第3話 激重感情

 天音陽葵は人気者だった・・・

 

 類稀なる美貌、生来のブロンドにFカップの胸元。男女両方から人気があり、明るく社交的な彼女はクラスの中心に自然となった。

 

 仮に彼女がラブコメのヒロインなら、これ以上の適役はいないだろう。

 

 しかし、問題があるとすれば。

 

「陽葵さん、おはよう」

「あっ、湊斗くん。おはよ!」

 

 ──彼女が今ぼっちだと言うことだろうか。


 話は少し前に遡る。

 

 二年生に上がり、クラスが再びシャッフルされた教室では、すでに彼女が話題の中心にいた。

 

 最初の頃は良かったのだが、徐々にボロが出始める。

 

 彼女は快活すぎたのだ。

 

 明るすぎて、お喋りすぎて、呑気で、お気楽で、楽観的で、そんな彼女にみんなついていけなくなった。

 

 次第に彼女の周りからは人が減り始め、減り、減り、減り、最終的に誰もいなくなってしまった。

 

 よしんば、彼女がそれを危機に覚えれば問題はなかったのかもしれない。しかし、彼女はそうじゃなかった。持ち前の明るさから、一人になっても苦痛と思わなかったのだ。

 

 一年生の時は何人か友達がいたという。しかし、今回の場合相性が悪かった。彼女と友達になろうという人はおらず、最終的にぼっちになってしまったというわけだ。

 

 しかし、本人が困っていないのであれば問題ないのではないか?

 

 否だ。困っていようといまいと、今の状況は彼女にとって不健全だ。学級委員長として見過ごすわけにはいかない。

 

 そんなわけで僕は度々彼女とコミュニケーションを取ろうとしている。

 

「ねえ、湊斗くん」

「なんだ?」

「最近さ、すぐに放課後いなくなるよね」

「ああ、そうだな」

「……また、静乃さんのとこ?」

 

 彼女は上目遣いで、一抹の不安を滲ませた顔で聞いてきた。

 

「そうなるな」

「……変だよ。放課後に毎日行かないといけないなんて」

「そうか?」

「そうだよ!」

 

 陽葵は珍しく身を乗り出して感情を露わにする。

 

「そうか」

「……ねえ、今日の放課後さ。一緒に駅前に行かない?」

「…………」

「いっぱい楽しいことがあると思うの。だから……」

「……分かった」

「え」

「確かに、毎日拘束されると言うのは不健全だ。なるほど、盲点だった。謝罪しよう」

「あっ、えっと、そうじゃなくて」

 

 ふるふると彼女は手を振る。

 

「……駄目って言われるかと思った」

「何故だ?」

「だって、湊斗くん、真面目だから」

「……そうか」

 

 ◇

 

「それじゃ、どこ行こっか?」

 

 学校から駅前まで一緒に移動すると、陽葵は楽しそうな笑みを浮かべて振り向く。

 

「そうだな、カラオケとかか?」

「え、いきなり?」

「問題があるのか?」

「あるわけじゃないけど……ほら、普通はカフェとか最初に行ってさ」

「じゃあ、そうしよう」

「……うん」

 

 ◇

 

「ここのパンケーキは凄いな」

「でしょ?」

 

 陽葵はニコニコと湊斗が食べる姿を眺める。自分のパンケーキにはまだ一口も手をつけていない。

 

「ふわふわでとろとろ、それでいてしつこくない……うん、極上だ」

「えへへ、そっか。来て良かったね」

「ああ」

 

 それから二人は多くの場所を巡った。ショッピングモール、映画、カラオケ。

 

 すると、時が経つのは早いもので空も茜色に染まっていく。

 

「それじゃあ、解散だな」

「…………」

「……送っていこう」

「え」

「何かあると危険だからな。送る」

「いいよ! そんな、全然!」

「駄目だ。学級委員長としてそれは見過ごせない」

「……そっか」

 

 彼女の顔はどこか落胆した様子だった。

 

「それじゃあね」

「ああ」

 

 辿り着いたのは路地のような通りにあるボロついた一軒家。月島邸とは大違いの場所だ。こんな場所に彼女が住んでいたとは到底信じられない。

 

「……こんなこともあるもんだな」

 

 湊斗はすぐに帰宅する。

 

 ◇

 

 翌日、湊斗は静乃の部屋を訪れた。ノックしてドアを開ける。

 

「入るぞ」

 

 静乃はいつも通りゲームをしていた。彼女が終わるまで、いつもの定位置で立っている。

 

 すると、試合が終わって画面もロビーに戻っているのに、一向に静乃は振り向こうとしなかった。

 

 流石におかしいと思い、彼女の顔を覗こうとすると。

 

「どこ、行ってたの」

「え?」

「昨日、どこ行ってたの」

 

 ここで、湊斗はしまったと思った。

 

 そういえば、昨日は行けないことを伝え忘れていた。しかし、恵子と番号も交換していなかったので、連絡する手段もなかっただろう。

 

 申し訳ないと伝えようとしたところで、手を人差し指と親指でつままれる。

 

「どっかに、行かないで」

「…………」

 

 その時、インターホンが鳴る。

 

 彼女たちが振り向くと、恵子の声が聞こえる。もう一人は──女子の声だ。


 湊斗はその声に聞き覚えがあった。

 

 とんとん、と奥ゆかしく階段が鳴る。そして、そこに現れたのは。

 

「湊斗くん」

 

 どろどろとした目をした、天音陽葵だった。

 

「湊斗くん、今日も遊ぼ?」

「……湊斗、この女、誰?」

「いや、あのだな」

 

 湊斗は静乃の方を振り返る。彼女の濡れ羽色の目も、今や深淵を覗くようになっている。

 

 湊斗は初めて焦りを覚えた。何となくだが、嫌な予感がする。

 

「湊斗くん」

「湊斗」

 

 二人の甘い声が耳元から聞こえる。逃げ場は、ない。

 

「「私たちの、どっちを取るの?」」

 

「いや、それは……」

 

 これは愛の物語。

 

 コミュニケーションに難を抱えた人たちの現代ドラマ。

 



 コミュ難な私達でも愛してくれますか? 了

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コミュ障の美少女二人を救ってみたら彼女達から激重感情を向けられるようになったんだが 〜コミュ難な私達でも愛してくれますか〜 どうも勇者です @kazu00009999

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