第5章 新たなアイドルの形②
5.2 決意の会見
5.2.1 ファンからの疑惑の広がり
ステージに立つたびに、息が詰まるような感覚が増えていく。
ダンスの振りは今まで通りこなしているつもりだった。
でも、前みたいに大きく動けない。
どうしても体のキレが落ちてしまっているし、力強さも足りない。
「NOVA STELLA、最高ーっ!」
客席からの歓声に応えながら、笑顔を作る。
けど、内心は焦りでいっぱいだった。
(前はもっと動けたはずなのに……)
女の体に戻ってから、もう数週間が経つ。
最初は何とか誤魔化せると思っていた。
でも、ファンの中には敏感な人もいる。
——最近の星弥、なんか違くない?
——前より華奢になった?
——声が少し高くなってる気がするんだけど……
そんな書き込みが、SNSで増えてきた。
「……っ」
ライブ終わりの楽屋で、スマホを握る手に力が入る。
検索してはいけないと思いつつ、つい自分の名前をエゴサしてしまう。
「もしかして、本当に女なんじゃ……?」
その文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。
「星弥、着替え終わった?」
声をかけてきたのは昴だった。
私は慌ててスマホの画面を閉じる。
「う、うん! もうすぐ行く!」
「OK、海翔が集合って言ってたから、ロビーでな」
昴が楽屋を出ると、私は深く息を吐いた。
(大丈夫、まだバレたわけじゃない……)
でも、このままじゃ時間の問題だ。
メンバーが集まると、海翔が開口一番に言った。
「星弥、このまま隠し続けるのは限界かもしれないな」
その言葉に、私はビクッとする。
「……っ」
「SNSで騒がれ始めてる。声の変化、体格の変化、ステージ上での違和感……いろんな角度から疑われてる」
昴が真剣な顔で続けた。
「でも、正直に話すのって怖くない?」
私はギュッと拳を握る。
怖い。
もちろん怖い。
もしバレたら、ファンはどう思うんだろう?
私が騙してたって思う?
それとも、受け入れてくれる?
でも——
「……でも、俺は嘘をつき続けるのが一番怖いかもしれない…」
そう呟くと、海翔と昴がじっと私を見つめた。
「覚悟は決まってるんだな」
海翔の低い声が、私の胸に響く。私は小さく頷いた。
「わからない…」
でも、もう逃げられない。
私のアイドル人生は、ここからが本当の勝負なのかもしれない。
5.2.2 事務所での相談
事務所の会議室は静まり返っていた。
私は、覚悟を決めていた。
有本さんがテーブルの向かい側で腕を組み、じっと俺を見ている。
その鋭い視線を正面から受け止めると、自然と背筋が伸びた。
「……で、結論は出たのか?」
低く、落ち着いた声が室内に響く。
俺は一度、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
そして――
「はい。俺は……やっぱり女であることを公表したいです。」
声が震えないように気をつけた。
でも、手は少しだけ強く握りしめていた。
「……そうか」
有本さんは、目を細める。
「一度は隠し通そうとしました。でも、無理でした。どれだけ頑張っても、どこかでバレるし……何より、ずっと嘘をつき続けるなんて、できない」
そう。―――
私はファンの前では「星弥」として、男として生きていた。
でも、それが苦しいわけじゃなかった。
ただ、ずっと「本当の自分」を偽り続けるのは違うと思った。
(どんな反応をされても、私はステージに立ち続けたい)
それが、私の決意。
有本さんは、しばらく黙っていた。
「リスクは大きいぞ」
「わかってます」
「事務所としても慎重にならざるを得ない」
「それでも、俺は活動を続けたいし、ファンを騙し続けるわけにはいかない」
そう言った瞬間、有本さんの表情が変わった。
「……お前、本気だな」
私は、ただ黙って頷いた。
有本さんは、小さく息をついて、スマホを取り出した。
「社長に話を通す。ちょっと待ってろ」
***
30分後、私たちは事務所の社長室にいた。
鳴海さんが、興味深そうに私を見つめる。
「なるほどねぇ……お前、そんな面白いこと考えてたのか」
その口調は軽かったけど、目の奥は鋭く光っていた。
「このまま男としてアイドルを続けることもできる。でも、それじゃダメなんです」
「なぜ?」
「ファンを騙すことになるし、それに……俺は、本当の自分でアイドルを続けたいんです」
鳴海さんは「ほう」と小さく笑った。
「新しいアイドルのあり方を示せるかもしれないな」
そう言って、軽く指を鳴らした。
「面白い。その話、乗った」
私の胸が熱くなるのを感じた。
「事務所として会見を開くぞ。全てを明らかにするんだ」
社長室を出た瞬間、待っていたメンバーたちが駆け寄ってきた。
「……決まった?」
海翔が、私の目を覗き込む。
「うん、記者会見を開くことになった」
一瞬の沈黙。
そして――
「俺たちは何も変わらない」
海翔が静かに、でも力強く言った。
「どんな形でも、星弥は星弥だろ?」
昴が笑いながら肩を叩く。
湊は、無言で頷いた。
その瞬間、私の目に涙が浮かびそうになった。
「……ありがとう」
そう呟いた声は、少しだけ震えていた。
5.2.2 記者会見 – 真実の告白
事務所の会議室が記者会見用につくりかえられ、きれいに並べられた机の真ん中に私は座っていた。
会場には大勢の記者が詰めかけ、カメラのフラッシュが絶え間なく光る。
空気は張り詰め、誰もが固唾をのんで俺の言葉を待っていた。
右隣には鳴海さんと有本さん、左隣には海翔、昴、湊の三人。
彼らが、隣にいてくれることで、なんとか平静を保てている気がする。
(……大丈夫。私は私のまま、話せばいい)
深呼吸を一つ。握りしめたマイクが、少しだけ震えているのが分かった。
でも、怖くない。
顔を上げ、真正面を見据えて、私はゆっくりと口を開いた。
「今日は、お集まりいただきありがとうございます」
マイク越しに響く自分の声が、やけにクリアに聞こえる。
「俺は……神田星弥です。『NOVA STELLA』のメンバーとして、今まで活動してきました」
場内が静まり返る。
記者たちは皆、一言も聞き逃さないようにと、俺を見つめている。
「そして、今日は……ある大切なことをお話ししなければなりません」
息を吸う。手の震えが止まった。
「俺は……もともと、女性でした」
一瞬。
本当に一瞬だけ、沈黙が落ちた。
そして次の瞬間、会場が騒然とする。
「……何だって!?」
「どういうことだ!?」
「冗談じゃないのか?」
記者たちの声が飛び交い、フラッシュの光が一斉に強まる。
会場が揺れるような錯覚に陥るほど、ざわめきが広がるのを感じた。
俺は一歩も引かず、まっすぐに続ける。
「普通の女子中学生として生活していたある日突然、俺の体は男性になりました。そして、男性としてスカウトされ、オーディションに合格し、神田星弥としてアイドルになり、活動を続けてきました」
信じられない、といった表情の記者たち。
誰もが戸惑い、疑念を浮かべているのが分かる。
だけど、それを乗り越えるために、私はここにいる。
「そのときまでは、紛れもない男性でした。」
「しかし、またある日突然、女性の姿に戻りました」
再び、どよめきが広がる。
「……そんなこと、あり得るのか?」
「本当に?」
疑問の声が飛び交う。
私は一つ頷いて、さらに言葉を重ねる。
「信じられない話だと思います。でも、これは紛れもない事実です。そして……俺は、俺のままでいたい」
胸の内にある思いを、そのまま口にする。
「俺は、男として、神田星弥として、アイドルになりました。でも、性別がどうであれ、俺は『NOVA STELLA』の神田星弥です」
記者たちの視線が私に集中する。
誰もが次の言葉を待っている。
「これからも、俺は歌い続けます。アイドルとして、神田星弥として、この場所に立ち続けたい」
静寂が訪れた。
まるで、会場全体が息を止めたかのような空気。
しかし、次の瞬間、記者たちが一斉に手を挙げ、質問が飛び交い始めた。
「その話、本当に事実なんですか?何かのプロモーションでは?」
「事務所はいつから知っていたんですか?」
「ファンに対する裏切りではないんですか?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問。
私は、真正面からそれを受け止める。
「嘘ではありません。俺自身が、一番驚いています。でも、俺はずっと真剣にアイドルをやってきました」
「事務所は最近になって事実を知りました。でも、彼らは俺の決断を尊重し、こうして発表の場を用意してくれました」
「ファンの皆さんを騙すつもりはありませんでした。俺は、本気でこの活動に向き合ってきた。それは、何も変わりません」
記者たちの表情は、懐疑的なもの、不信感を抱くもの、興味を持つもの、様々だった。
でも、私の声は届いている。
ふと、隣を見ると、海翔がじっとこちらを見つめていた。
昴は口を開こうとして、何かを言いかける。
湊は無言のまま、静かに頷いてくれた。
その時。
「SNSではすでに『神田星弥は女性ではないか』という噂が広がっていましたが、それについてはどう思っていますか?」
一人の記者が尋ねた。
私は、少しだけ笑みを浮かべた。
「気づいてる人も、いたかもしれませんね」
会場が再びざわつく。
「でも、俺は『男か女か』ではなく、『神田星弥』として見てもらいたかった。だからこそ、ここまでやってきました」
「これからも、俺は俺のまま、アイドルを続けます」
強い視線で、記者たちを見渡す。
「性別がどうであれ、俺はステージに立ちたい」
誰かが、息をのむ音が聞こえた。
「それが、俺の答えです」
記者たちは、言葉を失ったように私を見つめていた。
そして、会場は再び、激しいフラッシュの光に包まれた。
5.2.3 ファンの反応
記者会見が終わると、すぐにSNS上で「神田星弥」の名前がトレンド入りした。
TwitterやInstagram、TikTokなど、各種SNSではファンや世間の人々が様々な意見を発信し、ハッシュタグが乱立していた。
#神田星弥
#星弥を応援
#星弥は嘘つき
#神田星弥は女
#NOVA STELLA
驚き、怒り、擁護、困惑――
感情の入り混じる投稿が次々と拡散されていく。
「嘘でしょ……? 星弥くん、女の子だったの?」
「記者会見見たけど、全然信じられない! そんなことってあり得るの?」
「でも、今までの努力は本物じゃん。性別とか関係なく、星弥は星弥でしょ」
「いや、でもやっぱり騙されてたって思うとキツい……」
「NOVA STELLAのメンバーは知ってたのかな? それとも本当に最近知ったの?」
一方で、熱心なファンたちは星弥を擁護する声をあげていた。
「星弥が何者だろうと、歌もダンスもパフォーマンスも変わらない! これからも応援する!」
「大事なのは性別じゃない。彼の音楽やステージへの想いを信じたい」
「#星弥を応援 でトレンド埋め尽くそう!」
しかし、厳しい批判の声も少なくなかった。
「騙された気分。ずっと『男のアイドル』だと思ってたのに……」
「最初から知ってたら応援してなかったかも」
「結局、事務所もグルだったんじゃないの?」
あるユーザーが、星弥のデビュー時からの写真を並べ、「よく見たら女っぽさがある」と指摘した投稿が拡散され、それを受けた新たな議論も巻き起こった。
「言われてみれば確かに顔立ちが中性的すぎるかも……?」
「でも、それを言い出したら他の中性的な男性アイドルだっているよね?」
「最初から違和感あった人いる?」
ファンコミュニティでも意見は割れた。
擁護派のファンと批判派のファンの間で言い争いが起こり、コメント欄やスレッドが荒れる場面も見られた。
YouTubeでは記者会見の映像が切り抜かれ、多くの配信者がリアクション動画を投稿。
「これってあり? なし?」「NOVA STELLAの未来は?」といったテーマで議論が展開された。
また、TikTokでは「#神田星弥は女」を使ったパロディ動画が流行。
星弥の過去の映像に「実はこういう伏線だった?」とコメントをつけた動画や、記者会見のシーンを再現するコントが人気を集めた。
一方で、同じグループのメンバーである海翔、昴、湊のSNSにも多くのコメントが寄せられた。
「リーダーとして、海翔くんはどう思ってるの?」
「昴くん、前から気づいてたの?」
「湊くんは何も言わないの?」
メンバーたちはしばらく沈黙を守ったが、後にそれぞれの思いをSNSで発信することとなる。
騒動の余波はまだまだ続きそうだった。
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