感心しながら、画面に浮かび上がるニュースの見出しに目を凝らした。
『新宿歌舞伎町で二十代女性焼身自殺――怨恨か!?』
「これじゃないか?」亮が指差す。
「ちょっと待って……詳細を見るわ」
志堂寺が記事の全文を表示させる。同時にUPMAのツールでも検索を掛けた。事件のデータが複数ヒットする中、彼女は慎重にひとつひとつ確認していった。
「……あれ? 引っかからないわね……」
「もう少し期間を絞った方がいいんじゃないか?」
「おけ、半年くらいまで……と」
志堂寺は範囲を六ヶ月前までに絞り、追加でいくつかのキーワードを入れた。
画面に新たな結果が表示される。
「さあ、ヒットして……」
志堂寺の祈るような呟きが聞こえる。
「……あっ! ほら見て、この名前!」
「同じ
亮と志堂寺が顔を見合わせる。
「炎による死亡、男性への恨みの動機、事件の場所も新宿、年齢や名前も一致……これはかなり可能性が高いわね」
――こんなに簡単に手がかりが見つかるとは思わなかった。
ただ、もし本当に彼女が悪霊だったとして、どう追跡すればいいんだろう。
考えながら記事が目に入る。
「……ひどいな」
亮は思わず声を漏らした。
さゆりさんは、ホストに騙された若い女性だった。
結婚をちらつかされ、多額の売掛を背負わされた末の悲劇……。
騙した男の方には怪我はなかったという。
「結婚を餌にするなんて……人の心を弄ぶ最低のやり方ね」
志堂寺の声には怒りが含まれていた。
「でも、どうして舌から火が出るんだろう?」亮が疑問を口にする。
「もしかして、焼身自殺しようとしたのは、キスをしようとした瞬間なのかも……」
「心中……」
志堂寺はやりきれないように画面から目を離した。
「でも、美人に化けるのはわかるわ。振り向かせたかったのよ。だから男が好む『タイプ』に変身して、男たちに復讐してるのかもしれない」
亮が詳細を読み込もうとしたその時、背後から声がかけられた。
「あ、いたいた! 二人とも、桐島長官がお呼びだよ」
振り返ると、若い男性職員が立っていた。
亮と志堂寺は顔を見合わせた。
「長官が……?」
亮が声に不安を滲ませる。
志堂寺もその隣で少し表情を強張らせた。
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