第1章 突然の変化と新しい生活の始まり③
1.3 男子としての学校デビューと新しい世界
1.3.1 「転校生、神田星弥」
「それじゃあ、新しいクラスメイトを紹介するぞ」
担任の田村先生がそう言うと、教室の空気が一瞬張り詰めた。
私は静かに深呼吸をしてから、教室の中へ足を踏み入れる。
「神田星弥です。よろしくお願いします」
そう言って軽く会釈すると、教室中がざわめいた。
「えっ、なにあのイケメン」
「やば…顔が良すぎん?」
「芸能人? いや、2次元じゃない??」
女子たちのひそひそ話が耳に入る。
男子たちも私のことをじろじろ見ている。
なんなら、前の席の子なんて、口がポカーンと開いているし。
(……そりゃ、びっくりするよね)
だって、私は昨日まで「神田星華」としてここにいたんだから。
同じ学校、同じ制服、同じクラスメイト。
でも、今の私は「神田星弥」という、まったくの別人としてここにいる。
「神田は、この前転校した神田星華の親戚で、最近こっちに引っ越してきたばかりだ。みんな、仲良くしてやってくれよ」
「はーい!」
クラスの何人かが元気よく返事をする。
私は適当に笑みを作りながら、先生の指示で空いている席に向かった。
窓際の後ろから二番目。
このまえまで私が星華として座っていた席だ。
(……なんか、変な感じ)
机に手を置くと、指先にわずかな違和感を覚える。
指が長くなったせいか、今までと感覚が違う。
小さなことだけど、「男になった」という現実を突きつけられるような気がした。
「神田、家は前いた神田と同じとこ?」
「前の学校では部活とか入ってた?」
「彼女いる?」
着席した瞬間、周囲の男子たちが一斉に話しかけてきた。
みんな、人懐っこい笑顔で距離が近い。
星華だった頃は、こんなに男子と話す機会がなかったから、正直ちょっと圧倒される。
「えっと、家は星華の家族と一緒。部活はまだ決めてないな」
なるべく自然に返す。
「彼女いる?」には、苦笑いで誤魔化した。
「てことはあのへんだよな?じゃあ帰りにゲーセン寄ろうぜ!」
「部活迷ってんならバスケ部どう?うち、わりと強いよ」
「てか、マジで顔いいよな。お前、絶対モテるだろ」
どんどん話が膨らんでいく。
会話のテンポが速いし、みんなボディタッチが多い。
肩をぽんぽん叩かれたり、背中をどんと押されたりするたびに、びくっとしてしまう。
(男子って、こんな感じなんだ……)
星華だった頃、男子とこんなに近い距離で話したことなんてなかった。
グループワークの時間くらいしか関わる機会がなかったし、こんなにフレンドリーなノリにもついていけない。
(とりあえず、慣れるしかない……よね)
戸惑いを悟られないように、なるべく自然に笑って話を合わせた。
ふと、視線を感じて前を向く。
目が合ったのは、高石結菜だった。
小学校からの親友で、ずっと一緒にいた子。
(……結菜)
彼女はじっとこちらを見つめたあと、すぐに目をそらした。
その隣に座る速水彩葉や笹岡茉璃も、ちらちらと私を見ている。
「ねえ、新しい転校生、めっちゃイケメンじゃない?」
「うん……やっぱり星華となんか、似てるよね。……」
「そりゃ、親戚なんだから似てるんじゃない?」
小声でそんな会話をしているのが聞こえる。
結菜たちは、今の私が「神田星華」だとは思っていない。
でも、どこかで「何かおかしい」と感じているんだろう。
(そりゃそうだよね。ずっと一緒にいたもん)
自分の親友たちが、目の前で「イケメン」とか「かっこいい」とか言っているのが、なんだか落ち着かない。
星華としての私を知っているのに、まるで別人のように扱われているのが、妙な気持ちだった。
午前の授業が終わると、次は体育の時間だった。
男子たちが「更衣室行こうぜー!」とぞろぞろ移動し始める。
(やばい、どうしよう)
これまでずっと女子更衣室を使っていた私が、いきなり男子更衣室に入るのはハードルが高すぎる。
けれど、「いや、無理です」と言うわけにもいかない。
「星弥、何してんの? ほら、行くぞ!」
「お、おう」
碓氷竜喜に背中を押され、しぶしぶついていく。
男子更衣室のドアをくぐると、そこは完全に未知の世界だった。
あちこちでシャツを脱ぐ音、体操服に着替える気配。
なんなら、すでに上半身裸の男子が数人いる。
(うわあああああ!! どこ見たらいいんだこれ!!!)
必死に動揺を隠しながら、適当に荷物を置いて着替えるフリをする。
シャツを脱ぐ動作も、極力周囲を気にせず、手早く済ませた。
それに自分のことも見られたくない。
「神田、腹筋やばくね?」
「え、マジ? ちょっと見せてみろよ!」
「は!? いや、普通だろ!」
思わず腕でお腹を隠しながら、適当にごまかす。
どうやら、男になったことで意識しなかったけど、わりと筋肉がついていたらしい。
(いやいや、そんな問題じゃない! 早く体育終わってくれー!!)
初めての男子更衣室は、想像以上に気まずくて、
この先もやっていけるのか、不安しかなかった——。
1.3.2 男子としての学校生活
転校から数日が経った。
最初こそクラスの注目を集めたものの、「神田星弥」という存在がクラスに溶け込みつつあるのを感じる。
男子の世界は、思っていたよりもずっと「ゆるい」。
特に仲がいいわけじゃなくても、適当に会話して適当に距離を取る。
べったりと群れることもなく、かといって完全に突き放すわけでもない。
その距離感が、不思議と心地よかった。
***
「よし、チーム決めるぞ!」
体育の授業で、バスケをすることになった。
適当に集まったメンバーの中に、バスケ部のエース・碓氷竜喜(うすい たつき)がいた。
身長が高く、動きに無駄がない。
さすがはエースといった感じだ。
「お前、バスケやったことあんの?」
竜喜に聞かれ、私は「いや、遊び程度だけど」と答えた。
本当は、中学に入る前、体育の授業でちょっとやったくらい。
でも、男の体になってから運動神経が良くなった気がするし、いけるかも……と思った。
試合が始まり、最初は様子を見ていた。
けれど、ボールが回ってきた瞬間、体が勝手に動いた。
——ドリブルで相手をかわし、ゴール下まで駆け抜ける。
——フェイクを入れて、タイミングをずらしてシュート。
スパッ——ン!!
きれいに決まった。
「おお、マジか!」
「神田、意外とやるじゃん!」
周囲がざわつく。
竜喜がニヤッと笑い、私の肩を叩いた。
「お前、センスあるな。部活入れば?」
「いや、俺、あんまガチでやるつもりは……」
「もったいねえ!」
竜喜は笑いながら、ぐっと親指を立てた。
その瞬間、「認められた」気がした。
***
バスケの後、大垣隼人(おおがき はやと)と森元和真(もりもと かずま)とも少しずつ話すようになった。
大垣はクールなタイプだけど、授業中のちょっとしたやり取りで「お前、意外と頭いいな」と言われ、そこから軽く話すようになった。
和真は、最初からフレンドリーだった。
「星弥ってさ、なんかミステリアスな雰囲気あるよな!」とか言ってくる。
でも悪気はなく、単純に好奇心旺盛なだけらしい。
私は、少しずつ男子の距離感に慣れてきた。
必要以上に干渉しない。
でも、ふざけるときは全力で盛り上がる。
——正直、ちょっと居心地がいい。
***
そんなふうに男子の世界に馴染み始めたある日。
ふと、耳に入った会話があった。
「……星華、元気にしてるのかな」
足が止まった。
教室の隅で、結菜、彩葉、茉璃が話していた。
元々、私——
星華の友達だった子たち。
「急に転校しちゃってさ……。なんか、連絡も取りづらいし」
「うん……。寂しいね」
「でも、きっと元気にしてるよ。そういう気がする」
彩葉がポツリとつぶやく。
……私はここにいるのに。
でも、「星華」としては、もう彼女たちと話せない。
そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
そのとき——結菜がこっちを見た。
「……ねえ、神田くん」
どきっとする。
「な、何?」
「星華、元気にしてる?」
一瞬、息が詰まる。
私は、自分が「星華」だなんて言えない。
でも、「星華の親戚」として、何か答えなくちゃいけない。
「えっと……まあ、たぶん元気……かな」
ぎこちなく答える。
結菜はじっと俺を見つめた。
……なぜか、探るような視線で。
「……そっか」
それだけ言って、彼女は去っていった。
俺は、教室の窓の外をぼんやりと見つめる。
——私は、星華なのに。
——でも、今は星弥なんだ。
胸の奥が、ざわざわと波立っていた。
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