第10話

「あのー、すみません」


亮が声をかけると、若い女性が怪訝な顔で振り返った。


「いや、決して怪しい者ではなくてですね、都市安全調査室という……」


言い終わらないうちに、女性は小走りで逃げていった。


「……」


亮はため息をつきながら周囲を見回した。


「まずいよなぁ……。これは思ったよりもハードルが高いぞ」 


そりゃそうか、ナンパのひとつもしたことのない自分が、いきなり成功するわけがない。相手の警戒心を解くにはどうすればいいのか……。


志堂寺が向かった方を見ると、彼女はベンチに座るカップルと良い雰囲気で話し込んでいた。笑顔で頷く姿は、まるで昔からの知り合いのようだ。


「ぐっ、さすがはEndgameか……」


いや、志堂寺は女性だし、と思ったところで亮は頭を振った。

――だめだ! 言い訳はしない!

せめて誰かひとりでも話を聞いてもらわないと格好悪すぎる。


何がいけないんだろう? 声のトーン? それとも入り方がまずいのか?

飛び込みの営業マンはどうやっているんだろう……。


闇雲にやっても時間の無駄だ。まず、自分だったらどう感じるかを考えてみよう。

知らない異性が声をかけてきたら、まずセールスか変な勧誘だと思うはずだ。

となると、そうか、同性相手ならハードルが下がるかも……。


一時間後、亮と志堂寺は公園の東側で合流した。


「どうだった?」志堂寺が尋ねる。

「男性二人から話を聞けたよ。どっちも『すごい美人を見た』と言ってた」

「ホント? 私も同じこと聞いたわ……。でも、その美人の特徴が人によって違うのよね」

「変だよな……。それに、そんなに凄い美人がこの公園に集まるとは思えないし」


志堂寺の表情に不安の色が浮かぶ。

聞き取りを進めるうちに、妙な共通点が見えてきた。


謎の美人か……。

その時、公園の奥まった場所で、男性が女性から声をかけられているのが見えた。


「なあ、あれ……」亮が指差す。


志堂寺の瞳が見開かれる。


「――⁉」


彼女の表情が一変した。まるで危険を察知した獣のように鋭さを帯びている。


「あの女、普通じゃないっ! いくわよ!」

「あっ、おい!」


志堂寺が駆け出し、亮も慌てて後を追った。


二人が男性の元へ駆け寄ると、志堂寺が声を上げた。


「ねぇ! ちょっと!」


男性が振り返る。女性の方は長い黒髪で顔が見えなかったが、その存在に亮は確かな違和感を覚えた。


背筋を走る冷たさ、喉の奥が乾く感覚――怪異や悪霊と出くわした時と同じだった。

次の瞬間、女性がふらりとその場を離れた。


「待ちなさい!」


志堂寺が叫び、女性を追いかける。

男性は訳がわからないという表情で、その場に呆然と立ち尽くしていた。


「待って!」


志堂寺が女性の肩を掴む。


「えっ? な、なに? あれ? 何で私、公園なんかに……」


女性はキョロキョロと辺りを見回し、混乱した様子だった。


「はあ、はあ、志堂寺……」亮が息を切らせながら追いついた。


志堂寺は左右に首を振り、歯噛みした。


「逃げられたみたい」

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