第21話 財務総監
小乙女とテロワーニュは酒瓶とグラスを載せたお盆を持ったまま、何食わぬ顔で給仕をするふりをしつつ、十条侍たちの後についていった。十条侍の一番後ろにいる太って黒い帽子を被ったものが、不思議そうな顔をし、ちらりと後ろを振り返ったが、そのまま、すぐに前に向き直った。十条侍たちの帽子の色が位階を示しているようだ。紫帽が一番位が高く、その後は、青、赤、緑、黄色と続き、残りは全部黒だった。黒い帽子には白い横線が入っていて、その数が位階を示しているようだった。
中庭に出ると、民衆の騒ぐ声がより大きく聞こえてきた。大勢が城門を激しく叩いていた。十条侍は高い城壁へと登っていった。城門の上に出ると十条侍は並んで立って、城門の外を見下ろした。小乙女とテロワーニュは城門近くの
「すごい数……。みんな不満がたまってるのね」と小乙女は言った。
「みんな、あいつらのせいよ」とテロワーニュが目で十条侍をさして言った。
「それだけじゃない。陛下もお妃様も……、みんな狂ってる」
そう言いながら、暴徒を眺めていたテロワーニュが、キャッと鋭く叫んだ。お盆をガチャンと落とし、尻もちを着いた。酒瓶が割れ、酒が床に広がり、グラスが砕けた。テロワーニュは真っ青な顔をし、目を見開き、歯をがたがたと震わせていた。
「どうしたの? テロワーニュ! 大丈夫」と小乙女はテロワーニュの傍らに片膝を着き、背中を支えてやった。
「あれ、あれを……見て…」とテロワーニュが声を絞り出し、わなわなと震える手で暴徒の方を指さした。
小乙女はテロワーニュの指す方に目をやった。
「ざ、財務総監…、か、監獄長……」とテロワーニュはやっとのことで口にした。
「財務総監に、監獄長? どこかにいるの?」
小乙女は暴徒の方をよく見た。
「く、首……、首…」
目を凝らすと暴徒たちが何本もの長槍をたかく上へ掲げている。その長槍の先端には、赤い瓢箪のようなものが突き刺されていた。小乙女は、なんだろうと、思い、それをよく眺めた。
と、小乙女は、キャッと叫び、腰を床に着けた。全身から血の気が引いて身体が芯から冷え切り、がたがたと震えてくる。歯の根が合わない。頭の中が暗い闇に覆われたようになって何も考えられない。それでも、わずかに残った本能で小乙女は、テロワーニュの手首をはっしと握った。そして、こう言った。
「逃げよう」
テロワーニュは歯を鳴らしながらうなずいたが、小乙女が手を引っぱっても、目をまっすぐ正面に向けて床に腰を貼りつけているだけだ。小乙女の方も足に力が入らず、立ち上がれずにいた。ただ、早く、早く、と念ずるように口にしてるだけだった。
と、テロワーニュの擦れ切った声が聞こえてきた。
「えっ、何?」と小乙女はテロワーニュの口もとに耳を近づけた。
「く、くさ…」と小さく呟いている。
「くさ? 何それ?」
「財務総監、草を食べてる」とテロワーニュが震える声で言った。
「財務総監……」と呟いて、小乙女は暴徒の方を眺めた。そして、長槍の先に刺さっている生首を見て、また、血の気を失い、気を失いそうになった。財務総監らしき首の口の中に草が詰め込まれていた。
「誰か、誰か、助けて…、星鏡先生!」と小乙女は祈るように口走った。
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