第10話

レイヴンは暗い通路に立ち、目を閉じた。


リコの記憶が彼の頭を埋め尽くしていた。


セレスティアの歴史、時計塔の秘密、音姫の過去。


それらが彼の心に重くのしかかり、息を詰まらせる。


「歌姫も……歴史に囚われた一人だったんだな」


彼は静かに呟き、冷たい壁に手を当てた。


全ての元凶は『時の歪み』だと、彼は確信していた。


歌姫が生まれた後、時の流れが大きく乱れ始め、


都市を維持するには膨大なエネルギーが必要になった。


その結果、歌姫は支配者の道を歩まざるを得なかった。


「だが……彼女を消すなんて選択はできない」


「俺は誰も犠牲にせず、全員で幸せになれる道を探す」


レイヴンは拳を握り、心の中で誓った。


歌姫を残すために、時の歪みを肯定しつつ、その暴走を食い止める方法。


リコ、黙層の民、セレスティア、歌姫、そして自分自身。


全員の未来を掴むため、彼は動き出した。


---


時計塔の最深部へ続く階段は、冷たく湿っていた。


足音が反響し、不気味な静寂を切り裂く。


レイヴンは慎重に進みながら、心を落ち着かせた。


「……いよいよだな」


彼は小さな歯車を見上げ、低く呟いた。


その表面に触れると、過去の幻影が次々と浮かんだ。


リコが眺めた、崩れゆくセレスティア。


歌姫が孤独に佇む姿。


そして、時の流れがねじれる瞬間。


「この感覚……リコが見ていた幻視なのか?」


レイヴンは目を細め、壁に目を向けた。


そこには、かすれた古代文字が刻まれていた。


「『歯車の真実は地下の裏口に眠る』…?」


「設計図が、地下図書館の裏側にあるってことか?」


彼は文字を指でなぞりながら、記憶を掘り起こした。


リコの記憶がなければ、この場所にすら気付けなかった。


レイヴンは唇を噛み、焦りを抑えた。


「時の歪みを抑える方法……きっと何かあるはずだ」


地下図書館への道は、埃と歪みに満ちた迷宮だった。


壁はひび割れ、足元が不安定に揺れる。


レイヴンは息を整えながら、一歩一歩進んだ。


「リコの記憶が頼りだ。もっと、思い出さないと……」


彼は汗を拭い、前を見据えた。


迷宮の奥で、幻影の歌姫が現れた。


長い髪が揺れ、悲しげな瞳がレイヴンを捉える。


「あなたは……私をどうする気なの?」


彼女の声は静かで、どこか震えていた。


レイヴンは一瞬言葉に詰まったが、目を逸らさなかった。


「お前を救うよ。そして、誰も犠牲にしない未来を掴む」


「それが——俺の決めた道だ」


幻影の歌姫は静かに彼を見つめ、やがて尋ねた。


「信じて……いいの?」


彼女の声は小さく、消え入りそうだった。


「信じてくれなくていい。俺が結果で証明する」


レイヴンは力強く言い切り、前に進んだ。


設計図は、古びた木箱に隠されていた。


埃にまみれた紙を手に取り、彼は目を走らせた。


「これが……時の歯車の設計図か」


レイヴンは紙を握り、息を呑んだ。


そこには、歯車の構造が詳細に描かれていた。


彼は慎重に読み進め、頭をフル回転させた。


「何かヒントが……あるはずだ」


設計図を眺めていると、意外な記述が目に留まった。


「『歯車の再調整により、歪みの暴走を抑えられる可能性あり』…?」


レイヴンは目を丸くし、興奮を抑えきれなかった。


「待てよ……これって、歪みを止める方法があるってことか?」


彼は設計図を握り、希望が湧き上がるのを感じた。


塔が大きく揺れ、足元が崩れた。


歪みの力が彼の体に食い込み、動きを鈍らせた。


「くそっ……体が……重い……!」


彼は重力に耐えながら、膝をついた。


設計図を落とさないよう、腕に力を入れた。


「ここで倒れるわけにはいかない……音姫も、セレスティアも……」


「みんな……俺が救うんだ……!」


レイヴンは叫び、ゆっくりと前へ進んだ。


彼が辿り着いた結論はこうだ。


時の歯車は、セレスティアを支えるために作られたが、


歌姫の誕生と共に制御が効かなくなった。


その結果、歪みが大きくなり、


都市全体を蝕むほどの力を持つに至った。


「設計図に書かれた歯車の構造……」


「歯車の再調整によって安定させられれば、歪みを抑えられるんじゃないか?」


レイヴンは呟き、希望を見出した。


「もしこれが上手くいけば……全員を救えるかもしれない」


彼の声に力がこもった。


塔の揺れがさらに激しくなる。


歪みの影響で、彼の体は限界に近づいていた。


それでも、彼は設計図を胸に抱えたまま進んだ。


「まだだ……まだ諦めない。俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ……!」


レイヴンは必死に暗闇の中を這った。


幻影の歌姫が再び現れ、彼を見下ろした。


「あなた……本当にお人好し、なのね」


彼女の声には、かすかな笑みが混じっていた。


「お前がそんな顔するなら、なおさら頑張らなきゃな」


レイヴンは小さく笑い返し、力を振り絞った。


設計図を手に持つ彼の手は震えていた。


息も絶え絶えで、体が悲鳴を上げていた。


それでも、彼の目は決意に燃えていた。


「歯車を再調整すれば、歪みを抑えられる。俺なら……できるはずだ!」


設計図を握り、暗闇の先を見つめる。


「みんなが笑える未来を、俺が必ず作ってみせる!」


レイヴンは自身に言い聞かせ、足を踏み出した。


その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。


設計図に隠された再調整の方法とは何か。


時の歯車を安定させる鍵はどこにあるのか。


そして、彼の決意が試される瞬間が、すぐそこまで迫っていた。

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