第6話

桐島の執務室では、上級職員の三島慎司が報告を終えるところだった。

白く硬質なデザインの壁に囲まれた空間で、桐島は背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、視線だけを三島に向けている。


「博士は何と?」

「新しいエンドゲームだと言ってましたよ」


三島は軽い口調で答えた。

長官の前でありながら、彼女とは長い付き合いであるかのように緊張感がない。


「ほぅ、彼の能力については?」

「まだ確証はないそうですが、怪異や霊の存在そのものを消せると」


桐島は冷たく笑った。


「それが本当なら、我々の存在意義すら揺らぎかねんな」


UPMAの存在理由は未解明事象の監理である。それらの元凶である怪異を根絶できる存在は、組織そのものを不要にしかねない。


「まあ、そう上手くいくとは思えませんがねぇ……」と、三島が首をすくめた。


三島には首筋から顔の左半分にかけて大きな傷跡がある。かつて紛争地帯で捕虜になり拷問を受けた痕だ。強烈な外見のインパクトと、飄々としたその仕草のギャップが、彼の掴み所のない印象をさらに際立たせていた。 


「何か懸念があるのか?」

「いや、大きな力にはそれなりの代償がつきものでしょう?」


桐島は黙考した後、静かに口を開いた。


「……ふむ、検証が必要だな」

「彼を調査員に?」


「当面、志堂寺を組ませる。闇喰いを失っても彼女の霊能力と知識は使える」


彼女の声には迷いがなかった。決断の速さは、長年の経験に裏打ちされたものだ。


「新たなエンドゲームの教育役というわけですか」


桐島は何も答えず、机の上にファイルを置いた。

黒い表紙には「CONFIDENTIAL」と赤いスタンプが押されている。


「この事件を二人に」

「拝見しても?」

「ああ、構わん」


三島はファイルを手に取り、中身に目を通す。彼の顔に驚きの色が浮かぶ。


「ああ、これネットニュースで見ましたよ。ウチに回ってきたんですねぇ」

「話は以上だ――」


桐島の短い言葉に、三島は姿勢を正した。


「はっ、では指示通り差配いたします」


彼は軽く頭を下げると、静かに部屋を後にした。

ドアが閉まった後、桐島は椅子の背もたれに体を預けた。


「代償か……」


彼女の表情からは何も読み取れなかった。

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