第4話
UPMA本部の科学分析室。
白衣を着た研究員たちが静かに作業に没頭していた。
壁一面には、複雑な数式と古代の経典の写真、量子場のシミュレーション映像が映し出されている。
三島がドアを開けて入ってきた。
「榊博士、何かわかりましたか?」
呼ばれて振り返った彼の顔には、久しぶりに興味深い研究対象を得た科学者特有の興奮が表れていた。
「いやぁ、久々に胸が躍るね。彼はどうしてる?」
「逃走の危険もないので、いまはリフレッシュルームに」
「結構結構、大事な研究対象だからね」
嬉々とした榊は席を立ち、ホログラフィックディスプレイを操作しながら説明を始めた。
「これを見てくれ――」
多々良の右手の分子構造モデルが投影される。
「彼の力の本質は、量子場と因果の断絶にある」
榊は、そう前置いて続ける。
「従来の物理学では、エネルギーと物質は不滅とされていた。しかし、量子力学の観測理論によれば、波動関数の収束によって実体の存在確率が決定され…」
波動関数のグラフを眺めながら熱く語る榊に、三島は少し困ったように声をかけた。
「すみません博士、僕でもわかるように…」
榊は苦笑いを浮かべ、言い直した。
「すまん。ま、簡単に言えば、通常の世界では物事は消えずに形を変えるだけだ。だが量子レベルでは観測者によって現実そのものが決定される」
三島は少し目線を上へ向けながら理解しようとした。
「…シュレディンガーの猫とか、そういうやつですよね?」
「そうだ、その理解で良い」榊は頷く。
「色即是空、空即是色の真理を体現した力だな。はは、滅却の手とでも呼ぶかい?」
「それって……仏教の?」三島は戸惑いながらも質問した。
「うむ、彼の能力は物理的には、量子もつれの強制的解消と表現できるし、仏教的には縁起の断絶――つまり、対象の存在を支える因果そのものに干渉している可能性が高い」
「それが本当なら……彼に消せない怪異は無い?」
三島の言葉に、榊は考え込むように目を細めた。
「断定するにはデータが足りない。だが、闇喰いが消滅した今、彼が調査員となれば……」
マグカップを手に取り、榊は机に寄りかかる。
「間違いなく、UPMAの新たな"Endgame"となるだろうね」
榊はそう言って、肩をすくめた。
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