第2章 オーディションと新たな世界への第一歩①
2.1 オーディションへの挑戦!
2.1.1 スカウトされたけど、オーディション!?
「オーディション、受けてもらうから」
電話越しのスカウトマンの一言が頭の中でぐるぐる回る。
「……え? オーディション? でも、アイドルデビューって……」
混乱しながら聞き返すと、彼はあっさりと答えた。
「もちろん。スカウトは推薦枠みたいなもので、最終的にはオーディションで決まる。アイドルグループの新メンバーになるには、それなりに実力を見せてもらわないと」
そういうものなのか……。
なんとなく、スカウトされたらそのままデビューできるものだと思っていた。
「じゃあ詳細は後日送るから、よく読んでおいてね」
そう言われ、私はなんとなく曖昧に返事をすることしかできなかった。
リビングに戻るとでお母さんとお姉ちゃんが待ち構えていた。
「どうだったの!? もうアイドルになるの決まった!?」
「弟よ、デビューおめでとう!」
「いや、まだ決まってないんだけど……」
私がそう言うと、二人は「え?」と不思議そうに顔を見合わせた。
「スカウトされたけど、オーディションを受けないとダメみたい」
「なーんだ、そういうことね。でもさ、スカウトされたってことは、星弥の見た目とか雰囲気がすでにアイドル向きだってことでしょ? だったら、ちょっと頑張れば受かるんじゃない?」
お姉ちゃんが軽い調子で言う。
「いや、そんな簡単な話じゃないでしょ。私、アイドルなんてやったことないし……」
「でも、元々アイドル好きだったでしょ? なんなら振り付けとか歌とかも、それなりに知ってるんじゃないの?」
「それは……まあ、そうだけど」
「じゃあ、やってみればいいじゃない。せっかく男になったんだし、新しいことに挑戦するのもアリでしょ?」
お母さんも、「そうねえ。せっかくのチャンスだし、受けるだけ受けてみたら?」と、いつものお気楽な調子で言ってくる。
……そうか。
私、今まで「女の子」としての人生しか考えたことがなかった。
でも、突然男になってしまって、なんだかんだで男子としての生活にも慣れてきた。
このまま普通に生きるのもいいけど、せっかくなら、男だからこそできることを試してみてもいいのかもしれない。
「……確かに、せっかくならやってみてもいいのかも」
そうつぶやくと、お姉ちゃんがニヤリと笑った。
「よっし! じゃあ、全力で推すからね!」
お母さんも「オーディションの日、しっかり応援するからね!」と嬉しそうに言う。
……こうなったら、やるしかない。
「よし……やってみる!」
こうして私は、人生初のオーディションに挑戦することを決めた。
2.1.2 ダンスは未経験!? 必死の自主練
部屋のドアを閉め、スマホを三脚にセットする。
「よし……!」
軽く息を吐いて、YouTubeを開く。
検索履歴には「初心者向け K-POP ダンス」「アイドル ダンス レッスン」「ダンス 基礎」などのワードが並んでいた。
私は歌には自信があるけど、ダンスはまったくの未経験。
オーディションではパフォーマンス審査がある以上、踊れないと話にならない。
でも、スクールに通う時間はないし、今からできるのは自主練のみ。
「まずは基礎ステップから……えっと、ダウン? アップ?」
画面の中のダンスインストラクターがリズムに合わせて体を動かすのを真似してみる。
——けど、なんか変。
膝を曲げてリズムを取るつもりが、ぎこちない動きになってしまう。
動画の人は軽やかに動いているのに、私は妙にロボットみたいな感じになってしまっていた。
「……おかしいなぁ。もっとこう、サッと……え、難しい!」
画面の動きを止めて、もう一度試す。だけど、思ったように体が動かない。
歌なら、頭の中でメロディをイメージすれば自然と声が出るのに、ダンスはそうはいかない。振り付けを覚えたつもりでも、いざやってみると体がついてこない。
「これ……ホントに間に合うの?」
焦りが胸の奥で広がる。
私、そもそも運動が得意な方じゃないし……。
いや、男の体になってから前より動きやすくなったとはいえ、だからって急に踊れるようになるわけじゃない。
鏡に映る自分を見る。
ボサッと跳ねたショートヘア、スラッとした手足。
外見は「神田星弥」になった。
でも、中身はまだ「神田星華」のまま。
学校では意識してるから男っぽく振る舞えるようになってきたけど、家では気を抜くせいか、口調も仕草も元のまま。
だから、こうして一人で鏡を見ると、違和感が拭えなくなる。
「……はぁ」
私はダンス動画を止めて、その場に座り込んだ。
こんな調子で、本当にアイドルになれるのかな。
「おーい、星弥ー!」
部屋のドアがバンッと開いた。
「わっ!? びっくりした……!」
お姉ちゃんが片手にスナック菓子の袋を持って、ずかずかと部屋に入ってくる。
「何してんの?またダンス練習してた?」
「うん……でも、全然上手くならなくて……」
私は床に座ったまま、ため息をつく。
「ふーん」
お姉ちゃんは私のスマホを覗き込み、開きっぱなしのダンス動画を見て、ニヤリと笑った。
「アイドルってさ、歌やダンスも大事だけど、それだけじゃないんじゃない?」
「え?」
「要はさ、“魅せ方” でしょ? 別にバキバキに踊れなくても、“この人のダンス、なんか惹かれる” って思わせたら勝ちじゃん?」
「魅せ方……?」
お姉ちゃんは私の正面に立ち、腕を組んで言った。
「たとえば、ダンスのキレが足りないなら、仕草とか表情でカバーすればいいし。視線の送り方とか、手の動きとか、そういうのを意識するだけで全然違うんじゃない?」
私はじっとお姉ちゃんの言葉を反芻した。
——魅せ方。
そうか。私は「ダンスが完璧じゃないとダメ」って思い込んでた。
でも、アイドルって、ただ技術を見せる職業じゃない。
歌やダンスを通じて、「自分の魅力をどう伝えるか」が大切なんだ。
「……ちょっとやってみる!」
私は立ち上がり、スマホのカメラをオンにした。
今度は、ただ振り付けをなぞるんじゃなくて、「どう見せたらカッコよく見えるか」を考えながら踊る。
「……あ、なんかいい感じじゃん?」
お姉ちゃんがうなずく。
私も、さっきまでの動きとは違うことに気づいた。
まだまだ下手だけど、でも、ただ振りをなぞるだけじゃなく、「どう見られるか」を意識すると、少しだけ余裕が出てきた気がする。
「やるじゃん、ウチの弟!」
お姉ちゃんがニッと笑いながら私の背中をバシッと叩いた。
「もー、弟って言わないでよ!」
「いや、でも外では弟なんだから、慣れなよ?」
「それはそうだけど……」
私は少しむくれながら、もう一度ダンスの構えを取る。
——まだ下手でも、やれることはある。
私はアイドルになるって決めたんだから。
不安もあるけど、前に進もう。
もう一度、音楽を再生する。
今度は、ちゃんと”魅せる” ことを意識しながら。
2.1.3 いざオーディション!合格なるか!?
会場の扉の前で、私は深呼吸をした。
――大丈夫。やれる。やるしかない。
そう言い聞かせながらも、心臓の高鳴りは止まらない。
オーディション会場は、想像以上に広かった。
白を基調としたスタジオに、大きな鏡が壁一面に張られている。
すでに数十人の参加者がいて、皆、それぞれ準備運動をしていた。
ちらっと周囲を見渡せば、明らかにダンス経験者らしき人たちが何人もいる。
ストレッチの仕方ひとつ取っても、身体のしなやかさが違う。
アップテンポな曲を口ずさみながら、軽々とターンを決める子もいる。
私は思わず喉を鳴らした。
(……うそでしょ。レベル高すぎない?)
油断すると、心の声がそのまま口から出そうになる。
慌てて口を引き結び、落ち着けと自分に言い聞かせた。
(ここでビビってどうする。私だって、やれることをやるしかない……!)
そう思い直し、深呼吸を繰り返す。
「エントリーナンバー34番、神田星弥くん」
ついに自分の番が来た。
私は背筋を伸ばし、一歩前へ進む。
「よろしくお願いします」
意識して低めのトーンで挨拶すると、審査員たちがじっとこちらを見つめる。
最初はダンス審査。
与えられた課題曲が流れ始める。
――ここが一番の難関だ。
頭では分かっていても、身体がついてこない。
覚えた振り付けをなぞるだけで精一杯だった。
鏡に映る自分の動きは、明らかに他の参加者たちと比べてぎこちない。
(やばい、動きが硬い……!)
焦りそうになるが、お姉ちゃんの言葉を思い出す。
「アイドルって、歌やダンスだけじゃなくて、魅せ方が大事じゃない?」
そうだ。―――
技術じゃなくても、私にできることがあるはず。
私は、ぎこちなくても全力で楽しもうと決めた。
表情を意識し、曲の世界観に入り込む。
目線の使い方や手の伸ばし方を工夫し、できる限り「魅せる」ことを意識した。
審査員たちはじっとこちらを見つめていた。
ダンス審査が終わり、次は歌唱審査。
私はマイクを手に取り、息を整える。
この瞬間だけは、自信がある。
ピアノの伴奏が流れ始める。
私は静かに目を閉じ、最初の一音を紡ぐ。
――私の武器は、この声だ。
透き通るような高音がスタジオに響く。
歌に込めた感情が、自然と声に乗る。音楽が身体を包み込み、周りの視線も意識から消えていく。
ただ、歌うことに集中した。
最後のフレーズを伸ばし、静かに歌い終えた瞬間、審査員たちが小さく頷くのが見えた。
(……やり切った)
肩で息をしながら、私はマイクを置いた。
そして、迎えた結果発表。
「エントリーナンバー34番、神田星弥くん」
名前が呼ばれた瞬間、思わず息をのむ。
「ダンスはまだまだだけど、光るものがある。君の歌には、人を引きつける力があるよ」
審査員の言葉が耳に届く。
(合格……した……!?)
実感が湧かず、しばらく呆然としていた。けれど、じわじわと喜びが込み上げてくる。
「ありがとうございます……!」
私は深く頭を下げた。
こうして、私――神田星弥のアイドル人生が、始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます