第2話 扉
湊斗は早速月島邸へと向かった。そして、今回は静乃を説得するのではなく、恵子に話を聞くことにした。
「趣味?」
「はい。静乃さんはあの部屋で一体何をしているのかと気になりまして」
「んー」
恵子はその言葉にしばらく考えた。そして、出した結論は──
「分からないわ」
「えっ」
「でも、よく『ガーン』とか『ガガガ』みたいな音が聞こえてくるから、何か銃を使うゲームをしているんじゃない?」
「銃を使うゲーム……」
湊斗は困った。いつもゲームをしない彼は思い当たる節がなかったのだ。
とりあえず、今日のところはそのまま解散することになり、すぐに帰宅した。
「──というわけなんだ」
「そりゃあFPSかTPSだよ」
「……FPS?」
湊斗はアルファベットの羅列に疑問を呈した。
恵子の言葉に困った湊斗は、親友の拓人に電話をしたのだ。そして、出された答えが先ほどの。
「それはどういうゲームなんだ?」
「銃で人を倒すゲーム」
「……随分と残虐なゲームをしているんだな」
「そんなもんじゃね?」
少なくとも拓人はゲームへの理解が一定程度あるらしい。ひとまずはその線で捜査するとしよう。
「つっても、どうするんだ? 趣味がわかった程度じゃ、やりようがないだろ」
「今日女子達が教えてくれた。趣味を共有しろと。だから──」
「おいおい、そりゃ無理だろ。お前にゲームの才能なんかねえって」
そうなのだ。以前、拓人とゲームセンターに行った時、湊斗は類稀なる才能のなさを発揮していた。
シューティングゲームをやれば弾は外れ、リズムゲームをやればタイミングを見失い、クレーンゲームに至っては五千円投下して結局収穫はゼロだった。
まさにアナログ人間の篠宮湊斗。だからこそ、拓人は止めたのだが……
「いいや、心配するな。僕はやって見せる」
「……そうかよ」
拓人が電話越しに笑った気がした。
「まあ、頑張れよ。応援してる」
「ありがとう。それじゃ」
電話を切る。こうして、湊斗のTPS修行が始まった。
◇
「……まず、どれを遊べばいいんだ?」
湊斗は翌日の晩、父親から貰ったはいいもののほとんど使ってこなかった埃被りのノートPCを掘り起こしてきて、適当に『FPS ゲーム おすすめ』と検索をかけた。
すると『おすすめゲーム90選』やら『絶対にハマるFPSゲームランキング1位〜100位』など全く絞られていないオススメが出てくる。それに頭を悩ませた。
「……まあ、適当に選べばいいだろう」
その中にあった『GALORANT』をインストールすることにする。
まず目を見張ったのはソフトの容量だ。全体で50GBもあり、PCのゲームはこんなにも容量を食うのかと目を回した。
次にややこしい設定。ソフトを解凍したらそのまま遊べるのではなく、インストーラーを使って本体をインストールしなければならないらしい。
そして、ようやく起動。ここまでに三十分をかけてしまっている。湊斗の生活ルーティンからしてもうすぐ風呂の時間なので早く触りたいところである。
チュートリアルを済ませて、とりあえず戦えそうなモードを選択する。すると、何やらキャラクターを選択する画面が出てきた。
「……全部のキャラは選べないのか?」
とりあえず、カッコ良さそうなキャラを選択する。そして、ゲームが始まった。
「え」
ゲームが開始してしばらく、彼はすぐに倒されてしまった。
接敵してものの数秒、その短い間に彼はダウンしたのだ。その光景に湊斗は固まる。
「……やはり、僕はゲームの才能がないのか?」
◇
それからしばらくは湊斗が静乃の前に現れることはなかった。彼女は一時の安寧を手に入れ、平穏なゲームライフを謳歌していた。
すると、インターホンが鳴る。びくりとすると、彼女は耳を澄ました。
母の声が聞こえてくる。そして、慣れたあの声も。また来たのか。静乃は身構える。
階段を上がってくる音がする。静乃は息を潜めた。しかし、声はしない。いつものノックも今日は響かない。
もしや、諦めたのか? そう思い、ドアに耳を当てると。
「FPSというゲームをやってみたんだ」
何やらいきなり語りかけてくる。何だこいつは。
けれど、静乃はその言葉を無視できなかった。
「やってみたんだが、ゲームがてんで苦手で、何度も何度も倒されるんだ。僕は倒せないのに」
当たり前だ。初心者がいきなり始めたって、すぐに倒せるようになるものでもない。言い草からしてPCのガンシューティングだろう。
「最近になってスキル? を使えるようになったんだが、使い方が駄目らしくてな。「noob」と言われた時には凹んでしまった」
「…………」
静乃は静かに聴いていた。彼の話に何故か惹かれてしまった。
「だけど、やってみて、楽しかったんだ。全然勝てやしない。倒せもしない。それでも、楽しかった」
「…………」
「多分、君もそんな気持ちなんだろう? だから、嫌な現実から目を背けて、ゲームに没頭した……それはきっと悪いことではないんだろう」
何だこいつ。いきなり上から目線で、分かった口を聞いて。
でも、その通りだった。それ以外の何ものでもなかった。
「悪かった。無理矢理連れ出すような真似をして。これ以後一切ここには来ない。先生にも説明しておく。それじゃ──」
「っ」
それは思わずだったのかもしれない。勝手に体が動いたともいうのだろう。だが、それで良かった。それが最善だった。
彼女はその扉を開けた。
◇
そこに現れたのは美少女だった。
整った造形、艶のある長い黒髪、枝毛はあるがサラサラとしていて目を奪われる。胸は控えめだが、それだけに膨らみによる影が奥ゆかしく、安産型のお尻はプリっと魅力的だ。
白雪の積もったような肌を持つ彼女は、パーカーにジャージの短パンという姿で現れた。部屋の中から真冬のような冷気が立ち込める。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの」
「どうした」
「ひっ……あの、入って」
扉を開けて案内される。湊斗はあまりの寒さに腕を抱えながら部屋に入る。
物が雑多に置かれた場所だ。フィギュアやアニメらしきポスター、プラモデルなどが立ち並んでいる。
そして、静乃はデスクに置いてあったヘッドホンを被るとゲームを再開する。
これはもしかしなくてもゲーム画面を見ろということだろうか。湊斗が横から覗いてみると、そこには──
「うわっ」
ばったばったと敵を撃ち倒していく静乃の姿があった。
「エリア2、敵1、誰か頼む」
静乃が何かを喋っている。ここは邪魔しないように見ておこう。
それからも静乃は多くの試合で勝利を収め、三十分後にヘッドホンを外した。
彼女は気まずそうに湊斗の方に振り向く。独りよがりなことをしてしまったと彼女なりに反省していた。しかし──
「凄いなっ!」
「え」
「凄かった。僕とは段違いだ! 良ければテクニックなどを教えて欲しい!」
「……いいよ」
それは杞憂だった。
静乃が不可侵であるはずの自分の牙城を明け渡すと、湊斗は彼女のアカウントでプレイする。
当然惨敗するが、それを見て静乃は考え込む。
「……ん〜」
「……遠慮なく言ってくれていいぞ。自分でも下手なのは分かっている」
「そうじゃなくて、まずは立ち回りから学んだほうがいいかも」
「立ち回り?」
「うん」
それから静乃は手取り足取り教えていく。
「ここはこの位置から撃つのが強いから、敵がこっちにいそうなときは芋って」
「芋る?」
「ガン待ちってこと」
「了解した」
途中で静乃が実際にプレイして見せ、その度に湊斗は賞賛する。
「凄いな、君は。本当に」
「……そっかな」
「ああ、凄く」
「…………」
楽しい時間はすぐに過ぎていく。そろそろ帰宅の時間となった。
「それじゃあ、僕はこれで」
「あっ……あの」
「何だ?」
真面目な湊斗は真っ直ぐ静乃を見る。目を合わせられない彼女は俯いていた。
「……また、来れる?」
「勿論だ」
こうして二人は友人になった。
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