第5章 新たなアイドルの形④
5.4 新たなステージへ
5.4.1 新たな挑戦
記者会見から数日後、事務所の会議室にメンバー全員が集められた。
「NOVA STELLAの再出発だ」
そう切り出したのは、マネージャーの有本さんだった。
彼の声はいつも通り冷静で、淡々としていたが、その表情にはわずかに熱がこもっているように感じられた。
「これからの方向性として、『性別にとらわれないアイドル』というコンセプトを前面に打ち出していく。これまでのような男性アイドルとしての売り出し方とは変えていくことになる」
その言葉に、私は小さく息を呑んだ。
予想していたこととはいえ、いざ実際にそう宣言されると、改めて現実として突きつけられる気がした。
「具体的には?」 海翔が尋ねる。
「まず、一部の仕事はキャンセルになった」
有本さんは、持っていたタブレットを操作しながら続けた。
「既に決まっていた男性向けブランドのCMは、契約側の意向で白紙になった。ただし、それを補うように、新たなオファーも来ている」
そう言ってスクリーンに映し出されたのは、有名なファッション誌や、ジェンダーレスをテーマにした新規ブランドの広告企画だった。
「今後は、星弥だけじゃなく、グループ全体として『ジェンダーに縛られない表現』を強みにしていく。女性ファンにとってはもちろん、これまで興味を持たなかった層にもアプローチできる可能性がある」
確かに、ここまで話を聞く限りでは、悪いことばかりではなさそうだ。
「とはいえ、リスクもある」
有本さんは、少し間を置いて言った。
「従来の男性アイドルファンの一部は離れる可能性が高い。特に、グループを『理想の男性像』として見ていた層はな」
「……まあ、それは仕方ないよな」 昴が腕を組みながら呟いた。「俺たちがどんな選択をしても、全員に受け入れられるわけじゃないし」
「そういうことだ。ただし、その分、新しい道を切り開くチャンスでもある。鳴海さんも『今までのNOVA STELLAに戻るのではなく、新しいNOVA STELLAを作れ』と言っていた」
「新しい……NOVA STELLA……」私はその言葉をかみしめるように呟いた。
この数ヶ月、私は「男としてアイドルを続ける」ことばかりに必死になっていた。
でも、そうじゃない。性別を隠す必要がなくなった今、私は――
「俺が本当にやりたかったのは、性別関係なく、歌を届けることだった」
思わず口にした言葉に、メンバーたちがこちらを向く。
「うん、それでいいんじゃね?」 昴があっさりと笑った。
「俺たちは結局、やることは変わらないだろ。いい歌を歌って、いいパフォーマンスをして、みんなに届ける。それだけだ」
「……そうだな」 湊も静かに頷く。
「今さら何かを変えるつもりはない」
「俺たちはこのまま突き進むだけ、だな」 海翔も少し口元を緩めた。
そうだ。私はアイドルを続けたい。
男としてじゃなく、女としてじゃなく、「私」として。
「よし、決まりだな」
有本さんが満足そうに頷いた。
「新しい戦略についてはまた後日詳しく詰めるが、まずは今まで通りの活動を続けながら、少しずつ方向性を調整していく」
「わかりました」
私たちは揃って頷いた。
こうして、NOVA STELLAは新たな一歩を踏み出した。
5.4.2 ステージへ
ライブ当日の朝。
楽屋の鏡に映る自分を見つめる。
あの日、女の体に戻ってから初めてのステージ。
「神田星弥」としてアイドルを続けると決めたけど——今日は、もう“隠す”必要はない。
(私は女だ)
そう公表してから初めてのライブ。
会場の熱気が壁越しに伝わってくる。
「……緊張してる?」
隣に立つのは海翔だ。
普段と変わらない落ち着いた声。
「うん。でも……覚悟はできてる」
言葉にした瞬間、自分の中で固まっていた何かが溶けていくのを感じた。
——私は、私のままで、歌い続ける。
昴が肩をポンと叩く。
「大丈夫だって! 星弥は星弥だろ? いつも通りやればいいんだよ!」
「そうそう。俺たちがついてる」
無口な湊も、珍しく少し笑っていた。
「……うん、ありがとう」
私は深呼吸し、イヤモニをつける。
ステージの照明が落ち、歓声が一段と大きくなる。
「行くぞ」
海翔の言葉とともに、私たちはステージへと歩き出した。
スポットライトが眩しい。
目の前には、無数のペンライトと、俺たちを待っていたファンの姿。
「俺たちは——」
「NOVA STELLA!」
掛け声とともに、ステージへと駆け出す。
マイクを握る手に、ほんの少し汗がにじむ。
でも——怖くない。
イントロが流れ始める。
私たちの新曲。
マイクを口元に近づけ、声を響かせる。
最初のフレーズを歌った瞬間、全てが解き放たれるような感覚がした。
私は、私だ。
ただ、神田星弥として、ここにいる。
ずっと応援してくれていたファン、新しく興味を持ってくれた人たち、そして——結菜、彩葉、茉璃。
彼女たちの姿を見つけると、胸がぎゅっと締めつけられる。
私はここにいるよーーーー
私はマイクを口元に寄せ、力強く歌い出した。
5.4.3 未来へと続く道
ライブが終わった瞬間、会場は熱狂の渦に包まれた。
鳴り止まない拍手と歓声の中、星弥は深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じる。
このステージは特別だった。
「神田星弥」はもう“隠す”必要のない存在として、ここに立った。
そしてファンは——どんな形であれ——それを受け止めてくれた。
***
ライブが終わるや否や、SNSは「NOVA STELLA」の話題で持ちきりになった。
#神田星弥
#星弥を応援
#NOVA_STELLA
ハッシュタグが瞬く間にトレンド入りする。
「最高のパフォーマンスだった!」
「神田星弥が何者でも、私にとっては最高の推し!」
「これからも応援するよ!」
そんな声があふれる一方で、賛否は割れていた。
「アイドルなのに嘘をついていたのはどうなんだ?」
「NOVA STELLAのあり方、これでいいの?」
戸惑いや反発の声も、当然あった。
それでも、星弥を支持する声は決して小さくない。
「性別とか関係なく、星弥は星弥でしょ!」
「この新しい形こそ、未来のアイドルなんじゃない?」
やがて、応援の言葉が徐々に広がっていく。
星弥の決意、ステージでの姿、そして「NOVA STELLA」としての音楽——
それらが確かにファンの心を動かしたのだ。
***
楽屋に戻った星弥は、スマホに流れる無数のコメントを眺めながら、小さく笑った。
「これが……私の選んだ道……」
確かに賛否はある。
でも、私はもう迷わない。
このステージを経て、「NOVA STELLA」は新たな形で進んでいく。
その中心に、私はいる。
眩いスポットライトの中、物語は未来へと続くーー。
ボーダーレス・アイドル 瞬遥 @syunyou
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