第5章 新たなアイドルの形③

5.3 周囲の支え

5.3.1 家族の支え


記者会見が終わり、外の喧騒から逃れるようにして家に帰ると、玄関の扉を開けた瞬間、ふわっと温かい匂いが鼻をくすぐった。

――あ、シチューだ。


ほっとする。


今日一日、緊張しっぱなしだった身体が、じわっとほどけていくのがわかる。


「ただいま……」


靴を脱ぎながらそう呟くと、リビングの方からバタバタと足音が聞こえてきた。


「星華、おかえり。よく頑張ったな」

お父さんが、普段と変わらない穏やかな口調で迎えてくれる。

その顔は優しく、どこか誇らしげだった。



「大変だったね。でも、あなたの味方だから」

お母さんは、いつものように明るく笑ってくれる。その目は心なしか少し赤い。

もしかして、記者会見を見て泣いたのかもしれない。



「これからも堂々としてなよ、妹! ……いや、弟? どっちでもいっか」

お姉ちゃんは、腕を組みながらニヤリと笑っている。

たぶん、私のことをからかう気満々だ。



「もう、お姉ちゃん……」


「いいじゃん、だってさー、今日の会見、めちゃくちゃかっこよかったよ? あれ見たら、もうどっちでもいいやって思った」


「……ありがと」


気取らない言葉なのに、胸の奥がじんと温かくなる。


そうだ。

どれだけ世間にいろんなことを言われても、どれだけ戸惑われても、ここには変わらず私を受け入れてくれる家族がいる。


私は 神田星華 であり、神田星弥 でもある。

どっちであっても、私は私で。

そして、この家が私の帰る場所なんだ――。


「さ、ごはんにしましょ!」


お母さんの明るい声が響き、テーブルには湯気の立つシチューが並べられる。


「シチュー? 今日、特別な日だから?」


「んー? まあ、そうね。でも本当は、星華が好きだから作っただけ」


「……そういうのが、一番うれしい」


私は椅子に座り、スプーンを手に取った。

一口すくって、口の中に広がる温かさに、心までぽかぽかしてくる。


外の世界はまだ騒がしいかもしれない。

でも、ここでは何も変わらない。


「いただきます」


私の言葉に、家族みんなが「いただきます」と続いた。





5.3.2 親友たちの反応


「えっ、嘘でしょ……?」


結菜は、スマホの画面を食い入るように見つめた。

ニュースサイトには、「NOVA STELLA・神田星弥、実は女性だった!」という見出しが踊っている。


「マジ……? これ、本当に星華なの……?」

茉璃も自宅で動画を再生しながら絶句していた。

会見で星弥――いや、星華がまっすぐ前を向いて話している。


「私は、神田星華です」


その声も、表情も、間違いなく星華だった。


「ちょ、ちょっと待って……」

彩葉は、手が震えながらスマホを握りしめる。

「だって、星華は……いなくなったんじゃ……?」


結菜は慌ててグループ通話を開き、二人を呼び出した。

「ちょっと、これは整理しないとやばいって!」


***


翌朝。


学校の昇降口を抜けた瞬間、私はガシッと腕を掴まれた。

「――星華!!」


振り返ると、結菜、彩葉、茉璃の三人が真剣な表情で立っていた。


「えっ……」

驚く私をよそに、結菜がぐっと顔を寄せてくる。

「本当に、星華なの!?」


「……うん」


その言葉に、三人が大きく息をのんだ。


「マジか……本当に星華だったんだ……」

茉璃はポリポリと頭をかきながら、複雑そうな顔をする。

「まあ、なんとなくそんな気はしてたけど……」


「でも、元気そうでよかった……」

彩葉が安堵したように微笑む。


「いや、ちょっと待って!」

結菜が勢いよく手を振る。

「どうして私たちに言ってくれなかったの!? 星華が男としてアイドルになってたなんて、知らなかったんだよ!?」


「それは……」


私は俯きながら、小さく息をつく。

「言おうか迷ったけど……怖かったんだ」


「怖かった?」


「うん。こんなこと、普通じゃないし……もし嫌われたらどうしようって思った」


「バカだなぁ……」

茉璃が苦笑する。

「そんなことで、私たちが離れるわけないじゃん」


「そうだよ!」

結菜がまっすぐに私を見る。

「私たち親友でしょ? それは変わんないよ」


「うん。これからも、星華らしくいてね」

彩葉も微笑んだ。


「まあ、星華が元気ならいいや!」

茉璃が軽く肩を叩く。


私は、胸がいっぱいになった。

この三人は、何も変わらない。


「……ありがとう」


目尻に少しだけ涙がにじんだ気がした。





5.3.3 男友達の反応


教室に入ると、私の元に、竜喜、隼人、和真の3人が勢いよく駆け寄ってきた。


「おいおいマジかよ!」

竜喜が開口一番に叫ぶ。


「いや、なんか騒がれてるなとは思ったけどさ……まさかお前、本当に女の子だったのかよ!」


「星弥っていうか、星華……だよな?」

和真が驚き混じりに確認すると、星華は小さく頷いた。


「うん、ごめん。ずっと隠してて……」


竜喜は両手を頭の後ろで組み、盛大に息を吐いた。

「いや、まあびっくりはしたけどよ。そういやお前、たまに妙に可愛かったもんな!」


和真も大きく頷く。

「そうそう! 俺、最初からなんか違和感あったんだよ! 仕草とか、声とか……てか、お前、男子になりたくてそうしてたわけじゃないよな?」


「うん、気づいたら男になってて……で、そっちの方が上手くいっちゃったから、つい……」


私が苦笑すると、今まで黙っていた隼人が、腕を組んでぼそりと呟いた。

「……まあ、最初から何かあるとは思ってた」


「えっ、マジで?」

私が驚くと、隼人は静かに目を細めた。


「お前、体育のとき動きがぎこちなかったり、言葉の選び方が妙に慎重だったり……でもまあ、性別がどうとかより、お前はお前だろ」


竜喜も頷く。

「だな! てか、俺ら結構雑に接してたけど、大丈夫だったか?」


「むしろ、それが嬉しかったよ」

私は少し照れくさくて微笑んだ。


「だったらいいんだけどよ!」

竜喜が豪快に笑い、和真も拳を突き出してきた。


「これからも一緒にバカやろうぜ、星華!」


「おう、性別とか関係ねえしな!」

竜喜も拳を突き出す。


「……ま、変わらずよろしく」

隼人も軽く拳を重ねた。


私も笑顔で彼らの拳に自分の拳を重ねた。


「うん、これからもよろしく!」


こうして、私は「男友達」として築いた関係をそのまま続けられることに、心の底から安堵するのだった。



5.3.4 メンバーの発信


記者会見から数日が経ち、SNS上の議論はますます白熱していた。

擁護派と批判派がぶつかり合い、各種ハッシュタグがトレンド入りする中、NOVA STELLAのメンバーたちはそれぞれの言葉で自分たちの想いを発信した。


大宮海翔の発信

最初に沈黙を破ったのは、グループのリーダー・大宮海翔だった。


彼は自身のInstagramストーリーに、黒い背景に白文字でシンプルなメッセージを投稿した。


「俺たちNOVA STELLAは、何も変わらない。

これからも、最高のパフォーマンスを届けるだけ。」


短い言葉だったが、力強さを感じさせるメッセージだった。


リーダーとしての立場を明確にし、グループの結束を示すこの投稿は、瞬く間に拡散された。


「海翔くんの言葉、シンプルだけどかっこいい!」

「NOVA STELLAについてきていいんだって思えた……ありがとう」

「ぶっちゃけ騒動のことはまだ整理できてないけど、この言葉を信じたい」


ファンの間でも、彼の言葉に勇気をもらう者が多かった。


柳沢昴の発信


続いて、グループのムードメーカー・柳沢昴がXを更新した。


「いやー、びっくりしたよね? でもさ、星弥がどんな姿でも、あいつの歌もダンスも、努力も変わらないんだよね。みんな、今まで通り応援してくれたら嬉しいな! 俺は全力で推すよ!! #星弥を応援 #NOVA_STELLA」


彼らしい、明るく前向きな投稿だった。


「昴くんのこの言い方、ホントに救われる」

「そうだよね、結局星弥くんのパフォーマンスが大好きだから応援する!!」

「このハッシュタグ広めよう!」


昴のツイートは、特に擁護派のファンたちの間で拡散され、#星弥を応援 のハッシュタグが急上昇した。


藤枝湊の発信


最後に、グループの寡黙なダンサー・藤枝湊がInstagramを更新した。


彼が投稿したのは、一枚の写真。

そこには、練習スタジオの鏡に映るNOVA STELLAの4人の後ろ姿があった。


キャプションは、たった一言。


「We are NOVA STELLA.」


余計な言葉はなく、ただ静かにグループの団結を示したこの投稿は、多くのファンの心を打った。


「泣いた……シンプルだけど、すごく響く」

「NOVA STELLAは4人でNOVA STELLAなんだよね」

「湊くんらしいメッセージでグッときた……」


彼の投稿は「言葉より行動で示す」という彼のスタイルを象徴していた。


こうして、それぞれのメンバーが発信した言葉は、ファンの間に新たな波を生んだ。


「まだ混乱してるけど、メンバーがこう言ってくれるなら信じたい」

「これからもNOVA STELLAを応援する!」

「4人の覚悟が伝わってきた……」


もちろん、批判の声が完全になくなることはなかった。

しかし、メンバーたちの言葉によって、「これからもNOVA STELLAを支えたい」というファンの声が確実に増えていった。


嵐のような数日が過ぎ、NOVA STELLAは新たな一歩を踏み出そうとしていた。

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