第7話
時計塔の最深部は、静寂と緊張が混じり合った異様な空間だった。
巨大な結晶が浮かび、その周囲を光が渦巻いている。
その中心に立つ歌姫は、美しい髪を揺らし、ただ存在するだけで威圧感を放っていた。
彼女が口を開いた瞬間、声だけで部屋が震えた。
「よくここまで来たわね、リコ。私はこの塔の化身なの——そして、あなたに私は倒せないわ」
その言葉は冷たく、重く、リコの心に突き刺さる。
リコは一瞬止まって息を呑んだが、すぐに杖を握り直した。
「そんなことない! 私が、セレスティアと黙層の民を守ってみせる!」
彼女は杖を掲げ、結晶から放たれる光の波動を一気に解き放った。
光が歌姫に向かって奔流となり、轟音が響き渡る。
だが、歌姫は優雅に手を振るだけで、その力を跳ね返した。
「無駄よ。この塔の力は私のもの。あなたには何もできないわ」
戦いが始まると、塔全体が揺れ始めた。
歯車が軋み、光の渦が激しく渦巻く。
リコは光の波を連発し、歌姫の動きを追った。
「速い……!——でも、絶対に負けない!」
彼女は状況を把握しながら、次の一撃を放つ。
だが、歌姫の反撃は容赦なかった。
「愚かな子ね。——時間の流れすら、私の意のままよ」
歌姫が指を鳴らすと、リコの動きが一瞬鈍くなり、光の刃が彼女を切り裂こうと迫ってきた。
「わっ……!」
リコは咄嗟に身をかわし、床に転がった。
その時、視界の端に異様なものが映った。
塔の壁に刻まれた、かすれた古代文字だ。
何かを感じたリコは、戦いながらその文字に目を凝らした。
「これって……何か大事なものだよね?」
彼女の頭に、回帰の記憶が断片的に蘇る。
杖の結晶が共鳴し、リコの意識に古代文字の意味が流れ込んできた。
「時の歯車……それが歌姫の力の源なの?」
彼女は息を呑み、文字を一つ一つ追った。
解読が進むにつれ、恐ろしい事実が浮かび上がる。
「時の歯車」は塔の中枢であり、歌姫の存在を支えている。
彼女を消せば歯車が暴走し、都市が崩落する仕組みだった。
「そんな……それじゃあ、私はどうすればいいの?」
リコの声が震え、手が止まりそうになる。
歌姫はそれを逃さず、低く笑った。
「……気付いたようね。私を倒せば、あなたの大切な都市も終わりを迎えるの。——さぁ、絶望しなさい、リコ」
彼女の手から放たれた光の刃が、さらに鋭くリコを襲う。
「くっ!……まだだよ!」
リコは転がりながら杖を振り、光の盾を展開して刃を防いだ。
その瞬間、杖の結晶が再び強く光り、新たな幻視が流れ込んできた。
幻視の中では、「時の歯車」に別の生命力が注がれている。
歌姫が封じられ、塔が安定する光景だ。
だが、その代償として、誰かが歯車に取り込まれていく姿が映し出された。
「別の生命力……私がその代わりになれば、都市を救えるってこと?」
リコは目を閉じ、深く息を吸った。
幻視の中で、歯車が静かに動き、都市が光に包まれる様子が続いた。
「これしかないよね……私がやらなきゃ!」
彼女は目を開け、決意を固めた。
歌姫の攻撃がさらに激化する。
光の刃が連なり、空間そのものを切り裂く勢いだ。
「諦めなさい、リコ! 私の力は無限よ。あなたに勝ち目はないわ」
「そんなことない! あなたを倒すまで、絶対に諦めないんだから!」
リコは叫び、杖から光の鎖を放った。
鎖は歌姫の体を絡め取り、動きを一瞬封じた。
彼女の髪が乱れ、初めて焦りの表情が浮かぶ。
「何なの? この力……どこから湧いてくるの!?」
だが、歌姫はすぐに力を振り絞り、鎖を引きちぎろうとした。
「無駄よ! 私を縛れるものなんてないわ!」
彼女の声が響き、光の渦がリコを押し潰そうとする。
「こっちも……負けないよ!」
リコは必死に堪えながら、鎖をさらに強く締め上げた。
塔が揺れ、歯車の唸りが耳をつんざく。
リコは光の鎖を操りながら、部屋の中央に近づいた。
そこには「時の歯車」が浮かんでいた。
巨大な金属の輪が回転し、光と歪んだ時間を放っている。
近づくほど、体が重くなり、息が苦しくなる。
「うっ……、——絶対に……私は……っ、諦めない!!!」
彼女は一歩ずつ、歯車に近づいた。
歌姫が叫ぶ。
「それに近づけば、お前も歪みに飲み込まれるだけよ! やめなさい、リコ!!」
その声には、隠し切れない恐怖が混じっていた。
「飲み込まれてもいい! あなたを封じて、みんなを救うんだから!」
リコは振り向かず、杖を歯車に近づけた。
光の鎖が歌姫を完全に拘束し、彼女の体が結晶に引き寄せられる。
「やめて……、私が……消えるなんて……ありえない!!」
歌姫の声が弱まり、抵抗が薄れていく。
リコは歯車に手を伸ばし、杖の結晶を押し当てた。
「これで……終わりだよ!!」
彼女の声が響き、光が爆発的に広がった。
塔全体が白い光に包まれ、歯車の回転がゆっくりと止まる。
リコの体が光に揺らぎ、彼女の意識が薄れていく。
「セレスティア……みんな……無事でいてね……」
リコの最後の呟きが、光の中に消えた。
光が収まると、塔は静寂に包まれていた。
歌姫の姿はなく、歯車は再び動き始めている。
都市を崩落させる歪みは、奇跡的に収まっていた。
だが、リコの姿もそこにはなかった。
杖だけが床に転がり、結晶が微かに光を放つ。
その光の中から、かすかな声が聞こえてきた――。
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