第3話
赤い光が二人を包み込んだ刹那、レイヴンとリコは硬い石の床に叩きつけられる。
時刻は深夜、塔の深い階層——「反音の祭壇」に到着したのだ。
円形の石舞台が広がり、中央には灰色の結晶が浮かんでいる。
その周囲では、不協和音が空気を震わせ、耳に刺さるような響きを放つ。
レイヴンは立ち上がり、汗ばむ額を拭いながら周囲を見回す。
「ここは……どこだ?」
彼の声は掠れ、疲労が滲んでいる。
リコもよろめきながら立ち上がり、目を細める。
「ここは……地下室だよ」
彼女の声は小さく、銀色の翼が微かに震えている。
その時、石舞台の影から、黒い翼を持つ男がゆっくりと歩み出てくる。
彼は祭壇の端に立ち、静かに二人を見つめた。
「私は反音者、リフレクターだ」
彼の声は低く、どこか疲れた響きを感じさせる。
レイヴンは警戒しながら一歩前に出る。
「お前が……俺たちをここに導いたのか?」
反音者が頷き、黒い翼を軽く動かす。
「その通り。私はセレスティアの設計者であり、天鳴を創った」
「だが、歌姫の暴走を止められず、この塔に閉じ込められた」
リコが緊張感を持ちながら、静かに話を聞き続ける。
反音者が目を細め、レイヴンを見つめる。
「君の灰色の翼……それは天鳴を中和する『反音』の力を持つ」
「お前は、その子孫なんだ」
レイヴンの目が見開き、手が自然と灰色の翼に触れる。
「子孫だって……?」
彼の声には驚きと疑いが混じる。
リコが小さく微笑み、レイヴンの肩を静かに押す。
「……私、それを知ってたんだよ。レイヴンが来るの、ずっと待ってたの」
彼女の瞳には確信と期待が宿っている。
「それで、レイヴンの翼で歌姫を止められるの?」
リコが期待を込めて反音者に尋ねる。
反音者は静かに頷き、結晶を指さす。
「結晶に君の音を刻めば、天鳴を逆転できる」
だが、彼の表情が暗くなり、言葉を続ける。
「ただし……代償として、君の翼が結晶に吸収され、『音』が永遠に封じられる可能性がある」
その言葉に、レイヴンの胸が締め付けられる。
祭壇に立ち尽くし、彼は灰色の翼をじっと見つめる。
「音が封じられる……って、どうなるんだ?」
反音者が静かに答える。
「君の声、感情、心の響き——全てが失われるかもしれない」
「それでも、歌姫を止めるためなら……君はやるか?」
レイヴンは黙り込む。
深夜の祭壇は静寂に包まれ、不協和音だけが響き続ける。
リコが心配そうに彼の手を握る。
「レイヴン……」
彼女の声はひどく困惑していた。
レイヴンは深呼吸し、目を閉じた。
黙層の埃っぽい空気の中で、子供たちが笑う姿が浮かぶ。
あの日、彼らに壊れた機械を渡しながら、「俺が守るから安心しろ」と静かに笑った。
同じ境遇で生きる、黙層の民を見捨てられなかった。
——それが彼の正義だった。
「俺は……黙層の民を救う。それが俺の答えだ」
彼は目をゆっくり開け、反音者に鋭く言い放った。
「やろう。どうすればいい?」
その声には迷いがなく、揺るぎない決意が宿っていた。
黙層で孤立しながらも、彼はいつも思っていた——
「俺が守らなきゃ、誰も守れない」
どんな代償でも、それが正しいと信じるなら、払う覚悟はできていた。
反音者が僅かに微笑み、祭壇の鎖を指す。
「あれに、触れてみろ」
天井から無数の細い「共鳴の鎖」が垂れ下がっている。
鎖には、反音の民が自らの音を繋ぎ、セレスティアを支えた歴史が刻まれている。
レイヴンは結晶に近づき、震える手で触れる。
瞬間、反音者の記憶が流れ込む。
祭壇に立つレイヴンの視界に、鎖に縛られた黙層の民が映し出される。
彼らは歌姫に音を捧げ、苦痛の中で最後の歌を歌い、消えていく。
「これが……天鳴の原型なのか?」
レイヴンの声が震え、膝が僅かに揺れる。
彼女も祭壇の端に立ち、鎖を握り潰すように手を握る。
リコが涙をこらえながら呟いた。
「こんなのって……ひどいよ」
反音者が静かに続ける。
「鎖には『反響の波』が宿っている。私の設計ミスで、歌姫に力を与えてしまった」
彼は鎖を結晶に繋ぐ装置に手を伸ばす。
「私の失敗を、君の音で正してくれないか」
レイヴンが頷き、装置を起動するスイッチに触れる。
鎖が軋み、不協和音が一層強くなる。
その時、祭壇の床が震え、歌姫の水が鎖を手繰り寄せる。
「反音者(リフレクター)、あなたの最後の抵抗も無意味よ!」
歌姫の声が嘲笑と共に響き、水が鎖を腐らせていく。
レイヴンの翼が共鳴し、不協和音が祭壇を包み込む。
「レイヴン、気をつけて!」
リコが叫び、祭壇の端に立って彼を見守る。
レイヴンは必死に堪えながら、結晶に力を注ぐ。
「黙層のために……俺の音を刻む!」
彼の声が響き、鎖が結晶に巻き付く。
反音者がレイヴンの元に駆け寄り、慌てて叫んだ。
「ダメだ! 鎖を巻き込むな……!」
彼が鎖を自ら引きちぎると、結晶が爆発的な光を放つ。
反響の波が塔全体に広がり、天鳴が一瞬止まる。
祭壇が崩壊し、石舞台が砕け散る。
レイヴンとリコは波に乗り、塔の頂上へ押し上げられる。
深夜の空気が冷たく、崩れ落ちる音が背後で響く。
レイヴンは息を吐きながら、頂上の床に膝をつく。
リコも隣に倒れ込み、肩で息をしている。
「レイヴン……やったの?」
彼女が顔を上げると、目の前に異様な光景が広がる。
頂上には、歌姫の水槽が浮かんでいる。
だが、その表面はひび割れ、彼女の目が初めて恐怖に揺れている。
「あなたたち……何をしたの!?」
歌姫の声が掠れ、祭壇に立っていた威厳が崩れ落ちる。
レイヴンは立ち上がり、彼女を睨む。
「俺の音で、お前を止める!」
彼の声は静かだが、決意に満ちている。
リコが立ち上がり、レイヴンの腕を掴む。
「レイヴン、待って! 何かおかしいよ!」
彼女の警告と共に、水槽から黒い水が溢れ出す。
水が床を這い、不気味な音を立て始める。
その瞬間、ひび割れた水槽の奥から、小さな光が漏れ出す。
光の中から、低い声が響き渡る。
「お前たち……よく来たね」
レイヴンとリコは頂上に立ち、互いに顔を見合わせる。
水槽の影が揺れ、灰色の光が何かを形作っていく。
それは、歌姫でも反音者でもない、全く新しい存在の気配だった。
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