第1章 突然の変化と新しい生活の始まり④

1.3.3 「“男子”としての試練」


「星弥、今日ヒマ?」

和真が昼休み、私の机に肘をつきながら覗き込んできた。


「え、まあ……特に予定はないけど?」


「じゃあ決まり! 放課後、みんなでファストフード行くぞ!」


「えっ、俺も?」


「俺も、じゃねーよ! もうクラスの一員なんだから、当然だろ?」

後ろで竜喜が笑いながら腕を組んでいる。


「そっすねー、転校生歓迎会ってことで」

隼人もさらっと言う。


「……ま、せっかくだし、行くか!」

正直、男子だけで遊びに行くなんて初めてのことだった。


でも、せっかく誘ってもらったし、断る理由もない。


放課後。近くのファストフード店には、すでに部活帰りらしい男子グループが何組かいて、店内はにぎわっていた。


私たちも適当な席を確保し、それぞれ好きなものを注文した。


「星弥ってさ、意外と食うよな?」

ポテトをつまみながら、和真が私のトレイを見て言う。


「え、そう?」


「うん、だってセットのポテトにナゲットも頼んでんじゃん。結構ガッツリ系じゃね?」


「え?そうかな?」と誤魔化しながら、変に思われたらどうしようと心配になる。


「へぇ〜、意外。クール系かと思いきや、飯はガッツリなんだな!」


「お前、ギャップに弱いもんな」

竜喜が笑いながら、和真の背中を軽く叩いた。


「うるせぇ! でも実際、星弥ってさ……なんか可愛いよな」


「……は?」


思わず口に含んでいたジュースを吹きそうになった。


「いや、顔とか? ほら、クールだけど線が細いし、時々仕草とか女っぽくて可愛いし……って、あれ?」


「おい和真、さすがにそれはないだろ」


「え、でも本当に思わない?」


「……お前、もうちょい言葉選べ」


竜喜と隼人が若干引いた顔で和真を見る。

私はなんとか動揺を隠そうと、ポテトを口に押し込んだ。


(やばい……男子から「可愛い」とか言われるの、想定外すぎる……!)


和真は何も考えてなさそうだけど、私は本当は元々女子だったんだから、そんなことをいわれると余計に焦る。


「ま、まあ、そんなことより、今日の数学の授業ヤバかったよな!」


「お前、話そらすの下手か!」


「別にいいじゃん、そろそろ勉強の話でも……」


「やっぱり星弥、ちょっとおかしいぞ」


「え?」


竜喜がじっと私の顔を覗き込んできた。


「な、何が?」


「いや、お前さ、時々変な間があるっつーか……なんか隠してね?」


心臓が跳ね上がる。


「……え、なにそれ? そんなわけないじゃん」


必死で笑ってごまかそうとするが、竜喜の目は鋭い。


(やばい、こいつ勘が鋭すぎる……!)


「まあ、いっか! どうせそのうちボロ出すだろ」


「おい、俺をなんだと思ってんの!?」


「ははっ、まあ星弥が俺たちに嘘つくわけないしな〜!」


和真が笑って話を流し、なんとかその場は収まった。

でも、竜喜の視線だけは、まだ俺の中の“何か”を探るように感じられて、落ち着かなかった。


***


翌日、最近、女子たちの視線が、妙に熱い気がした。


「ねえ、最近転校してきた神田くんってさ……」


「カッコよくない!? なんかちょっとミステリアスな感じで!」


「それな! めっちゃ落ち着いてるし、歌もうまいし!」


(うわぁ……完全にターゲットにされてる……)


私はできるだけ目立たないように机に伏せようとしたが——


「ねえ、結菜、あんたも気になってんでしょ?」


「え?」


驚いて顔を上げると、そこには幼なじみの結菜がいた。


結菜は私の親友なのに……



「……別に。ただ、星華の親戚だって言うから…。やっぱり気になるんだよね。」


「星華に似てるもんね」


「そうなんだよね。急に星華、いなくなっちゃうし、それに、急に親戚が転校だなんて…」

「てか、星華から親戚の男の子の話なんか聞いたことなかったよね」



私の心臓が、バクバクなっている。


(やばい……このままじゃ、バレる日も近いかも……!?)


次々と迫る「男子としての試練」に、私は必死に耐えながらも、心の中で戦々恐々としていた。




1.3.4「スカウト、そしてアイドルへの道へ」


「星弥、スタイルいいし、モノトーン系も似合うじゃん。これとかどう?」


お姉ちゃんが、黒のジャケットを手に取って私に差し出した。


「うーん、ちょっと大人っぽすぎない?」


私は鏡の前でジャケットを羽織ってみる。

最近、服選びが難しい。


以前の「星華」としての服はもう着られないし、かといって完全に「男子っぽい」服を選ぶのも、まだしっくりこない。


「似合ってるよ。ってか、星弥、ほんとイケメンになったよね。」


お姉ちゃんがしみじみとつぶやく。


「自分でもびっくりだよ。まさか、こんなことになるなんて。」


自分の顔を改めて鏡で見つめる。

目つきは少し鋭くなり、鼻筋も通っている。


中性的な雰囲気があるせいか、街を歩いているとちらほらと視線を感じることが増えた。



「でもさ、こうなったのも何かの運命かもよ?」


お姉ちゃんが私の肩を軽く叩く。


「運命ねぇ…」


そんな会話をしながら、私たちはショッピングモールのエスカレーターを降りた。


そのとき、突然、知らない男性に声をかけられた。


「ちょっと、君。」


「え?」


私は立ち止まり、その男性を見上げる。


年齢は30代くらいだろうか。


ラフなシャツにジーンズ姿で、一見すると普通の人だけど、どこか鋭い眼差しをしていた。


「君、芸能に興味ない? アイドルとかやってみない?」


「……え?」


思わず聞き返す。


「アイドル?」


「そう。君、ルックスもスタイルもいいし、今ちょうど新しいアイドルグループのメンバーを探してるんだ。」


スカウトマンは真剣な表情で続ける。


「君みたいなタイプ、今のアイドル界には少ない。中性的な雰囲気とクールな印象…絶対人気が出ると思うよ。」


「え、いや、でも…」


戸惑う私の横で、お姉ちゃんが興味津々にスカウトマンを見ている。


「え、弟がアイドル? それ、めっちゃおもしろそう!」


「ちょっ、お姉ちゃん!?」


「だって、いいじゃん。せっかく男になったんだから、新しいことに挑戦するのもアリでしょ?」

お姉ちゃんが私に小声で囁く。



私は言葉に詰まった。


確かに、アイドルなんて夢のまた夢だった。

星華だった頃の私は、人前に出るのが苦手で、大勢の視線を浴びるなんて考えただけで震えた。


でも、今なら…?


「男」としてなら、できるかもしれない。


「ちょっと、考えさせてもらってもいいですか?」


私はスカウトマンにそう伝えた。


***


家に帰って、家族に相談すると、案の定、反応はバラバラだった。


「アイドル?」


お父さんは、のんびりと新聞をめくりながら、ぼんやりと聞き返した。


「まあ、人生いろいろあるしな。星華…じゃなくて、星弥がやりたいなら、やってみたらいいんじゃないか?」


「えー!?」


お母さんは、料理の手を止めて驚きつつも、すぐにニコニコと笑った。


「いやぁ、アイドルかぁ! うちの子が芸能界デビューなんて、なんかドラマみたいね!」


「なんでそんなに軽いの!?」


私がツッコむと、お姉ちゃんが答える。

「まあ、うちの家族、こういうノリだからね。」


「それで、星弥はやりたいのか?」

お父さんが改めて尋ねる。


私は少しだけ考えてから、口を開いた。


「……正直、迷ってる。でも、星華だった頃には絶対できなかったことだし、もしかしたら、これが新しい自分の道なのかもって…思い始めてる。」


「ほほう、いいじゃない!」


お母さんがパチンと手を打った。


「挑戦してみなさいよ! 人生一度きりよ!」


「まあ、確かに。やらないで後悔するより、やってみる方がいいかもな。」


お父さんも同意する。


「うちの弟がアイドルかぁ。推すわ!」


お姉ちゃんはスマホを取り出し、すでに推し活モードに入っていた。


こうして、私は「アイドル」という道を真剣に考え始めることになった。


もしかしたら、これはただの気の迷いかもしれない。


でも、心のどこかでワクワクしている自分がいるのを、私は確かに感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る