あこがれと恋

めぐむ

プロローグ

 生まれて初めて自分で読み切った小説は、電子を通じた少年探偵団の出てくるミステリシリーズだった。水色に縁取られた本を、わくわくした気持ちで捲ったのをよく覚えている。

 おかげさまで、俺は今でもミステリが一番好きだ。本格でも特殊でも日常でも。謎を解く過程を経る物語に惹かれる。

 とはいえ、俺が本当に初めて出会った本は、生死も絡まなければ謎もトリックもない。二匹のねずみの日常を描いた絵本だった。

 その日、市立図書館に行ったのは母の気まぐれだっただろう。自分が行きたいと言った記憶はない。当時、五歳。本以外の記憶はあやふやだ。絵本のことを覚えているのも、それが出会いであったからに過ぎない。

 絵本を読んでいたのは、司書のお姉さんだった。後に、そのときはまだバイトの女子大生だったと知るが、そのときの僕には年上の女性は等しくお姉さんだった。

 読み聞かせをしていたお姉さんの周りには、幾人の子どもたちがいた。俺も何となくそこへ混ざって、話を聞いた。

 それこそ、図書館に寄ったのと同じくらいに、気まぐれなものだっただろう。偶然の重なりを運命と呼ぶのであれば、そうであったと言ってもいい。それほどまでに、記憶に焦げ付いて離れない出会いだったのだ。

 色彩豊かに朗読される声音に、俺はどうしようもなく惹きつけられた。

 お姉さんたる穂架ほかさんの実力がずば抜けて上等であったのか。まだ、僕だった俺にはそんなことは無関係だった。そもそも、比較対象すらない。大事なことは、初体験のそれが魅力的だったということだ。俺は見事に物語の面白さに陥落した。

 ……どうだろう。

 陥落したのは、自力で本を読み切ったときかもしれない。けれど、そのきっかけは間違いなく読み聞かせをしていた穂架さんだった。

 絵本の面白さに釣られた俺は、穂架さんに面白い本を聞いたのだ。そして、本棚へ連れて行かれた。

 好きなものを選んでしまえばいい、と。

 今にして思えば、雑な案内ではあっただろう。けれど、当時の俺は財宝を前にしたように興奮した。本棚に並んだ表紙は、どれもこれも輝いていたのだ。そして、いくつかの絵本を選んで、母さんに本を借りてもらった。

 それは結局、母さんと一緒に読んだ。もしかすると、自力で読めていたかもしれない。けれど、俺はまだ五歳で、自力という感覚がなかったように思う。それでも、真新しいことは面白かった。

 それから、俺は図書館に通うようになって、穂架さんに教えてもらいながら物語に触れるようになった。めくるめく想像の世界に。

 耽溺する文字の世界は、俺の友だちになった。離れられない。唯一無二と呼んでもいいほどに、俺のそばにいてくれる。手放すことのできない愛しい存在だ。

 五歳で出会ったときから、年月を重ねるごとに深く深く。俺は物語というものに耽溺していた。

 俺は物語を愛している。

 そして、そのきっかけを運んできた穂架さんを。

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